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23. 温厚な伯爵だってたまにはやりますよ


 アレックスは伯爵邸でアドリエンヌと過ごすうちに彼女の聡明さと大胆な発想に驚かされるばかりであった。


 始まりは何気ない会話が発端のホワイトオークからだった。

 そしてローズヒップについても、かの令嬢は伯爵領の目玉となるものにすると言う。


「僕は、えらく不甲斐ない男だな。貧乏だからどうせと努力を諦めていたのかも知れない」


 アレックスは今まで貧乏伯爵家の嫡男だからという諦めがあった。

 それによって凝り固まった頭はアドリエンヌのような柔軟な発想を思いつく足枷となっていたようだ。


 朝の支度を終えた自室でポツリと呟いたアレックスは、いつも通り伯爵の執務室へと向かった。




 執務室では伯爵が机に向かって書き物をしていた。

 アレックスはそんな伯爵に声を掛ける。


「父上、僕はこの伯爵家の嫡男として真面目に生きてきたつもりでした。しかしそれによってどうも柔軟さが足りなかったようです」

「アレックス、突然どうした?」

「アドリエンヌ嬢を見ていると、自分がひどく不甲斐ないと感じたのです。周りの環境のせいにして、できる努力を怠っていたのかも知れないと気づきました」


 アレックスは幼い頃からこの領地に森林があることを知っていた。

 ローズヒップがたくさん実ることも知っていたのだ。


 だからといってそれを儲ける手段にしようとは考えたことがなかった。


 領民とともに少ない平地の畑を懸命に開墾し、土づくりは丁寧に行った。

 茶葉は高価だからと節約のために、領地ではありふれたローズヒップでハーブティーを作った。


 自分なりに真面目にはしてきたのだ。

 しかし、『ある物でどうにかする方法』しか考えていなかったかも知れない。

 アドリエンヌのように、『新しいものを作り出す』ことは考えもしなかった。


「いくら税の負担が少ない領地だとは言え、今まで領民たちには余計な苦労をかけてしまったと反省しています。これからは領民たちが広く働けるような仕組みを作って、領地全体を盛り上げていかなければなりませんね」


 アレックスは伯爵家の嫡男として責任感の強い人間であったから、そう強く心に刻んだ。


「アレックス、私も同じだよ。税の負担を少なくして領民が苦しむことのないようにするしか思い付かなかった。他の貴族のように、不正をしたり領民に過度な負担を強いることはしてこなかったが、それでも領主としての努力が足りなかった。没落した侯爵領を復興したシャトレ侯爵からすれば、不甲斐ないと思われただろう。それでも、彼らは私たちに好機を与えてくれた。これを機に心機一転頑張るしかないだろう」


 伯爵は息子と同様に自分の不甲斐なさを認め、これからの努力を誓った。


「ときにアレックスよ、アドリエンヌ嬢はお前のことを想うが故にこの領地のことを何とかしようと考えてくれているのだろう。お前はまだアドリエンヌ嬢に対して愛しい気持ちなどは湧かないのか?」


 この人の良い伯爵は早いうちから令嬢らしからぬ行動力のアドリエンヌのことを気に入っていたし、夫人も双子たちも大変好ましいと言っている。

 あとはそのアドリエンヌが伴侶にしたがっているアレックスの気持ち次第なのだ。

 しかしいかんせんアレックスは恋愛に疎く、今まで浮いた話ひとつもなかった。


 それにこの唐変木な人間はあれほど分かりやすく愛を伝えてくるアドリエンヌ嬢に、いつも素っ気ない態度であったし伯爵にだって全く考えが読めないのだった。


「父上、それでも僕は彼女を受け入れることで人間でなくなるのが怖いのです。父上や母上、双子たちよりも随分長く生き、人にはない能力が己に身につくことを恐れています」

「アレックス、それはつまり……アドリエンヌ嬢のことは受け入れる前提で、その後の体の変化について悩んでいるということか?」


 伯爵の言葉を聞いて、アレックスはハッとした。

 思えば確かにそうだったからである。


「そうですね……そうかも知れません。今まで父上に言われるまで気づきませんでしたが、確かに()()()()()()()()()()()()()その後の変化について悩んでいたようです」

「お前と言う奴は……。どこまで唐変木なんだ。それならば悩む必要などない。アドリエンヌ嬢のことを愛しく思っているという事だろう? よく聞きなさい。私たちは家族だが、結局は伴侶が一番共にする時間が長いんだ。私たち家族より長く生きることなど、伴侶と共に過ごせる時間が長いという『幸運』に比べれば些細な物だ。それに人にはない能力が身につくことで領地経営に役立て、より一層領民たちを幸せにすることだってできるかも知れない。そう考えることはできないか?」


 温厚な伯爵にしては珍しく熱く語り、肩で息をして顔を紅潮させている。


 アレックスはストンと何か腑に落ちた気がした。


「申し訳ありません、父上。あのように不甲斐ないなどと言った舌の根が乾かぬうちに、また私は言い訳をして努力を怠るところでした。気づかせてくださって感謝します」


 その場で父親である伯爵にお辞儀をして、アレックスは窓から見える庭で相変わらず作業をしているアドリエンヌのところへと向かった。



 



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