序曲
「これは、いつかの話。漁村に一人の娘が居た。その娘は漁師の娘。漁師は人魚を捕まえ、解体した。何も知らない娘は、偶然に、其の肉を食べてしまった…。娘は16・17から年老いず、死ねなかった。彼女は悠久の時を生き、幾人の大切な人の【死】を見届けた。彼女は幾度【死にたい】と願ったのだろう…。【死】を願えど…【死ぬ事は叶わない】」
と神木璃央の対面に座る、近藤征二は、そう言った。
近藤は水族館の館長である。神木は取材するべく彼の元を訪れていたのであった。
近藤には妻がいた。しかし彼の妻は20年前、新婚旅行中に失踪してしまった。海水浴を楽しんでいた最中に、忽然と姿を消したのだそうだ。近藤の妻である近藤美咲は、何の前触れもなく静かに彼の前から、居なくなってしまった。懸命な捜査も虚しく、失踪した儘、現在に至っている。
20年前、人々は様々な憶測に過ぎない噂を流した。愛人と駆け落ちした、借金に追われ雲隠れした、神隠しに遭った。そんな根も葉もない噂が、日々訪れるメディアが、彼の精神を削っていった。彼は精神を病み、表舞台から姿を消していたのだが、近藤は先週、突如として復帰した。
そんな彼にメディアは群がったのだが、メディアに嫌悪感を抱いている近藤は、記者会見もせず、取材も断り続けていた。
だが何故か、その近藤に神木は、名指しで取材の許可を得ていたのだった。
「ソレは八百比丘尼の伝説ですよね?」
神木は問い掛ける。
「そう八百比丘尼の伝説です…。やはり貴女は、そう云った事に、お詳しいのですね。」
と、近藤は微笑んだのだった。




