巫女校のお話
目の前に私が倒れている。
腹部を刺されて顔色も悪くなっていく自分が倒れている。
どうして良いのかわからないし、あまりの状況に声も出ないし、何をして良いのかわからない。
その時、「天野、大丈夫か!?」と光岡が駆け寄ってきた。
「い……委員長……私が、私が……」
天野はそれしか言葉が出なかった。
「大丈夫!もう大丈夫だから!」
光岡は天野へ声をかけるが、色んなことが起こりすぎて天野の頭は状況を把握しきれずにただその場でへたり込むことしかできなかった。そこへさらに自分とうり二つの少女が二人三人と駆け寄ってくる。
それを見た天野は情報を処理しきれなくなって気を失った。
「委員長、大丈夫か!」
ようやく現場へ辿り着いた菊地が目にしたのは腹部を刺されている天野、気絶している天野、その倒れている天野を心配そうにみている複数の天野と一人うろたえている光岡である。
光岡と付き合いの長い菊地には何が起きているのか、ある程度は想像ができた。
「委員長、運ぼう、天野を」
「うん」
人の声が一杯聞こえる。自分を呼ぶ声も聞こえる。目を開けようとしても目蓋が重くてなかなか開かない。
ようやく目が開いた途端、「天野さんが、目を覚ましました!」と誰かが声をあげている。
パタパタと足音が聞こえて「天野!大丈夫か!」と菊地の声が耳に入ってくる。
「ここは?」
「寮だよ。さっきご家族から電話があったから、迎えに来て貰えるよう、話しといたよ」
しかし、天野は何故自分が寮で寝かされているのか、それがわからなくなっていた。
「何があったんだっけ?」
天野は自問自答してみるが、はっきり思い出せないでいた。
両親が迎えに来るまでの間、菊地が言うには寮母さんを通じて教員へ連絡し、警察にも通報したとのことだった。ここまで聞いてようやく天野は「私、ストーカーに襲われたんだよね」とようやく前後の状況を思い出した。
「私、刺されたんじゃ……」
天野は自分の腹部に触れてみる。
「どうした?お腹が痛むのか?」
菊地が心配そうに尋ねてくる。
「あ、あの…私…刺されたんじゃ……」
「大丈夫。刺されてないし、どこも痛くないだろ」
菊地に言われてもう一度自分の腹部に触れてみる。確かにどこも痛くないし、制服も破れていない。それでも腹部を刺されている自分を見たのは確かだ。もう一度菊地に尋ねようとしたら寮の玄関が少し騒がしくなる。
天野の両親が迎えに来たのだが、娘の身を案じて落ち着きをなくしていた。
寮母が天野が寝かされている部屋へを案内する。娘が無事なのを見て母親は号泣するし、父親はその場で座り込んでしまう。
それまで笑顔を絶やさなかった菊地もさすがにここまでの緊張が緩んだのか、目尻に涙が溜まっている自分に気が付いた。
しばらく母と娘は抱き合っていたが、ようやく立ち上がって両親が娘を両側から支えるようにして車の後部座席へと乗せて帰宅していった。
入れ替わるようにして警察が到着、委員長と菊地が現場に居合わせたと言うことで事情聴取を受けるが、夜も遅いと言うことで警察は一旦引き揚げていった。
翌朝、早い時間から警察は学校と寮へ来て再び事情聴取が始まり、委員長と菊地は現場検証へ立ち会うこととなって一日学校を休むこととなった。
同じ頃、天野の自宅にも警察が訪問、ストーカーに襲われた時の状況を聴取していていたが、どうにも天野の頭には腹部を刺されて倒れている自分の姿が残っていて聴取している警官達にもその事を話した。
警官達は天野がストーカーに襲われたショックで記憶に一時的な障害でも生じているのでは無いか、その様に考えて両親へ両院へ行って診察してもらうことを提案する。天野の両親も娘の無事な姿を見て一安心していたが、念のために受診するという考えは出てこなかったようだ。警察官達に促されるまま早速近所の病院へ出かけることとなった。こうして天野も一日学校を休むこととなった。
天野は事情聴取と精密検査も含めて三日ほど学校を休み、ようやく登校してきて真っ先に菊地を捜していた。
「菊地さん!」
菊地を見付けた廊下を小走りして菊地の手を掴むと「私刺されていたよね、見たでしょ、貴女も」と自分の疑問に対する答えを引き出そうとします。
「え…あ…ん…んん……」
菊地は委員長から答えを聞いて知ってはいましたが、自分の口からは上手く説明できません。
