40. 二人で堕ちましょう
領内で狼男と人間の夫婦が営んでいるレストランが美味しいと評判だった為、アドリエンヌとアレックスはその店を訪れた。
突然の領主夫妻の来店に驚いた店主夫婦だったが、それでも腕によりをかけて美味しい料理を出してくれたのだった。
「とても美味しかったですわ。これからも夫婦仲良くレストランを経営してくださいね。また来ますわね」
「また僕も知人に紹介しておきます」
アドリエンヌとアレックスはそれぞれ店主夫婦に励ましの言葉をかけた。
狼男は興奮して耳と尻尾が飛び出したし、人間の妻はそれを懸命に叩いて仕舞おうとするなど仲の良いところが見られて、アドリエンヌも微笑ましい気持ちになった。
「ルイーズに乗るのもアレックス様との外出ともなれば気分が違いますわね」
「そうですか? アドリエンヌは商会の視察に行く時にはいつも馬で駆けているらしいですが、落馬などしないように気をつけるんですよ」
怪我などしてもアドリエンヌはすぐに治癒するというのに、いつもアレックスは心配するのである。
「分かっていますわ。ルイーズは賢い馬ですから大丈夫ですけれど。あっ! アレックス様! あそこですよね? 以前星空を見た森は」
「よく分かりましたね。そうです。あの森の入り口で貴女に吸血行為をされたのでしたね」
森の入り口で以前と同じように馬たちに小川の水を飲ませ、アドリエンヌとアレックスはフワリとした草原にそのまま寝転がった。
あの時と比べて鬱蒼と茂った森は手入れをされているが、星は以前と同じで煌めいていた。
「アドリエンヌ、僕はこんなに幸せで良いのでしょうか? 領地は豊かになり、領民たちも僕らを慕ってくれています。家族も健康で子どもたちも授かった。なんだか幸せ過ぎて不安になるんです」
「アレックス様はとても心配症ですからね。それだけ貴方は頑張ってこられたのですから、幸せで良いのです」
「貴女は僕が番いで良かったと思いますか?」
不安そうに眉を下げてアドリエンヌに尋ねるアレックスは、それでも吸血鬼の証である紅い瞳を真っ直ぐに隣に寝転がる妻へと向けている。
「貴方からはまだとても芳しくて甘くて素敵な匂いがしますのよ。だから私は辛いのです」
「え! 何が辛いのですか?」
「いつでもどこでも貴方の首筋に牙を立てたくなる衝動を我慢するのが辛いのです。でも、それだけ私は貴方のことを愛しく思っているのですよ。貴方以外など番いだと思えませんわ」
そう言ってはじめから物凄く積極的だったこの妻は隣の愛しい夫の首に手をやり、熱い吐息をかけてから牙を埋め込んだ。
――ツプリ……
「アレックス様、貴方ももう我慢できないでしょう? だって、貴方ももう番いを持つ吸血鬼なんですから」
そう言って妖艶な微笑みをアレックスへと向けたアドリエンヌに、アレックスは息も途切れ途切れに潤んだ瞳で答えた。
「そうですね。最初の頃の貴女の自制心には本当に脱帽しますよ。僕はこの甘美な香りと誘惑にとても耐えられない」
そう言って、自らも吸血鬼となったアレックスは牙を突き立てた妻の首筋から甘い汁を啜った。
「アレックス様、これから二人でどこまでも堕ちましょうね」
こうして突然王太子から婚約破棄を宣言された吸血鬼の侯爵令嬢は、偶然にも時を同じくして真実の愛と番いを見つけられたので全力で堕としにかかった結果、相手をまんまと伴侶の吸血鬼として永く愛し合ったのだった。




