おにいちゃん、やめます。
6がつ6にち
ボクのおうちにね、まっ白いベッドがやってきた。
でもボクがねるには、ちいさいなあ。
びょういんから、やっとかえってきたおかあさんが、だっこしていた赤ちゃんをまっ白いベッドにねかせたよ。
「たっくんはね、おにいちゃんになったんだもんね」と、おかあさん。
うん。
でも、おにいちゃんて、なにするのかな。
「名前は、メリちゃんだぞ。ほら、かわいいだろ?」と、おとうさん。
メリちゃん? ようちえんのおともだちと、おんなじだ。
「かわいがってあげるんだぞ? よろしく、おにいちゃん」
ふーん、おにいちゃんて、カワイガッテあげるんだ。
「あらまあ、メリちゃんたら」と、おかあさんが、オムツのテープをびりびりして、赤ちゃんのおしりをきれいにした。
わ、なんかへんなにおい!
おとうさんもおかあさんも、かわいいっていうけど。
赤いかおはまんまるだし。かみのけは、あんまりなくてはげてるし。ぼくがニコッとしてあげても、ちっともわらわないし。クサイし。
それにおともだちのメリちゃんは、もっとかわいいよ? おんなじメリだけど、ぜんぜんかわいくない。
おかおが丸いから、メリじゃなくて、マルのほうがぴったりだ。
*
7がつ7にち
「かしこみかしこみ」
あのカンヌシさんがバサバサふってるやつ、やりたいな。おもしろそうだもん。
赤いかおのマルは、白くてひらひらしたぼうしにドレス。
おひめさまみたいで、ちょっとだけだけど、かわいいな。
きょうはあさから、じいじとばあばが来て、しゃしんやさんにいって、カンヌシさんのとこに来て。みんなに「おにいちゃんでしょ、しずかにしてね」っていわれて、つかれちゃった。
でも「えらいね」って。
えへへ。
おにいちゃんて、たいへんだなあ。
おうちにかえって、ベッドでマルがおひるね。
おとうさんもおかあさんも、じいじもばあばも、ベッドのまわりで「かわいいかわいい」って。
あのねボク、ようちえんの『のぼりぼう』、てっぺんまでできるようになったんだよ!
ベッドのぼうをカッコよくのぼってみせたら、「登らないよ、おにいちゃんでしょ。メリが起きちゃうでしょ」っておこられた。
みんなして、マルばっかり。
おにいちゃんなんか、つまんない。
*
8がつ8にち
おっぱいっておいしいのかなあ。マルはまいにちのんでるけど。
ボクものんでみたいな。
でもはずかしいから、おかあさんにはナイショだもん。
マルはいっつも、おかあさんのだっこでおっぱい。
ボクがだいすきなおかあさんのだっこ。
おかあさん、かしてあげるね。
おとうさんも、かしてあげるね。
だってボク、おにいちゃんだもん。
*
9がつ9にち
かしてあげた、だっこ。
ぜんぜんかえってこない。
マル、はやくかえして。
おにいちゃんて、いっぱいガマンする。
やっぱりおにいちゃん、やだなあ。
おにいちゃんやめて、マルになりたい。
そしたら、ずっとだっこしてもらえるもん。
でもまいにちおっぱいは、やだな。
マルのかおをじいっとみてたら、マルがニコッてした。
へえ。マル、かわいい。
*
10がつ10にち
ボクね、マルのにおいがすきなんだ。
おかあさんにきいたら、おっぱいのにおいかもしれないねって。
マルのおむねのところをクンクンする。
あったかくて、なんか知ってるいいにおいなの。
クンクンしてたら、マルがボクのかみのけ、ぎゅーってひっぱった。
「いたいよ、マル、やめてよー」
おねがいしたのに、ぜんぜんやめないの。
いたくていたくて、なみだでた。
「マルはあかちゃんだから。たっくんごめんね。おにいちゃんだからがまんしてね」
がまん、きらい。
おにいちゃん、きらい。
ボクがかみのけぎゅーってしたら、おこられるのに、マルはおこられない。
ずるい。
マルのかみのけ、ちょっとだけひっぱったら、マルがふぎゃってないた。
マルだって、がまんしろ。
*
11がつ11にち
ボクのだいじな車のぬいぐるみ。おかおのついた赤と青のくるま、ジョウとトムっていうんだよ。
おへやのね、えほんやブロックのやまのうえ、ボクといっしょにブンブンビュ―ンってはしってね、はやいんだよ。すっごくたのしいんだ。
マルがえほんのとなりでごろごろしてる。
ごろごろしたあとクルンって、おなかをゆかにつけて、あたまをぴって上げるの。
マル、がんばって、できるようになったんだよ。
ボク、ごろごろのマルにぶつからないようにしてるけど、ちょっとジャマ。
おやつのあと、ジョウとトムであそぼうとしたら、マルがおくちでびしょびしょにしてた。
ボクのだいじなジョウとトムなのに……!
