2-3.異端が現れた町(3)
「【ギルド】に向かうわ」
宿屋の外で待つこと数分。言っていた通り、先ほどまで背負っていた袋を部屋に置いてきただけらしく、身軽になったミチが宿を出てきた。
彼女は宿を出るなり、サラへと行先を告げた。ついさっき、通りを歩いていた頃とは違う対応である。サラは嬉しくなり、胸をどんと叩いてみせた。
「ギルドですね! この町には詳しいんです、案内は任せてください!」
「うるさい。もう少し声量絞って話しなさい。耳が痛いから」
「うぅ、ごめんなさい…」
昂った心は、すぐさま消沈した。
それはともかく。サラはミチへと道案内する。ロールキンはギルドを中心に発展してきた町である。町の中央に向かえばそこがギルドであった。
もちろん、ギルドがあるだけに近隣町村の中では最も栄えている町である。見所はギルドだけではない。
「見てください、ミチさん! ここがロールキンの大市場。水からお酒から果物から珍味まで、探せば何でも揃う大通りです!」
「…食べ物しか売ってないの?」
「あぁ、えっと、雑貨や装飾品、装備品なんかもあります、冒険者の町ですからね。ただ、それでもちょっと数は少ないですね」
サラは通りに並ぶ露天商を見渡しながら答える。そこで売られているのはやはり食品が多い。雑貨や装備品も並ぶは並ぶが、高価なものは露店で売られていても煙たがられる。万が一粗悪なものを掴まされても、翌日店ごと消えて無くなっているなんてことがあり得るからだ。
それでいくと食品や消耗品であればたとえ騙されたとしても被害は少ない。そもそも居も看板も持たない露天商にとっては品質と価格で信頼を獲得せざるを得ない。そこで得た信頼でもって末永く利用してもらって利を得るのだ。
故に、あこぎな商売をしている店は長く続かず淘汰される。更に露天商の健全な運営を目的とする自警団もいる為、談合も許されない。市場の自浄作用は働いている。
食品や消耗品以外の高価なものは、きちんと店を構えられている場所が他にある。町の中で住み分けが為されているのだ。
そんなわけで、もし必要とあらばそういった通りも後で紹介しようと考えながらもサラは更に歩みを進める。
「お次はあれですね、あそこに見えてきたのはクーデルヤルケ神父の像です! ご存知でしたか? ここはあのクーデルヤルケ神父の出身地なんですよ」
「知ってるけど、神父じゃない方でしょ?」
「あ、ご存知でしたか。そうですね、正確には神父様ではない方ですね」
露店通りを越えた先に見えてきた胸像は立派なものである。毎日ラサ教会の者に磨かれて、汚れのない姿でもって陽光を優しく照り返している。
クーデルヤルケ神父。数百年も昔に大陸四カ国を巡り歩き、巨大な魔物や数々の魔族たちと死闘を繰り広げながら未開の土地を踏破し、みごと大陸地図を完成させたという人物である。
大陸地図の作成の使命を神託で授かり、旅に出た彼が経験した多くの出会いと別れ。時に友情や愛情を育み、時に痛みや苦しさを耐え忍ぶ。今でこそ拓かれた道であるが、そこにかつて道はなく、彼の足跡こそが今の道となっている。
ヒトの繁栄と歴史に根深く絡み、且つその波乱万丈な冒険譚は今でも多くの吟遊詩人に好まれ各地で歌われている。ただ、その詩の原典となった史書を読んだことがある者ならば、その話が多少誇張されているものだということを知っている。
実際には、クーデルヤルケのモデルとなった者は3人いる。神託を受けた者、地図を作りに旅へ出た者、地図を完成させた者。クーデルヤルケという名前を持つ者はこの中でいうと神託を受けた者である。
ただ、彼は神父ではなくただの牛飼いであり、そもそも旅に出ることなく病に倒れて亡くなっている。そんな彼を弔い、神託と名を継いで旅に出たのが今では名も残されていない神父。その神父も道半ばで力尽き、彼の従者へ意思が継がれてようやく地図を完成させた、というのが原典である。クーデルヤルケ神父とは、英雄の偉大さを分かりやすく伝える為に作られた偶像であった。