少し離れた場所を光岡が歩いているのを見た菊地は「いいんちょ~う!」と元気良く両腕を振って声を掛けます。光岡は菊地の真横に天野がいるのを見て状況を理解したのか、すぐに駆け寄ってきて天野へ「放課後に説明するよ」と話します。
「今じゃダメなの?」
そう訴えてきそうな天野に「話すと長くなるし、放課後の方が時間もあるし」と光岡が言うと天野も納得して「うん。それじゃぁ放課後に」と答えてそれぞれの教室へと向かいました。
朝礼から終礼まで天野はあの夜、一体何が起きたのか、腹部を刺されて倒れていた自分はなんだったのか、それがずっと気になって授業はほとんど耳に入っていませんでした。
教師も同級生もストーカー事件の後だし、授業に集中できない、声を掛けても答えないのは仕方無いと思っていました。
そして放課後、校舎の廊下で合流した三人は購買部で飲み物や菓子パンなどを購入して寮へと移動した。
「学食でいいじゃん」
菊地は言いますし、天野もその様に思っていましたが、「説明が長くなるし、寮の方が人も来ないし」と委員長は寮を選択した理由を述べます。
寮の食堂で天野は少しだけ待たされます。
部屋へ戻った光岡が何かを持って来ます。
それは手の平よりも少し大きい他人の形に切りとられた紙でした。
「これが、答えだよ」
委員長の言葉に天野の頭上には「?」がいくつも浮かびます。
「これはね、人形って言うんだよ。うちみたいに古くて、先祖から色々と伝わってる神社だから、使えたんだけど」
委員長の簡単すぎる説明では天野には理解ができません。
「委員長。もう少し細かく説明しないと、天野には伝わらないよ」
「そうだね」
そう言うと光岡は手の平に乗せていた人形に向けて呪文を唱えます。するとその人形が委員長そっくりの姿になりました。背丈も制服も全く同じ、知らない人が見たら一卵性の双子と言っても疑わないでしょう。
天野は驚きますが、見慣れているのか、菊地は天野の反応を見て楽しんでいるようです。
「あの時、人形を何体か貴方の姿に変えていたんだ。ストーカーが本物の貴方では無く、人形が変化した方に着いていったから良かったんだけど、まさか刺されるとは……」
委員長、俯いてちょっと悔しそうな表情を見せます。
「最初の予定だと、天野のコピー数体でストーカーを驚かせてさ、二度と天野に近付かないようにするとか、それが狙いだったんだよ」
菊地が捕捉します。
「でも、刺されちゃって、計画がパーって感じ……」
菊地は言葉を続けてからやけ酒をあおるおじさんのようにペットボトルのジュースを一気に飲み干します。
しばらく沈黙が続きます。
「でも、ストーカーの住んでいるところもわかっているし、もうじき捕まるはずだよ」
「そうなの?警察はまだ捜してるって言ってたよ」
天野は驚きます。
「まだ言ってなかったの?警察に」
菊地が委員長に問い掛けますが、なぜか委員長は俯いたまま答えようとしません。
「委員長、なんだよ、何か隠しているのかよ」
委員長との付き合いの長い菊地もさすがに何か委員長が隠していることに気が付きます。
「こほん」
誰かが咳払いをしますが、菊地と天野はお互いの顔を見ます。
「お嬢様、わしから説明した方が、宜しいでしょうか?」
急に男性の声がしたかと思うと委員長と並んで立っていた、人形から変化した委員長が喋り始めた。但し、声を聞く限り初老の男性かと思われるし、委員長の容姿でその声だから天野はしばらくポカーンとしていた。
委員長は人形が演じている自分に対して「うん」と頷き、人形が語り始めた。
「なにぶん、年なもので」
そう言うと人形は「どっこいしょ」と言いながら椅子に腰掛けた。
「天野さん、わしらは神社の氏子なんじゃよ。言うてもわしなんかは明治に生まれて、明治に死んだんじゃが、わしら氏子は死んだ時、そのままあの世へ行く者もおれば、こうして心を人形に移してもろうて、氏神様にお仕えする者も居るんじゃ。お仕えする言うても、普段は境内の掃除とか、あとは年始の混雑の中で落とし物を拾ったり、迷子がいたら一緒に親を捜したり、菊地さんが幼い頃には一緒に遊んだりもしたよね」
ここまで話すと人形は委員長が飲みかけの飲料を一口飲み、「なんだね、これ?」と委員長に尋ねます。
「コーヒーだよ」
菊地が答えると「お茶が欲しいな、できれば酒がいいんじゃが」と言う人形に光岡は席を立ち、「今、お湯を沸かすから」と言いつつ、コンビニのレジ袋からおにぎりを一つ取り出して人形に手渡します。
