27. 吸血鬼の私は、教会の十字架の前で銀の指輪を嵌めましたの
伯爵家の馬車で二日かけて、また王都へとアドリエンヌとアレックスは帰ってきた。
今日はまずシャトレ商会でシャトレ侯爵に面会して婚約の報告を行ってから、教会で婚約の申請をする予定となっていた。
「お父様、お久しぶりです。お元気でしたか?」
「アドリエンヌ、久しぶりと言っても手紙でのやりとりはずっとしていただろう。私もアネイシアも変わりないよ」
「だって手紙ではお顔が見られませんもの」
そうは言いながらも久々に娘に会うことができた侯爵は目元口元を緩めて嬉しそうであった。
「シャトレ侯爵、突然ではありますが僕とアドリエンヌ嬢の婚約を認めていただきたいのです。アドリエンヌ嬢はずっと僕の決心がつくのを待っていてくれたのです。不甲斐ないですが、僕の方もやっと覚悟ができましたから。どうかお願いします」
アレックスは包み隠さずに正直な自分の気持ちを侯爵へと告げた。
アドリエンヌはアレックスの言葉に頬を真っ赤に染めて視線を床の絨毯へと向けている。
「アレックス殿、娘の番いである伴侶について私が口出すことはできないのですよ。ただ、貴方にアドリエンヌを幸せにしていただきたいと願うだけです」
「アドリエンヌ嬢には色々なことを学びました。僕が必ず幸せにいたします」
アレックスは真剣な表情で侯爵の方を見つめた。
侯爵の瞳はアドリエンヌと同じルビー色で、アレックスの黒曜石のような瞳と視線がぶつかると、侯爵はフッと目を細めて笑った。
「私たちの可愛いアドリエンヌを頼みます」
こうして、アドリエンヌとアレックスはシャトレ侯爵への婚約報告を終えた。
続いて訪れたのは王都で一番大きな教会で、大聖堂が美しいことで有名な場所であった。
頸垂帯と短白衣を身につけた主任司祭が二人を出迎えて、婚約の誓約を行ったのだった。
「それでは、指輪の交換を」
こうして二人は司祭と十字架の前で指輪の交換を行い、司祭は婚約の誓約を確認した。
銀素材に繊細なデザインのミル打ちを施し、小さなルビーが一つ埋め込まれたシンプルな指輪は、銀髪と紅い瞳を持つアドリエンヌの色彩を模したもので、シャトレ侯爵がどうしても身につけて欲しいと若い二人へと贈ったものであった。
あとは最近ではほとんど形だけであるが、四十日間の婚約公示期間を経て婚姻へと進むのだ。
「無事に婚約が成立しましたわね」
「昨今の吸血鬼は教会や十字架、銀でさえも平気だというのは本当だったのですね」
アレックスは感服したようにアドリエンヌへ言葉を返した。
「はい、そうですわよ。この指輪は銀で出来ていますけれど私にとっては大切な宝物ですわ」
「シャトレ侯爵も、喜んでくれているのだろうな」
「勿論ですわ。私が人間であるアレックス様を堕とすと息巻いた時も、両親は応援してくれましたから」
そう言いながら、左手を空に向かってかざし、薬指に嵌った銀の指輪を見つめるアドリエンヌはとても穏やかな表情で美しかった。
アレックスはそんなアドリエンヌの横顔をじっと見つめて、自分の左手に輝く美しい指輪にチラリと目を向けたのであった。