ただ、そこそこ学がなければ到底知り得ない話である。サラ自身はラサ教会の本部に所属しており、町中で受けられる教育よりも更に高度なものを受けている。それがなければ未だに彼女はおとぎ話を信ずる女であっただろう。
それを、目の前の少女はさも当然のように知識として身につけている。いったい彼女は何者であるのか……サラは頭の片隅で膨らんでいく既存の疑問を自覚しながらも、道の先を見通しながら案内を再開する。
「あ、ミチさん。あそこに見えてきたのがギルドです。ほら、茶色い壁の、煙突の先っぽが尖ってる建物です」
「ああ、あれ」
そうして見えてきた建物を指さし、ミチへと告げる。通りの中でひときわ背が高く、幅も大きい建物がロールキンの冒険者ギルドであった。
「……なんか、半分くらい崩れかかってない?」
しかし、その建物に近づくにつれ全容が見えてきたのか、ミチより怪訝な声が上がる。
彼女が言う通り、ギルドの建物は壁にひびが入り、若干傾いた屋根は後から付け足されたような木の柱によって支えられている。建物としての体裁は最低限保たれているものの、安全かどうかと問われれば甚だ疑問な様相であった。
「あぁ…あれです。ほら、2週間ほど前に大きな地震があったじゃないですか?」
「あったわね。なるほど、それで?」
「はい、そうなんです。ここのギルドも建物自体はちょっと古くて、地震直後はもっと酷かったらしいんですけど。何とか運営できる程度に補修してこんな感じになったみたいです」
「ふ~ん」
ミチが建物を見上げる。説明を受けたものの、入っても大丈夫そうかどうか確認しているのだろう。もしくは覚悟を決めているのかもしれない。その手は、もはや癖なのたろう、胸のペンダントを弄くっていた。
ただ、こんな状態ではあるがロールキンのギルドは随分マシな残り方をしているのだ。ここ、ロールキンはユーテル神聖国の中では北寄りに位置しており、震源と思われる南に向かえば向かうほど災禍の悲惨さが増していく。
例えばサラがいつも住んでいる都市トーラでは、地震によって少なくない数の家が潰れてしまい難民が出てしまっている。より南に行くと、町の半分が地割れに巻き込まれて消えてしまったり、川の水が逆流してきて家もヒトも全て流されてしまった村もあると聞く。
比較的、ロールキンが背が低く頑丈な石造りの家が多かったのも幸いしたのだろう。あれほどの地震があった後にも関わらず、普通の営みが行われている。
……19年も生きてきた中で、サラも初めて経験するような規模の地震であった。ただ震源は南の国、キルヒ王国だと聞く。キルヒではより多くの町村とヒトが被害にあっているらしいが、公的機関もギルドも混乱しているらしくマトモに情報が届いてこない。
違う国の者であるが、陽光のもとでは皆等しく庇護されるべき者である。そうして心を痛めた商人が―――あるいは商機があると笑んだ商人が多くロールキンの町を抜け、南の町やキルヒ王国へ向かっていく。故に、地震が起きた後の方がロールキンは活気づいていた。
それも今は異端騒ぎで鳴りを潜めている。往来の数は多いが、皆ふとした拍子に警戒の表情を浮かべている。早く異端を捕まえなくては、と使命感がサラの中で再燃する。
「……ま、いいか。すぐに崩れるわけではなさそうだし」
と、そうしているうちにどうやらギルドへ入ることを決めたらしい。呟いた後にミチがサラを見上げてくる。
「じゃあギルドに入るけど、あんたはどうするの?」
「あ、ご一緒にさせてください」
「ん」
短い返答であったが、同行を了承されたとサラは判断した。ギルドに向かうミチの隣について歩き、『そういえば…』とサラは今まで抱え込んでいた疑問の1つをぶつけてみたのだった。
「ミチさん、冒険者だったんですね。お一人でしたので、てっきり旅行の方だとばかり」
「いや、冒険者じゃないわよ」
「えっ…」
サラにとって予想外の否定であった。彼女は驚きを声に漏らす。
