愛。
近藤は優しく微笑んだ儘、神木へ視線を戻すと…。
「この通り…美咲は食べてくれないのです。何故なのでしょう…。私は何か間違った事をしているのでしょうか?」
と訊いた。
神木は、困惑をしている。
現在、眼前に佇む彼に…。
どんな言葉をかければ良いのか思考を巡らせている。
『愛とは、ソコまで人を狂わせてしまうモノなのだろうか?』
近藤は穏やかな顔で美咲の肩に手を添えた。
罪の意識は無いのだろうか?
いや…。
【彼にとって】この行為は罪に値するのだろうか?
最愛の人の生命を守ろうとするが故に。
状況を歪んで把握したが故に…。
あぁ…。
この人にとって【愛の形はコレに決まってしまったんだ…】
神木は、哀しみと切なさで心が張り裂ける感覚に襲われて…。
遂に泣き崩れた。どのくらいの時間が過ぎたのだろう?
神木は涙と一緒に同情と云う名の感情を流した。
この異質な状況を破壊しなければならない。
彼に【真実】を伝えなければならない。
神木は冷静に語り始める。
「近藤さん…。貴方は美咲さんが人魚だと本気で思っているのですか?」
「えっ?」
近藤の表情が微かに曇る。
「美咲さんは人魚では無いのですよ…。貴方は現実を受け入れなければならないのです…。」
「な…何を言っているんだ!美咲は人魚に決まっているじゃないか!この姿が総てを物語っているだろう!」
「いえ…。人為的に姿を変えられていますよ…。」
ピシャッ…
ピシャッピシャッ…
「【あの人】は、命を助ける為に、美咲を人魚にしてくれたんだ!」
ピシャッ…
「冷静に聞いて下さい。美咲さんは…人為的に、その人の欲望を満たす為の道具にされてしまったのです。美咲さんには…身体改造と云うのが施されている。」
ピシャッ…
―オォォオ
美咲は声を張り上げる。
「身体改造?出鱈目を言うな!映画の世界じゃないんだ!そんな事、出来るはずが無い!」
「映画の世界?まだ分からないのですか?人魚こそ映画の世界じゃないですか?」
近藤は動揺しているかの様に見える。
ピシャッ…
ピシャッピシャッ…
「身体改造は古来よりある事なんですよ…。民族学の分野では「身体変工」と呼ばれています。宗教的なものから純粋に美意識に基く装飾まで、様式は様々なのです。肉体を意図的に変形ないし切削する事で装飾する。この様式の成立は古く、石器時代にも遡るとされています。」
「美咲に、ソレが施されていると?何の為に?美咲に身体改造をして誰が得をするんだ!意味が無いじゃないか!【あの人】が、美咲に人魚の肉を与え、美咲は人魚に変化したんだ。ソレが真実だ…。」
神木は冷静に告げる。
「先程も、言いましたが…。美咲さんを貴方の下へ送り届けた人物の欲望を満たす為だけになんですよ。近藤さん、真実から目を逸らしてはなりません。人魚の肉で人魚になったのだとしたら、美咲さんが衰弱してるのは何故です?そうだとしたら、人魚の肉にも、人魚そのものにも不老不死の効能はありませんよね?本当は知っていたのでしょう?でも、認めたくはなかったのでしよう?」
「そ…そんな…」
近藤は崩れ落ちた。




