彩芽の視線 その2
前話と同じ日のお話です
今回だけ読んで頂いても話はご理解いただけるはず(多分)
帰る前に事前に尊君に送ってもらうと連絡してあったからだろう。
祖母が仕事に行くような格好に着替え、軽く化粧を施していた。
普段はもっとラフな感じなのに。
「ただいま。」
玄関を開けると、いつも通り玄関まで「おかえり。」と
言いながら迎えに来てくれたお祖母ちゃん。
「はじめまして、彩芽の祖母です。あなたが彩芽の彼氏さん? 」
祖母が玄関にいることに驚いたのだろうか。
それとも彼への食い気味の挨拶におびえたのだろうか。
「ま、蒔田です。あ、えっと、はじめまして。は、はい……。 」
「きゃー、背が高くてイケメンっ!! 彩芽って男の子を見る目だけは、あったのね。」
楽しそうに勝手に忙しく話しかける祖母に、彼は明らかに戸惑っている。
「あら、彩芽ったらこの暑い中にカバンまで持たせて~。
優しいのね蒔田君って。
あ、彩芽。冷凍庫にアイスクリームあるからあなたの部屋で一緒に食べなさい。
ジュースやお茶もあるから一緒に持って行ってもいいわよ。」
いつも以上にテンションが高い祖母に、私が持ってきほしいと伝えた。
「私、今からゆっくりお買い物でも行ってくるから。
そうね少なくとも2時間は掛けようと思うの。部屋の冷房は付けてあるから。
そうそう、なんか足りないものがあったら近くにドラッグストアもあるし、」
「もうさっさと買い物行って。」
これ以上、話をさせないよう私は玄関にいる祖母を扉から押し出そうとする。
「はいはい、蒔田君のんびりしていってね。」
祖母は私に振り返り、まだお財布とか持ってないから。と
言い残して居間へ戻って行った。
……はぁ、疲れた。
玄関から入ってすぐの右手側に私の部屋がある。
自分の部屋の扉を開けて、机の椅子にでも掛けていてと伝え、
廊下を突き当たった先にあるキッチンまで行く。
我が家はダイニングキッチンとリビングが繋がっているため、まだ祖母は準備中。
お祖母ちゃんを無視して、私は冷凍庫にある小さなカップアイスを取り出す。
「あ、こっち食べて。」
私が持っていたアイスの片方を、指でさす。
蓋に”優”の文字がまるで囲まれているのを見て、理解した。
これは優人の分です。という、父の小さな宣言である。
「スプーンはこれで良いのかな? 」
棚に仕舞ってあるアイス用のスプーンを出すために、私は棚を開ける。
制されてコンビニでもらうようなプラスチックのスプーンを2つ。
こっちの方が今日は感じが良いかも。と言う一言共に、小さなお盆も渡してくれた祖母。
裏返してあったガラスのグラスも、棚から2つ出して用意してくれた。
ありがと。そう言いながら、私は冷蔵庫の中から冷えた麦茶を注ぐ。
「ちゃんと、お祖母ちゃんらしく振る舞えるのになんで…。 」
「だって、彩芽ちゃんが彼氏を連れてくるだなんて、うふふふ。
心配しないで優人には、まだ内緒にしておくから。
あ、もしかしたら優人のベッドの近くなら避にn『わぁあ!! 』」
私は嘘くさく叫び、最後まで言わせなかった。
全く、初心なんだから。そんなことを小さく呟き、ようやくバッグを手にした祖母は「行ってくるね。」と玄関へ向かう。
軽く手を振り、私はいてら。と送り出す。
お盆を持った私は、尊君を待たせてはいけないと自分の部屋へと急いだ。
左手でアイスとお茶の入ったお盆を持ち、不器用空いた手で扉を開けて部屋へ入る。
私に気づいていなかった彼は、床に座って部屋の中をキョロキョロと眺め回している。
「椅子に座ってくれていてよかったのに。」
私は床にある小さなテーブルにお盆を置いた。
部屋にはベッド、勉強机、クローゼットのほかにはラグの上にある小さなテーブル。
結局私たちはアイスとお茶がテーブルの上にあるからと、ラグに2人で隣り合って座ることにした。
ほんの少しだけ2人の間に隙間を空けて。
いただきます。とアイスを手にした彼は「なんていうか、渡辺、じゃなくて彩芽のお祖母ちゃんってエネルギッシュだね。」
あいまいに笑っている彼に対し、わざわざ言い換えることないのにと私は思う。
今まではお互いを名字で呼んでいた。
付き合う事になったしと、お互い下の名前で呼び合おうと決めたのだ。
夏休み中にまめに連絡を取るようになった時に。
「メッセージだと名前で呼べるんだけどな。彩芽を前にするとつい名字で呼んじゃう。」
照れながら、いつもそんなことを付け加える。
