25. また挑戦すればいいですわ
その夜、晩餐の後にアドリエンヌとアレックスは馬で出掛けることになった。
「貴女には本当に驚かされる。馬にも乗れるのですね」
「商会の仕事を手伝っているうちに、自分で馬に乗れる方が便利だと思ったのです。それで練習をしたのですわ」
「成る程。その馬はとても賢いルイーズという馬です。これからも貴女が必要な時は好きに乗ってください」
青鹿毛のルイーズは初めからアドリエンヌのことを怖がることなく近寄り、すぐに慣れた賢い馬だった。
「ルイーズの毛色はまるでアレックス様の髪色のようですわね。私、この子が大好きですわ」
芦毛の馬に乗ったアレックスは、アドリエンヌの方へ優しい笑顔を向けた。
そうしてしばらく馬を走らせた二人は森の入り口で小川の水を馬たちに飲ませた。
「ここはとても静かで、小川の流れる優しい音と宝石を散りばめたような満天の星空が美しい特別な場所なのです。森の梟の声も自然を感じますしね」
そう言ったアレックスは持って来た敷物を、森を背にして原っぱに敷いた。
そうしてゴロンと仰向けに寝転がったのだった。
「ここに寝転がって空を見れば、視界の端に少しの森の木々が見えて、あとはたくさんの星しか見えないのです。その景色が僕は好きなんです」
「本当ですわね。小川のせせらぎが心を洗い流すようですわ。素敵」
「星空しか視界に入らないと、僕はなんだか空に吸い込まれてしまいそうで恐ろしいんですよ。変ですか?」
二人は仰向けに寝転がり、顔だけお互いの方へ向けて話している。
「変ではありませんわ。確かに吸い込まれてしまいそうなほどに広大な景色ですもの」
そう言いながらもアドリエンヌがフフッと笑ったので、アレックスは少し恥ずかしそうに視線を逸らした。
「アレックス様、私はアレックス様のことが番いだから好きになったという訳ではありませんの。きっかけはそうだったかも知れませんけれど、貴方の傍でいるうちに貴方の優しいところですとか、少しいじわるなところですとかそんなところが愛しいと思うようになったのですわ」
「そもそも、僕ら人間には『番い』という概念はありませんからね。それでも、きっと貴女は僕の唯一なんでしょう。人間をやめてもいいと思えるほどに愛しい存在なのですから」
そう言ってアレックスはその黒曜石のような瞳で、アドリエンヌのルビーのような紅い瞳を見つめた。
「ハァ……アレックス様、私もう我慢できませんわ。吸血しても宜しいですか?」
「……僕は今、すごく良いことを言っていたところだったんですけどね」
「だからですわ! 貴方がそのように愛しいことをおっしゃるから! 吸いたくて吸いたくて堪りませんわ!」
アドリエンヌは魅惑的にとろけた表情でアレックスに馬乗りになり、そのように強く訴えるものだからアレックスは笑いながら顔を傾けて首筋を差し出した。
「はい、どうぞ。あ! 痛くないですよね?」
「もう! 以前にもお教えしましたわ」
「知ってます。すみません、貴女を揶揄うのが楽しくて」
そう言ったアレックスの首筋に、ツプリとアドリエンヌの牙が刺さった。
アドリエンヌもアレックスも、人間同士の交わりと同じく又はそれ以上の悦楽をこの吸血行為によって与えられるのである。
「ハア……アドリエンヌ嬢……、以前とあまり変わらないのですが、これで……僕は吸血鬼となったのですか?」
経験したことのない歓びを感じながら息も絶え絶えになったアレックスがアドリエンヌに尋ねると、アドリエンヌはアレックスの瞳を覗き込んだ。
「うーん。思いの外生命抵抗が強かったようですわ。瞳が美しい黒のままですから、アレックス様はまだ人間ですわね」
「え? そうなんですか?」
「二回目で吸血鬼になることが多いのですが絶対ではありませんのよ。楽しみが延びましたわね」
「僕、覚悟を決めてきたのに……」
いじけたように言うアレックスに、アドリエンヌは妖艶で色香漂う微笑みを向けた。
「またロマンチックな場所で、挑戦すればいいですわ」
そう言ってアドリエンヌはまたアレックスの隣に横になって、暫く星空を眺めたのだった。




