34. 王太子殿下の方がお父様からおかしなことをされましたわ
アドリエンヌは既に自分の居場所のように感じる伯爵領へと帰ってきた。
白狼の姿で邸に現れたアドリエンヌを話を聞いていた使用人たちは温かく迎えてくれた。
それは、アドリエンヌが今まで彼らと築いてきた信頼関係の賜物である。
「アドリエンヌ様、お疲れ様でございました」
「とても毛並みが美しいですね。触っても?」
「お腹は空いていませんか? すぐに食事を準備いたします」
彼らは口々にアドリエンヌを労い、優しい言葉で出迎えた。
暫し彼ら使用人たちとの関わりを経て、邸内に足を踏み入れれば玄関には家令のマシューがボウアンドスクレープで待ち構えていた。
「アドリエンヌ様、おかえりなさいませ。旦那様とアレックス様は執務室でおいでです。とりあえずはアドリエンヌ様のお部屋へどうぞ。扉を開けておりますので。私はアレックス様をそちらへお連れいたします」
――ワウン……
話すことができないアドリエンヌは、狼の鳴き声で答えた。
そうして白狼は階段を駆け上がり、自室へと向かった。
気の利くマシューはアドリエンヌの部屋の扉を開けてくれていたからスムーズに入る事ができた。
室内でアドリエンヌは変身を解き、その裸身に手早く着られるワンピースを身に付けたのであった。
「ふう……。さすがに色々なことがあったから疲れましたわ」
――コンコンコン……
やがてアドリエンヌの部屋にマシューに声を掛けられたアレックスが訪れた。
「アドリエンヌ! さすがの貴女でも疲れたでしょう? 王太子殿下に何かおかしなことをされたりしませんでしたか?」
そう言ってアレックスはアドリエンヌの存在を確かめるようにギュッと抱き締めた。
アドリエンヌはそんなアレックスから香る番いの匂いをスウッと胸いっぱいに吸い込んだ。
「私は何もおかしなことはされていませんが、王太子殿下の方がお父様からおかしなことをされましたわ」
「へ?」
「実は、お父様が王太子殿下を眷属にしてしまったのです。もう王太子殿下はお父様の良い傀儡ですわ」
「はあ……。まだ理解が追いついていませんが、何やらとんでもないことが起こっているのですね。ゆっくり聞かせてください」
そしてアドリエンヌはアレックスに侯爵の壮大な計画を話した。
アレックスは瞠目して驚きながらも、森林事業に関わってくれている職人達のことを考えれば、今後も人間と共存したいと考える異形のもの達と自分たちは上手くやっていけるだろうという推測ができた。
「成る程。後々はこの国に人間と同じくらいに異形の者たちが増えるかも知れないのですね。それで皆が幸せになれるのであれば、それほど嬉しいことはないですね。僕も、出来ることは何でも協力します」
「アレックス様、理解していただき感謝いたしますわ」
アドリエンヌはとても嬉しそうにアレックスへ礼を述べた。
自分だけでなく、同胞たちをも受け入れてくれる愛しい番いに感謝したのだった。
アドリエンヌはそっと目の前の番いの頬に手を伸ばし、ルビー色の瞳でじっと見つめた。
そしてアレックスはゆっくりと屈み、アドリエンヌの薔薇色をした唇に口づけを授けたのだった。
「僕は、貴女が望むことは何でもしてあげたいのです。僕をこのような人間にしたのは貴女ですよ」
口づけの合間にアレックスはアドリエンヌに囁いた。