「話がそれちまったな。ストーカーの話だけど、今回天野さんの身代わりになった奴は、わしなんかより年上でさ、確か、江戸時代のいつだったかな、忘れたけど武士だったらしいけど、もう自分の名前も忘れたらしいし、最近じゃ、言葉もままならんかったし、あの世に行くには丁度良い頃合いだったんじゃ無いかな。武士だと言うし、誰かの役に立ったのなら、良かったんじゃ無いかな」
おにぎりの封を開けようとして悪戦苦闘している人形に菊地は開け方を説明する。
「天野さん、あんたが奴のために悲しんでくれて、わしらは嬉しいよ。もし、良かったら次の休みにでも、わしらの氏神様に詣でてくれんかね。そうしてくれたら奴も報われるじゃろうて」
ここまで話すと人形はおにぎりを一口食べて「具は何かね?」と菊地に尋ねます。
「ツナマヨだね」
菊地の答えに「なんだね、よくわからん味だなぁ」と人形は言って話を続けます。
「そうそう。そのストーカーとか言うのは、わしらで退治しといたから。あ……殺しちゃいないよ。殺したいほど腹は立ってはいるが、殺すのは我慢したよ」
「思いっ切りぶん殴った、とか?」
菊地の問い掛けに人形は「さてさて、答えは隠しておこうかな」と言い、「お嬢様、この辺りで宜しいでしょうか?」と委員長に確認する。光岡が「うん」と頷きつつ、「お湯、沸いたから、お茶だけ飲んでいってよ」と人形に言います。
「酒は無いよねぇ。ま、わしは酒の飲み過ぎで寿命を縮めたんじゃがね」と人形は一人楽しそうに笑います。
「あるわけないじゃん。高校の寮だよ、ここ」
菊地は呆れています。委員長が御茶を淹れている間、「警察に言わないと、駄目じゃ無いかなぁ」と菊地は言いますが、委員長は首を横に振って「まさか、人形が犯人を見付けましたとか、言うわけ?それとも、誰かがストーカーを尾行したとでも言うの?私たち、相手の顔も知らないのに……」と言うので菊地もそれを言われると「そうだよなぁ……」としか答えられなかった。
「でも、殺してはいないけど、退治したって、どういうことなんです?」
天野が素朴な疑問を投げかける。
人形は大きなマグカップに淹れられたお茶をズズッと音を立てて飲むだけで答えようとしない。
「事件のあった夜、人形の一人がストーカーの跡をつけてたんだ。それで、住んでいる所を見付けて、勝手に押し掛けたらしい」
委員長が代わりに語り、「貴方と同じ姿をした五人か六人か、忘れたけど、いきなり押し掛けたから、ストーカーはパニックになったらしいよ」と続けます。
「そうなるよなぁ。刺したはずの天野が五人とか六人とか、いきなり訪ねてきたら、おかしくもなるよ」
菊地が言います。
光岡が「悪いけど、このことは内緒にしといて欲しい」と天野に言いますが、「誰かに言っても信じないよ」と天野の代わりに菊地が答えます。
マグカップに入っていたお茶を飲み終えた人形は「お嬢様、ご馳走様でした。それでは、私はこれで」と言い終えると同時に元の人形へと戻っていた。
「大事なこと、言い忘れてるし」
委員長はマグカップを洗いながら「事件から二日ぐらいして、人形に様子を見に行かせたのだけど、部屋から出てこなかったんだって」と話して机の上に置いたままのコーヒーを一口だけ口へ含んでから「だから今、犯人がどうしているかはわからない。言うか、父様や兄様になんて言えばいいんだ。こんなこと!」と珍しく困っている表情を見せます。
「まだ何も言ってなかったのか?」
菊地が「呆れた」と心の中で呟いています。
「兄様から人形を借りる時、事情も説明したし、迷惑をかけるかもしれないとは言ってはいるけど、ストーカーの家まで行くとか、言ってないし~」
まさしく天を仰ぐ委員長がいた。
その日も天野の母親が寮まで迎えに来た。
「また明日、ね。菊地さん、光岡さん」
母親が運転する車の助手席から手を振る天野、菊地と光岡も手を振り返す。
それから二か月か三か月の時間が経ったある日、数名の警察官が学校へ来て校長室へと入っていった。その後すぐ授業中にも関わらず、教頭が天野を呼びに教室へと来、校長室へと二人でパタパタと足音を立てて廊下を走っていった。
天野がストーカーに襲われたことを生徒全員忘れたわけでは無かったが、生徒達の話題に上ることも減っていたし、意識して話題に出さないようにしていた生徒もいた。勿論、犯人がまだ捕まっていないから登下校や休日の外出時には気を付けていたが、四六時中気を張るわけにもいかないし、結局は登下校も休日も隙だらけの生徒が多くなっていた。
