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銀と魔法使い  作者: あっちいけ
第1章 銀が世界を終わらせる、その時まで
19/54

1-15.一

 

 アーデルセンは渓谷を駆け登る。地上へと続く道は一本道、そして遥か上空の天は未だ明るい。娘がこの道を往ったのであれば、間違いなくどこかで追いつけるはずだ。


 登る道の傍らに、時折捨て置かれている骸の数々。洞窟の出口で目にしてより、その数は既に五十を優に超える。


 監視者である。彼らは外からの敵、内からの裏切り者、その全てに圧倒的余裕をもって対応できるよう戦闘面において選び抜かれた精鋭たちであった。それをこれほど殺めていてなお、追う背は未だ見えない。


 アーデルセンの背を、疲れによるものではない汗がじっとりと濡らす。もはや自分が追っている者は無能者ではない……史上最悪の化け物であった。


 遥か昔、吸血鬼が地上最強と謳われた所以は吸血行為にあった。


 対象の血と魂と生気を瞬時に吸い取り、全てを己が力へと変える種族。敵1人を討ち取れば1人分強くなり、強くなった力で2人討ち取れば更に2人分強くなる。


 そうして個の力が優れたる群ができ、地上で彼らに敵う者はいなくなった。神からの呪いさえなければ、彼らは間違いなく世界征服を成し遂げていただろう。


 だが呪いにより押し返され、地底へ逃げ延びた今。ヒト族の確保が難しい故に、ナトラサの街で吸血行為は特別なものとして扱われていた。アーデルセン自身も今まで吸血自体は数十人程度しかしていない。


 そしてその時に見た家畜の躯は枯れ枝のように細く、目は窪み髪は抜け落ち、干からびていた。丁度そこを転がる亡骸のように。


 娘は同胞を吸血しながら上へと進んでいる。それはもう疑いようもない事実であった。


「……っ」


 道を駆けていると上より何かが降ってくる。すんでのところでそれを避け、勢いそのまま転がり落ちていくそれを一瞥する。


 枯れ細った同胞の躯であった。アーデルセンは転がり落ちてきた先へ視線を上げ、目を凝らす。


 ……未だ娘の姿は捉えられない。早く追いつかねばと思うと同時に、アーデルセンはふと思う。


 数多の吸血鬼の力を取り込んだ化け物に対して、いかに向き合えばいいというのか。


「……」


 それでも、向かわねばならない。アーデルセンは今一度心を奮い立たせ、道を駆け登る。








「っ―――」


 そうして頂上。渓谷より地上へ出でる道の終端に至り―――


 アーデルセンは、銀の髪をなびかせながら佇む少女の背を見つける。


 少女は動かない。陽光で行く末を阻まれて、ただ悠然とそこにに佇んでいた。


 アーデルセンも声を上げない。ゆっくりと歩を進め、少女の姿がつぶさに見えるまで近づき、ようやく声をかけた。


「お前は、誰だ?」


 上げたのは誰何の声であった。


 アーデルセンの目の前に佇む少女。姿形に見覚えのない者であった。


 長身痩躯。銀の髪を腰まで伸ばし、丈の短い白のワンピースを着る、見知らぬ少女。


 王として、ナトラサに住む者の容姿を多く知っているがこのような背姿の者に覚えがなかった。


「………」


 少女はアーデルセンの問いかけに、無言で振り返る。刹那、アーデルセンを動悸が襲った。


「っ、リ―――」


 整ったその横顔は紛れもなく、愛する妻リリスフィーのものであった。


「っ、いや……アリス、なのか?」


 しかし振り向いた後、自身を見つめる瞳の色が己と同じ真紅であること、また左手親指にリリスフィーから娘へ授けたはずの指輪が嵌められていることに気づき、目の前の者がアリスであることに思い至った。


「―――はい、父様」


 首肯する。聞き間違いようがない、その声は紛れもなく娘アリスのものであった。


 吸血とは対象の血と魂と生気を吸い取り、己の糧へと変える能力である。吸血鬼1人分を吸血すればそこから得られる魔素は、ヒト族の血をグラス1杯飲むのと比較しようがない―――あえて比するのであれば、何億倍となるだろう。


 それを、もしこの渓谷にいた監視者全員を吸血したとするならば、もはや成長にあてる魔素は供給過多である。娘の身体はその一生で最も生が溢れる形へと成長を遂げたのであろう。アーデルセンは娘が今の姿に至った理由を推測し、自身を納得させた。


 しかし、納得してどうなる? 娘であると答えて以来、娘は沈黙のまま自分を見る。自分もまた言葉を紡げず、血に染まった娘の姿を見続ける。


「父様」


 長く保たれた沈黙は、娘の方より破られた。


「母様は、ご一緒ではないのですか?」

「っ―――」


 アーデルセンは俄かに目を見開き、娘を見つめ返す。


 娘のまなこは鋭く、且つ艶やかであった。


「…リリスフィーはいない。リリスフィーの目論見は叶わない」

「…父様が、邪魔したのですか?」

「そうだ。この国より抜け出ることなど、許されないからだ!」


 娘の追求に、アーデルセンは語気を荒げる。それは憤怒、遣る方無い怒りに負けて、吐露した己の感情であった。


「リリスフィーの願いなど…叶えて良いわけがないっ! 私だって考えた。妻と娘とともに、何にも縛られず外で暮らす生活を―――だが、それを叶えるためにどれだけの犠牲を強いればいい?! この街全ての吸血鬼を敵に回し、この渓谷の同胞や追手のどれだけを手にかけ、民を混乱に追いやり、種を危機に陥らせる。自分達の欲望のせいで、民を、多くの同胞を恐怖の底に陥れるなど、それをして良いなどと、思っていいわけがない…!」


 全ては、もう、遅いのかもしれない。これだけ多く手練れの同族を失ってしまった今、吸血鬼を取り巻く情勢は間違いなく内外構わず激震が走る。それを治めるための労苦は数知れず。


 そして、リリスフィーの願いを叶えることは今や容易い。このまま陽が沈むまで待ち、外に出ればいい。事がナトラサの街に伝わる前にリリスフィーを連れ出す必要もあるが、それも容易い。


 だが、それでも。


「……もう一度言う、アリス。そのような願いなど、叶えてはならない。叶えていいはずがない。だからリリスフィーは置いてきた……私は、リリスフィーさえ生き残ってくれれば、それでいい」

「っ―――」


 その言葉を聞いて娘の身体が震える。彼女は怯えるように、自身の腕を抱いた。




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