逃避
巴との出会いは、高校生の時だ。
一年生の時。リスカはもうしていた。まだ薄くて少なかったけれど、すぐ目に入るくらいには目立っていた。
面倒くさい子なんだろうな、と思っていた。実際、面倒くさかった。隣の席になって、喋るようになってから、彼女はどこへ行くのも一緒についてきた。
巴は、自分のこともよく喋った。家庭環境が悪いだとか、祖母が躁鬱で遺伝したのだとか。
私はいつも大人しく聞いていたわけではない。巴に対して、ハッキリ言うこともあった。彼女はびっくりしたような、傷ついたような顔をして、それでも私から離れなかった。
男と付き合うようになったのは、2年生になってからだ。最初は先輩、その次は同学年の別クラスの子。その後は先輩とよりを戻して、すぐ別れて、とか。そんな感じ。
高校では、巴は尻軽ビッチなんて言われて、女の子たちからハブられていた。
私はなんとなく仲良くしていたけれど、卒業したら連絡とらないんだろうな、なんて思っていた。
それが、私は高卒で就職して、巴は四年生大学に進学した後も、関係は続いた。
そして今度は恋人どうしだ。
「ねぇ梢。セックスしよ」
一人暮らしの私の家に来て、私のベッドに座って、私の恋人の巴はそんなことを言い出した。
私は巴を見て、言う。
「私、セックス興味ない」
「でもセックスしなきゃ、友達と一緒じゃん」
「そんなことない」
「恋人ならするの」
「しないカップルもいる」
「ならあたし、他の男としちゃうかも」
「したら別れるよ」
「………」
巴の険しい顔が破顔し、フニャフニャの笑顔になる。
「なによ。あたしのこと好きじゃん」
「好きだってば」
本当だ。
「ムラムラしてきた」
「勘弁して」
「ねぇ今日さ、一緒にお風呂入ろ」
「ん、いいよ」
「やったー」
私の住むアパートは、1Kの風呂トイレ別だ。ユニットバスだけは嫌だったのだ。
夜は本当に、一緒に風呂に入った。
巴は、細い体つきに、胸は大きかった。顔も可愛いのにこの体。男が途切れないわけだ。
「あたしのおっぱい見たでしょ?いいのよ、揉んでも」
そう言いながら、彼女は私の手を掴み、自分の胸に押し当ててくる。
「揉んでほしいの間違いでしょ」
そんなことを言いながら、私は巴の胸を揉んだ。柔らかくて、重量感があるなぁ、なんて感想を持った。
「あん、すっごいムラムラしてきた」
私はぱっと手を離す。
「入ろう」
ブーブー言ってくる巴を無視して、私は体を洗った。その後に巴も自分の体を洗って、一緒に湯船に浸かる。
湯船は一人用なので、普通に狭い。
巴は、私に背を向けて、足の上に座ってきた。湯があるので重くは無かった。
「梢さー。男と付き合ってもこんな感じなの?」
「いや、付き合ったことないし。そっちは?」
「んー。もうちょいぶりっ子してる」
「想像つくわ」
「あたし、自然体でいるの梢の前だけなんだからね」
「うん」
話しながら、巴の左腕に目をやる。大量の切り傷の跡。
私は、この傷跡が好きだった。
滑らかな肌に浮く、醜いケロイド状の線が、どうしても好きだった。
それだけではない。切ってすぐの、血が滲む傷そのものも、好きだ。
私は、巴の左腕に、自分の手を添えた。ボコボコの感触に、心が震えた。それは素晴らしい芸術作品を見て打ち震えるのと同じ。
「もっといろいろ触っていいのに」
巴の言葉に、私は従うことにした。そうすることで、傷跡を愛でていたことを隠そうとした。
私は、巴のお腹を触った。お腹は私のと変わらない。
「くすぐったいんだけど?」
「我慢して」
「しないよばか」
お腹の手を払われる。
私は左腕を撫でながら、右腕も掴んだ。
「巴ってさ、どこ触られるのが好きなの?」
「んー。髪かな」
「じゃあ、お風呂あがったら乾かしてあげる」
傷跡を触らせてくれたお礼だ。
「ふふっ。ありがとう」
嬉しそうな巴の声に、私は胸が痛んだ。
普通にこの子を愛してあげられたら良かったのに。
しばらく他愛無い会話を続けたあと、私たちは風呂から出た。
髪を乾かして、歯も磨いて、寝る準備を整えた。私はそのつもりだったのだが、巴は違うようだ。
大きいベッドで寝たくて買った、ダブルのベッドも、二人で入ると狭い。
壁際で、壁の方を向いて寝転んでいる私に、巴は後ろから抱きついてきた。そうやって寝るのかな、なんて思っていると、服の上から胸を揉まれた。
私の胸なんて、巴のに比べたら大したことはない。でも、小さい方が感度が良いなんて言う。あれは本当なのかもしれない。
「………」
私は何も言えず、巴の手を受け入れる。
巴は少しずつ探るように動きをエスカレートさせていった。
気がつけば、上半身の服はめくられ、肌を直で愛撫されていた。
「梢、コッチだったんだ」
嬉しそうな巴の声。
「なに言って…っひぅ…」
思わず言い返すと、自分のものとは思えない声が出た。
「やば」
巴が身を起こし、覆い被さってくる。
その後はずっと巴にされるがままだった。巴だって女を相手にしたことなんかないはずなのに、自分でするより気持ちよかった。
どれだけの時間そうしていたのかは分からないが、とにかく長かった。
私がもう無理だと言っても巴は聞かなかったし、無理やりやめさせることもできなかった。
疲れた。終わってすぐの感想は、それだった。
「梢、好き」
巴は元気そうだが、私はもはや放心状態だ。
「気持ちよかった?」
「……疲れた」
素直に答えると、巴は嬉しそうにする。
「疲れるくらい気持ちよかった?」
「うん」
「えへへー。明日もしようね」
「つぎの日仕事の日はむり」
「じゃあ昼のうちにしとこ」
「性欲モンスター…」
「メンヘラだもん」
「かんけーないし…」
ここらへんから、記憶がない。
朝起きると、巴はまだ寝ていた。
私はこっそり、彼女の傷跡に指を添わせた。その感触をなぞっていると、昨晩巴が私に触れていた箇所がうずいた。
嫌だった。
傷跡に性的に興奮しているなんて、認めたくなかった。
しかし、認めざるを得なくなった。
「最悪だばか」
私はぽつりと、呟いた。