崩壊。
「そうだとしたら。私自身が美咲を死に追いやっていたと…。人魚と誤解し、傷付け、美咲自身を食べさせ、衰弱させていたと…」
近藤は、微かに細かく振動していく。
「私は…。私は…‐。」
‐美咲を変えてしまった奴を恩人だと思い込んでいたのか…。
近藤はユルリと立ち上がり…。
力無い足取りでフラフラと美咲に近寄っていく。
「美咲…ごめんな…。」
そう言って、美咲の頭に優しく触れる。
イアァァウゥ。アァアイアァ。イアイアアァイ。
鳴き声が轟いた。
「近藤さん…美咲さんを連れてきた人物の名前を教えて下さい…。」
神木は感情を押さえ付け、質問をする。
「御名前は言えません。」
涙を流し、弱々しく答えた。
「何故です。その人は犯罪者なんですよ…。庇う必要な無いじゃないですか?」
神木は声を荒げ、叫んだ。
「言えません。いや、言う事が出来ないのです…。頭の中では、其奴の名前が漂っている。でも‐」
言葉に出来ないのです…。文字としても浮かばない…。
「…。」
神木は狼狽する。
‐言えない?浮かばない?
近藤は、美咲の頬を優しく撫でた。
「私は狂ってしまったのでしょうか…?」
愛しい人を慈しむ様な優しい瞳で美咲を見つめ、近藤は呟いた。
その言葉で神木は我に返る。
「一刻も早く救急車を呼ぶべきです!美咲さんの命が危ない!」
神木はスマホを取り出し、番号を押す。
「やめてくれぇぇ!」
近藤は怒号を発して、凄い早さで神木のスマホを凪払った。
「何をするのです!」
神木の言葉を遮り、近藤は言葉を投げかける。
「あの時と同じ様に…。美咲を晒しモノにするのですか?生き恥を晒せと?この様な姿になってしまった美咲を?」
近藤は焦点の合わない眼で神木を睨み付けた。
「美咲を見世物には出来ない…。失踪した時ですら、世間は冷たい眼差しで私達に、あらぬ噂を流したんだ…。有名なライターである貴方には解らない筈がない…。人間は他人の不幸で自らの幸福を確認するのですよ…。罪深い生き物だ。そして…私は…愛する妻を…陵辱した罪深き生き物なのです…。」
近藤は…。
そう言うと…。
近くに転がっていたナイフへ手を伸ばした。
「やめてぇぇぇ!」
神木の叫び声が異質な世界を切り裂く。
近藤は美咲の首筋を切り裂いた。
血飛沫が宙に色を付ける。
アアァァアアァァィァアアアアァアァ
悲しき人魚の断末魔が鳴り響いた。
すると近藤は、自らの首筋にも、ナイフを当て、
「神木さん…。私達は誰にも邪魔されない2人だけの世界で再び愛し合います…。」
そう言って自らの首筋を切り裂いた。
鮮血に染まる視界。
‐いやぁぁぁぁ…。
総ての感情を吐き出し、神木の意識は途絶えた。