「あ、お祖母ちゃん見て思ったんだけど。さっき電車の中で井村に言われたって話。癖のある人から好まれるってやつ。」
「うん。」
私は大好きなバニラアイスに夢中になっていることに気づかれないように頑張って返事をする。
「彩芽のお祖母ちゃんと会って、分かった気がする。」
「……あれで? 」
祖母をあれ呼ばわりしたことが、よほど面白かったらしい。
意外な表情をした後、軽く笑ってそう。と頷いた。
「ちょっとだけ、人と考え方が違うからじゃないかな。」
「私はごくごく常識的でつまらないものの考え方をする人間です。」
不貞腐れている感を出しながら抗議する。
「そんなにアイスに夢中になってる人が言うセリフじゃないよ。
渡な、彩芽って食べるの遅いのに今は俺より全然早く食べ終わってるし。
俺の分、食べる? 」
私、涎垂らしてないよね。
と、手で口周りを確認するように拭きながら、尊君食べて。と一応遠慮する。
「そんなに凝視されたら食べられません。」とクスリとされた。
「ねぇ、さっきの凛ちゃんの話の続き聞かせて? 」
バニラから話を遠ざけるように彼に話を促す。
そうそう、そう言ってバニラの乗ったスプーンを口にしながら話を続けていく。
あ、結局アイスもらえないんだ私。
ちょっと期待してたのに、残念。
「世間の目と違うって言うか。そうだ、彩芽は自分にとってどうかを中心に考えるって言うか。」
「それって、けなされてますよね? 」
不満気な私に対し、違う違うと大きく手を振って否定した。
「例えばさ、井村って女子から嫌われてるじゃん。
でも、彩芽は『凛ちゃんは素直なだけだよ。』って、本人をきちんと見て言ってるって言えば良いのかな。」
イマイチ分からないな。
「そうだな。1年の初めの方に俺が保健室に迎えに行ったときあったの覚えてる? 」
「何回か来てくれている様な、いないような。」
「ぷっ。ほら、3年の女子と転勤させられた先生と付き合ってるとかそんな噂会った時。」
「あー、そんなことあったね。」
私は彼が戸惑いながら保健室に迎えに来てくれたことを思い出した。
小さな声で、鈴木に頼まれて。とかなんとか、担任に言われたからと言い訳じみた様子で。
「確か井村とその話をしてたの聞こえたんだよね。
渡辺が『本人たちにしか分かんない事』って感じなこと話してるの。」
「それがどうかした? 」
「そういう返事ってなかなかしないから。井村もびっくりしたんだと思うよ。ゴシップって言いたい放題でしょ普通。」
そうかも? とでも伝えるように私は首をかしげる。
「あー、その普通っていう基準が違うって言うか。悪くとんないでね。
普通って誰の普通? 世間の目の世間って誰の事? みたいな感じっていうのかな。」
ん、だってそうじゃん。と答えた私は、時間がたったせいで、汗をかき始めたグラスのお茶を口に入れる。
「ま、そうなんだけどな。」
彼はやっと食べ終わったアイスカップとスプーンをお盆に置いた。
「周囲に都合良く世間って言われていることを、本人にしか分からない。だから本人にしかってなるでしょ。そういうところを井村は気にいたんじゃないかな。」
分かるような分からないような。
「え、じゃあ、尊君や桃花ちゃんについては?」
「ん-、俺は彩芽のそういう考え方も好きだよ。」
そう言って、愛おしそうに私に対し目を細める。
私がアイスを食べ終わった後に、ほどいた髪が顔にかかっていたからだろう。
彼の長い指で顔にかかった髪を軽くかき上げた。
そんな仕草に私はドキリとする。
嫌だったか。不安気に尋ねられて思わずブンブンと大きく首を振った。
「そんな表情するんだなって思って。」
彼は自分の両手で、顔を挟むようにして「どんな表情してた? 」
「大切そうにっていうか……。」途端に恥ずかしくなって声が小さくなる。
語尾なんてもう、言葉にすらなっていない。
「俺さ、今日の保健室での会話聞いて、すごく嬉しかったんだ。」
少しだけ空いた私たちの隙間に、尊君はすっと入って私に近づいた。
「あ、なんか立ち聞きばっかしてるみたいだね俺。」
照れを隠すように笑う彼は、意を決したように口を開く。
「彩芽の事とても大切に思ってる。嫌がることはしたくない。
でも好きだから全部欲しいともめちゃくちゃ強く思う。
心も体も。
だからキスとかできるかも、みたいなこと聞こえてホント嬉しかった。」
そう言って尊君は、私の顎を掬い見つめる。
凝視できなくて、瞳を伏せた私に彼の顔が近づく。
私たちは、長く甘い甘いキスを交わした。
次は尊君が帰ったあとの夕食時のときあたりのお話(の予定)