警察が来たこと、天野が校長室へ呼ばれたことは休み時間の内に全校へと拡がっていたからどの教室も次の授業はざわついてしまい、教師が「授業中だから、静かにして!」と注意しても生徒は皆落ち着かなかった。
一時間以上してから天野は教室へと戻ってきた。クラス全員が授業どころでは無く、戻ってきた天野に「なにがあったの?」と質問するし、またもや教師が「静かにしなさい!」と注意するが、もはや誰も聴く耳を持たなかった。
授業が終わり、休み時間に入ると他の教室からも生徒が押し寄せてきて天野に何があったのか、質問攻めにした。
天野は手短に説明した。
校長室で校長、教頭、学年主任に生活指導の教師も交えて警察官からストーカーが自首してきたことを伝えられた。
そして改めて犯人との面識の有無などを尋ねられ、ストーカーの写真も見せられたが、天野は本当に会ったことも無いから「知らない」としか答えられなかった。
犯人は二十代後半の男性で独り暮らしをしていたが、最近になって家族が連絡をしても応答が無く、さすがに不安となった家族が独り暮らしをしているアパートを訪ねたら衰弱した状態で「人を刺した、どうしよう」と訴えるから詳細を聞こうとするが、「どうしよう、どうしよう」の繰り返し、挙げ句に「人を刺した」という証拠の包丁まで持ち出してくるから家族はその場で警察に連絡し、アパートへ警察が駆け付け、その場でストーカーが何月何日の夜に女子高生を刺したと話したので警察署で詳細を聞きとることとなり、天野を襲った犯人であることが判明したのだった。
しかし、警察では天野は傷一つ負っていないからその事を犯人の男性へ伝えたのだが、犯人は「確かにこの包丁で刺したんだ!」の一点張り、話が噛み合わなかったし、さすがに犯人も刺したはずの女子高生がその後、五人六人とアパートの部屋まで来たことは話さなかったようだ。仮に話したところで誰も信じないだろう。
翌朝、緊急の全校集会が行われ、校長から改めて天野を襲ったストーカーが捕まったこと、今後も類似の事件が起こる可能性もあるから生徒一人一人が気を付けること、異変を感じたら保護者や教師に躊躇せず伝えることなどが語られた。
いざ、裁判となった時に備えて天野家では弁護士に相談してみた。
弁護士が言うには「裁判は時間と労力を消費するものの犯人の懲役は一年から二年、罰金も少額なので、相手が示談を求めてきたら応じた方が良い」と提案した。
弁護士の話を聞いた天野家では親戚をも巻き込んで裁判か、示談かでもめた結果、正式に裁判が始まってから改めて考えることとなった。
犯人も捕まったこともあってようやく天野は両親から遠出の許可が貰えた。そこで天野は光岡の実家でもある神社へ行くこととした。
約束していた人形への御礼も兼ねた参詣である。
光岡と菊地の三人で電車のロングシートへ腰掛けて世間話を楽しんでいたが、ふと天野が「そう言えば、光岡さんってなんで、委員長って呼ばれているの?」と聞いてきます。
「あ~、それはさ、子供の時から、皆のまとめ役だったから、いつの間にか、皆で委員長って呼ぶようになったんだよ」
菊地は説明してから「でも、今頃聞かれたら、なんか変な気がするよ」と付け加えます。
「私、今まで光岡さんや菊地さんと話すこと無かったし、他の人は光岡さんが委員長って呼ばれる理由を聞いていたのかもしれないけど、私は知らなかったから……」
天野は申し訳なさそうに訳を話しますが、「いっつも皆を引っかき回すのは貴方じゃない!」と天野の右側に座っていた光岡が言えば天野の左側へ座っていた菊地が「私かぁ?私だけじゃ無いだろ!」と反論します。間に挟まれた天野は堪ったものではありませんが、でも、二人のやりとりを見ていると「喧嘩するほど仲が良いとはこういうことなのかな」とも感じ、思わずクスッと笑っていました。
光岡の実家である神社は森に囲まれた静かな土地に建っている。
天野は光岡の両親や兄、祖父母へ挨拶し、改めて自分のために人形一人が犠牲になったことを謝罪した。光岡の家族は「天野さんが無事で良かった」と天野を慰めた。
その後、光岡家の広間で賑やかな夕食会となった。その場には事件当日に協力した人形達も生前の姿で参加し、改めて天野が無事であったことを喜び合った。ちなみに生前の姿と言っても身に付けているものは全員白衣に白袴である。
