彩芽の視線
先ほど終わった2時限目の体育の時間のせいだろう。
残暑の中で運動場にいたせいで、彩芽は酷く頭痛がした。
同じクラスで友人の桃花に断って、保健室に行き休ませてもらおう。
これで次の授業担当の先生にも、私が教室に戻らなくても問題ないはずだ。
次の授業は英語。英語の赤羽先生嫌いだし、丁度いっか。と、彩芽は思うことにした。
保健室に入ると、保健の先生のモッチーこと望月先生に頭痛と不快な気分を伝える。
「少し休みたい」と伝えれば、白衣を纏った美人な保健の先生は、氷枕を用意してくれた。
いつ見ても色っぽな改めて思う。
私はいつも彼女と会うと、こんな風に自立した大人になれるのだろうかと不安になるだ。
進路を考えなくちゃいけない時期に差し掛かる以前から思っていたことだ。
モッチーの指示で3台あるベッドの一番窓際のベットを使わせてもらう。
やっと一つにまとめられる長さになった髪を、横になるためにほどく。
髪を下ろしただけで、少し頭痛が楽になった気がする。
しかし氷嚢って、なんでこんなに臭いんだろう。
氷嚢を作った後、望月先生は「いい子にしてるのよ。」と、少しおどけて保健室を出て行った。
カーテンで仕切ってある3台のベット。
私とモッチーのやり取りが聞こえていたのだろう。
真ん中のベットからカーテンが開けられて、私に「やっほ。」と声を掛けてきた女生徒がいる。
2組の井村凛だ。
「相変わらず病弱ねぇ。」そう言って凛はベットの上に胡坐になり、こちらを見た。
他の生徒より少しだけ短くしたブレザーのスカートからは、彼女のまっすぐで綺麗な足が見える。
「凛ちゃんは、また寝坊? もう3限目だよ。」
私が軽くたしなめるように言えば「次の化学の授業実験だし。」と答えた。
あー、そういうことかと私は納得する。
彼女には、この学校にほとんど友人がいない。
私と気軽に話しているのは、1年生の頃にお互い保健室によくいたからだ。
私は学校になじめず、彼女はサボるため。
何度か顔を合わせ、保健室友人となった。
保健室友人なんて変な名前は、自分で勝手に付けて心の中で呼んでるだけなんだけどね。
凛は自分にとっての好き嫌いが、とてもはっきりしている。
そして、それを口に出すせいで誤解されやすいのだ。
ある時「デブスって大嫌い。」と、多くの女生徒の前で言い放った。
なんかねー、変な空気になったよ。と、教えてくれた凛。
ま、そうなるわ。と、思うも彼女は特に気にしていない様子。
彼女は別に太っている人、美形ではない人を見下している訳ではない。
凛自身はすらりとした体型に、化粧映えする顔立ち。
当然だが男子生徒からよく声を掛けられているという。
しかし、彼女は努力して手に入れた外見なのだ。
本人曰く、とても太りやすいから筋トレもするし、化粧だって似合う物を研究しているらしい。
だから努力もせずに、モテたいとか痩せたいという人間が嫌いなだけなのだ。
私は彼女と保健室友人になり、凛の人となりを少しずつ話すようになり知ったことだ。
凛を眺めれば、制服の半袖シャツから見える二の腕が更に締まっていようだ。
「何よー。実験って聞いた途端納得したのぉ?感じ悪ぅー。」と、
特別感じ悪そうに思っている表情もせず、凛は不貞腐れたフリをすした。
「二の腕更に筋肉質になったかなって。」
私が思ったことを口にすると、凛は嬉しそうに筋トレの成果を語りだす。
「丁度さ、ブレザーのジャケットなしの時期になったでしょう。この半袖っていい感じに私の筋肉を「あ、もう大丈夫なんで。」え、ひど。」
長くなりそうだったので適当に切り上げさせた私に、
「そんな態度取ってると蒔田に嫌われても知らないんだからね。」
彼女はそう言って鼻を鳴らす。
私は驚きと同時に頭の痛みが軽くなったこともあり、身体を素早く起こした。
凛の方に体を向けて、スカートを気にしながら体育座りをする。
蒔田とは夏休みに入る前に告白されて、付き合う事になった私の彼氏になった男子生徒。
「な、何で知ってるの!?」
「ほっほっほ。当たり前じゃないの。そんなことより、あんたって灰汁の強い人間に好かれやすいよね。」
私の問いには華麗にスルーして、妙なことを言われてしまう。
「灰汁の人なんて、凛ちゃんくらい思いつかないけど? 」
彼女の名前を出したからだろう。
