私のメニュー
本当にもう、スマホはちゃんと持って出かけてよ、お祖母ちゃん。
ぷりぷりしながらオーダーした料理が届くのを待っている父に対し、全く反省の色を見せない祖母。
私と父が函館から戻った翌日---つまり今日だ---祖母が、
自分の仕事帰りに一緒に食事をしようと提案してきた。
本日も明日も平日にも関わらず、明日誰も出かける予定がないからと。
私自身は、早く日常に戻りたい。
でも、まだ授業を受ける気力が戻らなかった。
多分、自らの意思で母方の祖父と祖母を、傷つける気で傷付けたからだ。
他人を傷を付けるということは、自らをも傷付けるということを身をもって知った。
もちろん、傷付けるつもり、ということが大前提だろう。
そうでなきゃ、こんなに疲労することは無かったはずだ。
少しでも日常へと思う私としては、夕食を作ることはやぶさかではない。
しかしお祖母ちゃんの言う通り、平日の夜3人で食事に行く機会はあまりない。
翌日も平日となれば、更に珍しい。
そのため先日テレビで見て、祖母が気になっていたという美味しい羊料理のお店に3人で来ている。
「マトンのハンバーグですって。
まさかと思うけど、私がいないからと言って函館でジンギスカン食べてきてないわよね。」
かなりの勢いで彼女は言っていたから、どうしても食べたかったんだろうな。
食べ物の恨みって結構怖いのかも。
下らない考えに、少しだけ笑ってしまった。
笑い事じゃないよ、彩芽ちゃん!!
いっつもお祖母ちゃんは、スマホ持ってかないんだもん。
本当に携帯電話の意味ないよ。
いつも出かけるときに持って行かないの分かってるんなら、諦めなよ。
私が父にそう言えば、お祖母ちゃんも、そうだそうだと便乗してきた。
「携帯のない時代は、いつも時間を守らなくて待ち合わせ場所に来ないって
文句言われてた人に言われたくないわ。」
いや、どっちもどっちだろ。との感想はあえて口に出さず、
にこやかなウエイトレスさんが運んでくれた前菜に舌鼓を打つ。
このお店もコース料理しかないことを、事前に調べておけば……。
ぶつくさと不満を続ける父に、
私たちのテーブル担当のウエイトレスさん美人だねと言うと、簡単に機嫌が良くなった。
どうやら、不満気な態度を収めるタイミングを見計らっていたらしい。
まぁ、私のお父さんとお祖母ちゃんは、このくらい緩い方が良い。
しなければならない。とか、してはいけない。
なんて、勝手に決めつけられることに、酷くうんざりしていたから。
私と祖母が頼んだ和風パスタを見た父は、お父さんもそれにすれば良かったかなぁ。とクリームパスタを美味しそうに食べている。
次にメインの羊のハンバーグだから、それとの相性次第じゃないかしらと祖母に言われ、
そうだね。と、ご機嫌に返事をしている。
「結局美味しそうに食べているなら、このお店来てよかったじゃない。
むしろ調べちゃうと、一期一会が無くなっちゃうわよ。」
一期一会とスマホを待ち合わせの時に持っていなかないのは別な気がする。
それ以上に、携帯電話が普及していなかった時代の待ち合わせの不自由さに私は疑問を持つ。
時間と場所を決めておくだけ。今とあまり変わかわらないよ。当然だよと何故かしたり顔で父が答える。
「それはとても便利だけど、便利になればなるほど不便になる気もするのよ。」
日本語がおかしいですよ、お祖母ちゃん。
あぁ、そうか。お祖母ちゃんのように、持ち歩かないと周囲に不便をかけるっていう事か。
私は自分で納得していれば、
「昔の映画なんかによくあるでしょう。」少し考えて祖母が言っている。
モノクロ映画かそれとも無声映画の時代か。
「昔って言っても、携帯の無い時代だから90年代なんかもだからね。」
私の考えをあっさりと打ち消す彼女に、どういうことかと尋ねる。
「今だといつでも連絡が取れるでしょう。それって、連絡がないと不安にならない? 」
と、仰いますと?と意味を掴みかねた私は、理由を促した。
やっぱり大人の気持ちを分からないだなんて、
まだまだお子様だねと、相変わらずドヤ顔の父。
いや、さっきまでぷんすかしていた人は誰だと思うも、
パスタを食べ終えた私は静かにメインを待つ。
「約束していた場所に行けなかったとき、連絡できなかったり。
一番大切な時にすれ違うの。それってとても切なさを生むでしょう。
つまり今なら簡単に出来てしまうはずなのに、それが出来ない。
それをしない。今までは出来なかった事が理由になったけど、
しないとかしたくない関係であることが相手にばれちゃうの。
とてもむず痒いでしょう。だから不便だなって。」
この羊のハンバーグすごい肉汁だ。
私は肉汁礼賛主義じゃないから、最近の肉汁沢山イコール美味しいみたいな風潮は苦手だ。
ただ、この甘みのある肉汁は、美味しい。
そして、お祖母ちゃんの言うことは、分かるような分からないような。
目の前では付け合わせのセロリを、あっちいけとばかりに父がお皿の端に避けている。
私を祖母に見られていることに気づき、誤魔化す様に話を始める。
3人で一緒に外食できるって事は、普通の生活ってことだよねと。
この羊さんクセが無くて美味しいね。独特の臭みが全然なくってさ。
そんなことを言いながら、何事もないからこうやって一緒に外食が出来るんだもんね。と続ける。
普通ってさ退屈だとか、毎日の繰り返しとか言われてるけど、それってとっても幸せなことだと思うんだ。
何もないから今まで通りの生活が出来るわけだから。
そんな風にまともなこと言いながら、更にセロリに攻撃を加える。
そんなに嫌わなくてもと、思うほどだ。
「沢山美味しいのが出てきたね。甘いものは別腹でよかったよね。」
私に同意を求められてもと思うけど、確かにそうかもしれないとお祖母ちゃんに相槌を打つ。
笑顔の可愛らしいウエイトレスさんが運んでくれたブリュレにスプーンを入れ口に運ぶ。
普通ねと私は思う。
私の生活は母と離れることにより、ずいぶん楽になった。
それが今の普通だ。これを手放したくない。
彼女は自ら命を手放した。そんなことはしたくないから。
普通の生活とは十人十色だろう。
しかしいずれ続けられなくなるなら、それはその人にとって普通ではない。
自分にとって無理をせず、
しかもこんな場所にいる人間じゃないなんて思いながら過ごすのは嫌だ。
気付けば目の前のブリュレは綺麗になくなっている。
お願いしていた紅茶が運ばれてきた。
祖母と父には、コーヒーが。
届いた紅茶に口を付ける前に、考えていたことを私は2人に告げた。
人にかかわる仕事、出来れば命に関われればと思うのと。
「道を見つけたなら、今できることをすると良いわね。」
祖母はそう言ってコーヒーに口を付けた。
お父さんと一緒の仕事をしたいんだねと父は自由に受け取り勝手なことを言っている。
2人の意見を聞きながら、まだまだ冷めない紅茶を私は冷まして飲み始めた。
私はこの店に来て、少しずつ気分が楽になったようだ。
少し早めに学校に復帰してもいいかもしれない。
それも明日2人に告げようかな。
本当はもっと若いからこそ言える世の中の矛盾なんかで、世間に切り込みを入れたかったのです。
が、まだまだ私には足らないものが多いようでした。
拙いお話と文章ですがお読み下さりありがとうございました。