ギルドとは冒険者が依頼を受ける場所である。もちろん、その依頼を発注する市民もギルドへ行くが、縁もゆかりもない旅先のギルドで依頼をする者は滅多にいない。
よって、ミチがギルドへ行くということは即ち彼女が冒険者であるということだと思い込んでいたサラは、混乱をそのまま顔に表してしまう。それを見咎めたらしく、ミチは分かりやすく肩をすくめた。
「いや、そもそもあんた。冒険者になる条件知ってるの?」
「え? えっと、確か条件といっても戦う力のある15歳以上というくらいで―――あ…」
そうしてサラは口に手を当て、ミチの顔―――というよりも、頭のてっぺんからつま先までを見下ろした。
「ミチさんって、もしかしてその、成人していないんですか?」
「……あのね。してるように見える?」
答えながら、ミチが帽子の鍔を持ち上げた。そこにあるのは紛れもなく童顔。眼帯で凄みというか不気味めいたものを感じてしまうが、子供特有の丸みのある顔つき。身長も、一般的な成人女性と比べて頭1つ分以上は足りない。
そもそも最初にミチを見た時、サラは彼女のことを10歳そこらと思っていたはずであった。それでも、その後の謝罪騒動やらなにやらあったせいでいつの間にか目上的な存在として扱ってしまっていた。サラは今更ながらこんな幼い少女の言動に、一喜一憂していた自分に驚くのであった。
「………あぁ」
だが、その驚きもすぐに鳴りを潜めた。なぜミチへこうも下手に出てしまっていたのか、理由が分かってしまった。
「―――すみません。ミチさんが姉に似ていたので、つい…」
「あんたのお姉さんも、こんな背が小さいの?」
「あ、いえ。背は私に似て大きかったんですけど。その、言動が何となく―――ですね」
「……そう」
言った後、サラは今日会ったばかりのひとにつまらない話をしてしまったと後悔をした。ただ、ここからどう話を戻していいのか、咄嗟にサラには思いつかなかった。2人の間に、しばし沈黙が落ちる。
「……ギルドに行くのは、情報収集が目的なの」
そんな時に、ミチの方から話題を振ってきた。サラは安心してそれへと乗っかった。
「情報収集、ですか?」
「ええ。あたし、父さんを捜してるのよ。その父さんに繋がる情報を、色んな町のギルドをまわって集めてるの」
「へぇ、そうだったんですね……あの、もしかして行方不明、とかですか?」
「まあ、そんなものね」
「それは―――えっと……」
口をついて出てきそうだったのは、『お辛いでしょうね』という憐れみの言葉だった。しかし、その憐れみだけを宿した安易な言葉をこの少女へかけていいのだろうか? サラは疑問に思った。
この少女の全貌が掴めない。いっそ、見た目通りにいたいけな童女であってくれたなら、こちらも安易で耳障りの良い言葉をかけれるというものを。
打算が透けて見える、自分の思考が恥ずかしい。それを知ってか知らずか、迷っているサラへミチが声をかける。
「別に、あんたが気にすることないのに」
そう言って苦く笑ったミチの顔は、やはりサラへ懐かしい顔を思い出させてくるのだった。
【Tips】ギルド
ギルドとは、各国の政治や思惑より独立した寄合所のことである。鍛冶屋ギルド、漁業ギルドなど近隣町村の同業者が集まっただけの小さな寄合も存在するが、一般的に単なる『ギルド』と呼ばれた時は国境すら跨ぐ最大の寄合所、冒険者ギルドのことを指す。
ギルドでは国の政治・軍隊に所属していない腕利き―――『冒険者』と呼ばれる者たちが集う。ギルドは魔物被害や危険を伴う旅路など困難な課題に出会った市民から資金を集め、冒険者へ解決を頼む斡旋事業を担っているからだ。
依頼の共有や魔物被害の状況など様々な情報をギルド間でやり取りしている都合上、副業的に情報売買の業務も行っている。町村の間で最も情報伝達を行っているのは公的施設ではなく彼らである。もし欲しい情報があるとするならばギルドへ行くのが手っ取り早いだろう。




