水の音。
人魚になって帰ってきた?何を云っているのだろう?
最愛の人を失った事で…。気が触れてしまったのだろうか?
神木の頭に様々な思考が浮かんでは消えていく。
近藤は椅子から立ち上がり、百聞は一見に如かずと言いますよね?そう云って、奥の壁に近付いていく。壁まで辿り着くと、ポケットからリモコンを取り出したのだった。
ガガッ。音を立て壁が動き出す。
ピシャッ。水の跳ねる音が強まる。
ピシャッ。ビシャッ。ビシャッ。
「貴方に逢えるから喜んでいるのでしょう。」
近藤の表情は窺えない。
『こ…近藤さん?』
神木の声は消え入りそうになる。
「神木さん。私は未だにマスコミが嫌いなんですよ。ありもしない情報を流し、妻である美咲を侮辱したのですから…。」
棒読みの様に感情は込められてない。
「でも…。貴方だけは特別なのですよ。」
壁の奥には、下り階段が在った。
近藤はゆっくりと階段を降りていく。
『あ…あの……。』
近藤に神木の声は届いてはいない。
近藤は振り向きもせず続けた。
「美咲は、海に溺れ、流され。そして失踪する事となった。」
地下へと続く階段の照明はチラチラと明滅を繰り返す。
微かに血生臭い匂いが鼻腔を刺激した。
神木は、ただ黙って近藤の後方を付いていく。
「美咲は潮に呑まれ、全身を打ち付けながら、ある場所に打ち上げられた。《ある人》が見つけた時には、死ぬ間際だったらしいのです。」
近藤は更に奥へ向かう。
其の先に、カーテンで区切られた空間が在った。
「《ある人》は、美命を救う為、美咲を人魚にしたのです。」
近藤はカーテンの前で立ち止まり…。
神木の方へと視軸を向けた。