少し照れた様だったが、恥ずかしさを蹴散らすように話し始めた。
「小仁熊もだし、さっき言った蒔田もだし。」
小仁熊とは大好きな友人の桃花の事だ。
「桃花ちゃんは優しくていい子だよ? 」
「まぁ、私もあの子嫌いじゃないよ。自分が可愛くてモテるの知ってて、それを人のせいにしないし。」
「人のせい? 」
「なんていうかさ、4組の今井田さん?とかって、私って別に美人でスタイルも良くないのに周りが勝手にほめてくれるの。みたいな雰囲気だしるじゃん? 」
今井田さんとは多分、学年一どころか新開高校一の美人と言われる今井さんのことだろう。
「うーん、そうなの?全然そんな風に感じたことないや。」
「ま、彩芽は鈍感が売りだもんね。」
そんなところがチャームポイントとなるとは思いもしなかった。というか、
「鈍感なんて言われたことないよ!! 」
凛に強めに言えば「あー、蒔田も大変よねー。」と、勝手に私を無視して蒔田こと尊君の事を、あれこれと好き勝手にぶつくさ言っている。
「でさ、結局彩芽はあいつのこと、どー思ってんの? 」
「あいつ? 」
「ま、き、た!! どうせあいつから告って来たんでしょ。」
「あぁ、尊君ね。って何で知ってるの!? 」
「私の方が泣きたくなるよ、彩芽が鈍感すぎて。知ってるも何も、あいつずっと彩芽の事好きだったみたいよ。」
「!? 」
「だから鈍感って言われるの。で、どうなの? 」
凛ちゃんに始めて鈍感と言われただけだから、私は鈍感じゃない。と、思いたい。
保健室の扉がガラリを開く音がした。
扉の方を見れば、出て行ったモッチーじゃないの?と凛ちゃんは言う。
ま、カーテンがあるから扉の方見ても、見えないんだけどね。
「で?どう思ってるの? 」
なんとなく楽し気に尋問をされている気がする。
「うーん、人としては好きだよ。でも、男性としてはってなるとよくわかんなくて。でも、それでもいいからって……。」
「付き合って欲しいと? 」私が言い淀んでいると彼女が引き継いだ。
「うん、だからイマイチまだ分かんなくて。」
私の声は恥ずかしさからか、だんだん声が小さくなる。
後ろのカーテンが風にそよいだ気がした。
「じゃさ、蒔田とキスできる? 」
「ふぁっ!? 」
カーテンに目を向けようとした私に、凛が大きな声で話しかけてきた。
「想像でいいの。出来る? 」
私は軽くうなずく。
「じゃあ、セックスは? 」
「あの……凛ちゃん、その質問って意味あるんですか? 」
「出来るの、出来ないの!? 想像でいいって言ってるじゃない!! 」
彼女は私の質問を無視して強めに聞いてくる。
「……多分。」
少し考えて首を軽く傾げながら私は答えた。
すると凛が私の少し右上を見ながらニヤニヤと「だって!! 」と言う。
「さぁて、邪魔者は退散しますかね。」と、ベッドから降りて保健室から出て行こうとする凛。
私が振り返ると尊君が彼の大きな右手で自分の口元辺りを隠していた。
少しだけいつもより顔が赤い気がする。
赤面を隠すための右手なのかも。
「やだぁ、見つめあっちゃって。
あんたたち2人きりだから保健室の鍵かけちゃえばなんでもできちゃうわよぉ。
あ、あの質問はね”YES”なら、相手に恋してる的な意味だった気がする。
じゃあねぇ。」
彼女はそう言って嬉しそうに手を振りながら、保健室から立ち去って行った。
微妙な空気になった私たちを残して。
「あ、えっと……。体調崩して保健室にいるって小仁熊から聞いて……。」
そう言いながら蒔田の左手に私の通学かばんともう一つかばんを見つけた。
視線に気づいたのだろう。
「飯だけ食って、帰るかと思って。それなら送ってくし。」
「でも、お昼の後にも授業残ってるし、家遠いから。
っていうか、なんか変な会話聞かせてごめん……。」
「ん。次、赤羽の授業だし。」
彼は確か英語は得意だったはずだが、先生が苦手という理由で私を使って帰宅しようとしている。
「じゃあ、送ってくれるかどうかは別として、一緒にお昼しよっか。」
私はベッドの脇に座り直し、足をブラブラさせる。
隣をポンポンとして、彼に座るように促す。
一緒にお昼ご飯を食べながら、送ってもらうことに決めた。
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