ベレー帽の兎 【月夜譚No.205】
ベレー帽を被った兎が駆けていく。少女はそれを一度見送って、数秒後にベンチから立ち上がった。
それはよく見る普通の兎の形をしていたが、走り方が明らかにおかしかった。後ろ脚で地を蹴り、前脚は胴体の横で前後に揺らしていた。そう、まるで教科書で見た鳥獣戯画の兎の絵のような姿だった。
そう聞くと日本的なイメージになるだろうが、赤いベレー帽が一気に洋の雰囲気を醸し出していた。
いや、和か洋かは然程の問題ではないのだ。重要なのは、兎が二足歩行で走っていたということである。
少女ははっと我に返って、慌てて兎を追いかけた。兎が消えた曲がり角を覗き込むと、その小さな影はまだそこにいた。少し跳ねるような足取りで、道の先へと進んでいく。
これはまるで、幼い頃に読んだ『不思議の国のアリス』のようではないか。
少女は高鳴る胸を抑えて、口元を緩めた。こんなことはそうそうない。恐怖感がないといったら嘘になるが、これを逃す手はないだろう。
曲がり角から飛び出した少女は、不可解な兎を追いかけて夕陽が照らす道を走り出した。