食事が進むと人形達は生前の思い出話などを天野に語り聞かせたりし始めていくし、天野も自分が生まれるよりもうんと前の話に興味津々、瞳をキラキラさせて話を聞いていた。
菊地はと言うと光岡の母親や祖母に学校生活についてあれこれ話しています。
そして先日、委員長に代わって天野へ説明した人形さんは広間の隅でチビリチビリと日本酒を呑みつつ、食事も楽しんでいました。
この日の夕食は生前、都会のレストランでコック長を勤めていた人形が一切合切を引き受け、それこそ前日から寝食を忘れて下ごしらえをし、腕を振るって料理しましたから全てが自慢の逸品です。当の本人は調理が終わった時点で力尽きて人形へと戻っていました。
それでも天野が何を食べても「おいしい。おいしい」と言って喜んでいるのを委員長の胸ポケットで見て、とても嬉しくてほくそ笑んでいたのは内緒の話です。
コック長、以前は白衣に白袴、エプロンにコック帽という出で立ちで台所へ立っていたこともあったのですが、「さすがにそれは似合わない」と周りの人から指摘され、台所へ立つ時だけは生前同様にコック服の着用を許されたのでした。
夜も更けて参りました。天野は客室の一つへと案内されました。そこには既に布団が一組敷かれており、「ゆっくりしてね」と委員長が言います。
「私のは?」
菊地が自身を指差しながら委員長へ問い掛けます。
「あんたはこっちだろうが!」
委員長が菊地を引きずっていきます。
「私だって、お客さんだよ~」
「アホか!」
菊地用の寝具一式と着替え一揃えは委員長の部屋に常備されており、いついかなる時も菊地が光岡家へ宿泊する時は委員長の部屋で枕を並べると決まっていた。
「本当に仲が良いんだな」
天野は改めて感じました。
翌朝、天野はいつもより少しだけ遅く目を覚ましました。普段着へと着替えて光岡家の台所へ向かいますと委員長がまったりとコーヒーを飲んでいました。
「おはよう。眠れた?」
「うん。なんか、高級旅館みたいな雰囲気だね」
「良かったよ。ぐっすり眠れたんなら」
コーヒーの香りがとても良くて飲みたくなってくる。
「飲む?」
委員長の問い掛けに天野は「うん!」と頷くが、光岡家のコーヒーが思っていたよりも苦いことを知らなかった。戸惑っている天野を見て委員長は砂糖とミルクをそっと用意しつつ、「パンでも食べる?」と問い掛けたが、天野は「食べ過ぎちゃったよ」と首を横に振る。
本当に昨夜はご馳走だったし、ついつい食べ過ぎたようです。
菊地の姿が見えない。まだ寝ているのだろうか。
「そう言えば、菊地さんは?」
「あ、今、自分の家に帰ってるよ。今頃、パンでもかじってるんじゃないかな」
「あれだけ食べて、まだ食べれるの。菊地さん!」
「クシュン」
同じ頃、菊地は自宅の居間でチンして温め直したご飯に熱々のお茶を掛けてズルズルと啜っていた。勿論「あんたはまた、光岡さんに迷惑をかけて。何度言ったらわかるの!」と言う母親によるお説教付きで。
朝食を済ませて衣類を数枚バッグに詰めるとまた光岡家へ菊地は戻ってきます。
三人で十時のお茶を楽しみ、そして昼食を済ませてから学校のある街へと戻るのですが、電車の車内は温度も程よくて三人揃って睡魔に襲われていました。
二〇一七年七月から放送されたアニメ「プリンセス・プリンシパル」の第十話にゲストキャラとして登場したのが「委員長」で自らのこめかみへ銃口を向けるという最期でした。
一回だけのゲストキャラへ感情移入したわけではありませんが、私の中では印象に残ったキャラクターでした。
主要人物の一人であるドロシーと休日の一コマを切りとったような二次創作、「if」の世界線が有ったら良いな、誰かが描いてくれないか、その様にも思いましたが、結局は自分で書かないといけませんでした。
そう言うわけで「委員長」のモデルは「プリンセス・プリンシパル」の「委員長」です。
苗字の光岡は「委員長」が任務中に「エレノア」を名乗っていましたが、この「エレノア」の意味が「光」だったことから光岡としました。
そして菊地はドロシーの本名が「デイジー」で意味が「ひな菊」でしたから苗字を菊地としました。
最後に天野ですが、主人公であるアンジェの意味が「天使」でしたから天野としました。
いつになるかわかりませんが、気が向いたら光岡と菊地のどうでも良い一日を書いてみたいです。




