メンヘラと変態の百合
私は、巴の様子がおかしいことに気がついていた。
具体的には、私にスマホを見せなくなった。今まではインスタの画面などを見せてきたのに、それも無くなった。
その日は家に帰っても、巴はいなかった。机に手紙が置いてあって、「気にせず食べてて」と書いてあった。その隣には、彼女手作りのハンバーグが置いてある。
私は何も思うことなく、そのハンバーグをレンジで温めて食べた。一人暮らしに戻ったような気分だ。
それが、何日か続いた。
その日も私は、仕事帰り、一人でご飯を食べ、風呂に入り、ベッドにもぐった。
適当にスマホを見ていると、鍵アカウントにしているインスタに、フォローリクエストが届いた。
見てみると、知らない女の人だった。何気なくフォローを許可してみると、すぐに彼女からDMが届く。
『こんばんは。巴ちゃんの大学の友達です。彼女さんですよね?』
彼女のアカウント名は、理絵だ。
私は理絵に、返事を返す。
『そうです』
『彼女、浮気してますよ』
その言葉と共に、写真が送られてきた。
写真には、男と腕を組んで歩く巴が写っていた。
理絵から続いて文章が送られてくる。
『これ、今日インスタで他の人があげてたんです。私、許せなくて。いきなりDMしてすみません』
この人は、本当にすみませんなんて思っているのだろうか。
私はポチポチとスマホを操作する。
『わざわざありがとうございます』
『私も浮気されたことあるんです。だから気持ち分かります。何かあったら連絡してください』
それを見て、私はインスタを閉じた。
巴が、浮気。
正直、何て思ったらいいのか分からなかった。帰ってくるのかな?とだけ思った。
気がついたら、眠ってしまっていた。
目を開けると、巴の後ろ姿が見えた。何をしてるのかと思ったら、私のスマホを見ていた。
「おはよう」
私が声をかけると、巴がこちらを見た。いつも通りの、可愛らしい顔だ。
「梢。知ってるんだね」
何が?と聞くまでも無かった。私は何も答えず、起き上がって仕事に行く準備を始める。
巴は、ベッドに腰掛けたまま、私のスマホを握っていた。
「怒らないの?」
巴に聞かれて、私は頷く。
「人の人生にあれこれ言わないから」
「……あたし、今日、この人とセックスする」
「うん」
「ゴム、しないよ。子供欲しいもん」
「病気うつされるよ」
そう言ったところで、巴が私のスマホを投げた。スマホは綺麗な放物線を描き、私のこめかみに当たった。
「いっ…つ」
咄嗟に押さえると、ぬるっとした感触がした。見てみると、血が着いていた。
「なんで!?なんで止めてくれないの?好きだったら止めるでしょ普通」
私はスマホを拾い、仕事用の鞄に入れる。怪我をしたところがジンジンと痛み、気の利いた返事が出てこない。
「好きでも、その人は、その人だし」
「梢っていつもそうじゃん!本当はあたしに興味なんかないくせに!あたしのことなんかどうでもいいんだ」
巴は、泣いていた。そのまま続ける。
「子供欲しいって言ったことだって、もっとちゃんと考えてくれてもいいじゃん?なんでそんなに興味ないの?」
私は、困った。頭が痛くて思考は働かないのに、そんなに質問攻めされたら何も答えられない。
「えっと、ごめん」
「とりあえずで謝るのあり得ないんだけど」
確かに、それはそうだ。
「…ごめん」
「もういい!」
巴は勢いよく立ち上がり、ドタドタと部屋から出ていく。私は追いかけようとして、目眩に襲われた。
結構、ひどい怪我だったりする?
私は、その場にしゃがみ込んだ。そのま、ましばらく動けなかった。
結局、出勤時間を過ぎ、会社から電話がかかってきた。それに出ると、相手は事務の原田という、年上の女性だった。
「橋田さん?大丈夫ですか?」
私はこめかみを押さえながら答える。
「あの、すみません…。怪我をしてしまって。目眩が」
「あら!大変じゃない。救急車呼びましょうか?」
原田は、心配そうな声音だった。
そうか、こういう話し方をすれば良かったのか。
「いえ、大丈夫です。今から行きます」
私はそう言ったのだが、原田はとにかく心配そうに言う。
「どういう怪我なんですか?無理しないで、目眩するほどなら病院に行ったほうが…」
「えっと…階段から落ちて…」
「あらぁ!大変じゃない。今日は休んで、早く病院に行ってください」
「は、はい…ありがとうございます」
咄嗟についた嘘だったが、思いの外心配させてしまった。
私はその後原田と二言三言交わし、電話を切った。
ため息が出た。
そのまま、私は、眠りについてしまった。
結局、巴は帰ってこなかった。
一日、一週間、一ヶ月と時が経ち、気づけば一年が過ぎていた。
私は、巴がいない日常を淡々と過ごしていた。仕事は順調、ボーナスもアップして、何不自由無い生活を送っていた。
巴のインスタは、見ないようにしていた。彼女のアカウントはブロックした。
思えば、巴のいない人生など、考えたことが無かった。こんなにも普通で、安定しているとは。
その日、私は仕事からの帰路を歩いていた。雨が降っていて、私は傘をさしている。
ふと顔を上げると、黒髪の女性が見えた。彼女は傘もささず、猫背でうつむいていた。
私は、その人を無視することにした。見なかったことにして、顔を伏せ、その人の横を通り抜けようとする。
「_____こずえ」
心臓が、ドクンと大きく脈打った。
聞き覚えのある声だ。
私は、動けなくなった。
「梢」
再び名前を呼ばれた。他の誰でもない、巴の声で。
私は、彼女の方を見た。首を動かすのも重たくて、何時間もかかったようだった。
巴だ。
あの日と変わらない、整った顔立ち。それは今、雨でずぶ濡れだ。
巴は、心底嬉しそうに笑う。
「久しぶりぃ。会いたかったよ」
私は、どうだろう。会いたかったのだろうか。
「……ふぇ」
どこからか、何かの声が聞こえた。その音の発生源は、巴の腕の中。
彼女が大事に抱きかかえる、布の中からだった。
「梢、どうしたの?帰ろう」
巴はまるで、あの日々の続きのように喋る。
私は、喉から「うん」という音を絞り出した。
巴は当然のように、私の傘の中に入ってくる。
これからまた、彼女に振り回される人生が始まるのか。
めっちゃ遅くなって申し訳ありません!