びしょびしょ、やめてよ!
かえしてよ!って、ジョウとトムをとったら、マルがギャーッてないた。
おかあさんが、びっくりしてこっちにきた。
「たっくん、どうしたの?」
ボクのだいじなジョウとトムだもん。
マルがおくちにいれるの、やなんだもん。
でもおにいちゃんなんだもん。
でもびしょびしょ、やなんだもん!
ボク、マルみたいに、まっかになった。
びりびり。
びりびりびり。
ボクのおむね、ようちえんの「しんぶんしびりびり」みたいだった。
やだ!
やだやだ!
もう、いやだ!
マルなんかきらいだもん!
おにいちゃん、いいことないもん!
おにいちゃんなんて、いやなんだもん!
「ボク、おにいちゃん、やめる!!」
*
12がつ12にち
おとうさんとおかあさんが、こまってる。
でも、おにいちゃん、やめた。
がまん、やめた。
すきなこと、いっぱいするんだ。
すきなことしたら、たのしいはずなのにね、……なんかへんなの。
びりびりのおむねに、いらいら虫がくっついちゃった。
ジョウとトムといっしょに、ブンブンビューンって、すっごく早くはしったよ。
マルはそばのベッドでおひるね。
でも、しるもんか。
びりびり、ブンブン、いらいら、ビューン!
びりびり、ブンブン、いらいら、ビューン!
しまった、ベッドにしょうめんしょうとつ!!
ドッカンごっちーん!!!!
あたまがびりびりいたくて、トムがびりびりやぶけて、起きたマルが、わあんてないちゃって……
だから、ボクも。
うわあああん、うわあああん。
おかあさんがはしってきて、ボクのことキュッて、だっこしてくれた。
いたいあたまも、なでなでしてくれた。トムもなおしてくれるって。
「ねえたっくん、おにいちゃんだからって、がまんさせてばかりで、きがつかなくて、ごめんね。おにいちゃん、がんばらなくていいよ。だっこだって、いっぱいしてあげるね」
おかあさんがだっこしてくれてたら、いらいら虫となみだがね、だんだんとちいさくなった。
おめめのさめたマルは、ベッドのはしっこで、ごろごろクルンをやろうとしてた。
わあマル、だめ! そこでクルンしたら、ベッドにぶつかっちゃう!
マルあぶない!
ごっちんしないように、ボク、いそいでベッドのぼうをにぎった。
おててのクッション、まにあった!
マルはそんなこと、ぜんぜんきにしないで、じょうずにごろごろクルンをして、ニコッてした。
ボクのかおみてね、うれしいねって、ニコッてした。
「ただいま」と、帰ってきたおとうさんが、ボクをキュッてだっこしてくれた。
ねえおとうさん、マル、あぶなかったの。
ぜんぜんわかってないの。
やっぱり、マル、あかちゃんだもんね。
それでね、マルがニコッてしたおかお、なんかね、メリちゃんに似てたんだよ。
おかあさん、かしてあげるね。
おとうさんも、かしてあげるね。
でもときどき、おにいちゃんにかえしてね。
やくそくだよ?
よろしくね。
メリ。
お読みいただきまして、どうもありがとうございました(^^)
【物語にちょっと役立つ0歳児の発達豆知識】
3か月……人の顔に対して笑いかける「社会的微笑」がはじまります(個別認識はまだです)。
5か月……自分で仰向けから腹ばい姿勢へ変えられる「寝返り」がはじまります。
6か月……知っている顔とそうでない顏の区別がはじまります。
新生児のお世話に、二人の子どもの子育てにと、お父さんお母さんもご自身が精一杯の大変な時期だと思います。今回はお兄ちゃん視点でしたが、いつか、お父さんお母さん視点のお話も書いてみたいと思います。
追記 「おねえちゃん、やめます。というおはなし。」子育て支援エッセイを書きました。最近聞いた新米おねえちゃんになったお子さんのお話です。ご関心ある方は下のバナーからどうぞ。
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