15. まあ!それは宝の山ですわ
その後体調が改善したアドリエンヌは、アレックスと共に畑の手入れと庭の花への水やりを手伝った。
「アレックス様、私も随分と野菜の収穫と水やりが上手くなったと思いませんか?」
つばの広い帽子を被ったアドリエンヌが、クルッと振り返ってアレックスに話しかけた。
「まあ、確かにそうですね。しかし侯爵令嬢がそのようなことを上達して喜ぶなど通常はとてもおかしなことですよ」
呆れたようにため息をつきながらアレックスが答えた。
「あら、それでもアレックス様のお手伝いが上達するのは私にとっては重要なのですよ。それに、伯爵令息であるアレックス様が使用人にも頼らず行っているのですもの。それならば私がしてもおかしくはないですわ」
「いやいや、全然違いますけどね。……まあ貴女がそれで良いならばいいですけど」
そう言ったアレックスに、アドリエンヌはフフッと穏やかに笑ったのだった。
「アレックス様、フルノー伯爵領はどのような領地ですの? もうすぐ社交シーズンも終わりますし、そうなれば領地にお帰りになるのでしょう?」
「そうですね。伯爵領は全体的に痩せた土地で、領内は平地よりも森林が多いのです。目玉となる観光地もないですし、特産品も特にありません。ですから貧乏領地なのですが……」
アドリエンヌはじっと黙ってアレックスから聞いた領地の問題について思案しているようだ。
「森林の木の種類は分かりますか?」
「確か……ホワイトオークだと」
「本当ですか? それならば宝の山ではないですか!」
興奮気味のアドリエンヌに、アレックスは訳も分からず圧倒された。
「いや、しかし領内には林業を担う者がほとんどいないのです。技術も道具も不足しています」
「それならば、私に良い考えがありますの。もし、森林を有効活用できれば伯爵領は一気に豊かになりますわ。暫しお時間いただけましたらまた詳しい計画をお話いたしますわ」
アドリエンヌの提案に半信半疑のアレックスは、それでも藁をも掴む思いで頷いた。
フルノー伯爵邸を後にして、侯爵邸には帰らずに王都にあるシャトレ商会へと向かった。
「お父様、ご相談がありますの」
会長室の扉をノックして中に入るなりアドリエンヌは父親である侯爵にフルノー伯爵領にはホワイトオークの森林が多くあるらしいと伝えた。
「それは本当か? 今ホワイトオークの価格は高騰しているから、事実であれば伯爵領はこの国有数の豊かな領地となるだろう」
「それでお父様、どうやら伯爵家はホワイトオークの価値に気づいていないようなのです。それに、林業に従事する者もほとんどいないとか。人手も道具も不足しているらしいのですわ」
娘から思わぬ儲け話が転がり込んで、やり手の商会長である侯爵はほくそ笑んだ。
「アドリエンヌ、良くやった。分かっているだろうが、この事は内密に。早めに私からフルノー伯爵のところへ商談に向かうとしよう」
「お父様、私はアレックス様が貧乏だろうが平民だろうが構いません。でも、アレックス様が領地のことで悲しい思いをされていることが辛いのです。どうか、フルノー伯爵家を救ってくださいませ」
アドリエンヌは父に情報を渡せば必ずや伯爵領に興味を持つと分かっていた。
アドリエンヌも父の仕事をずっと傍で見てきたのだから価値のあるものは分かるのだ。
それに、シャトレ侯爵領もはじめは貧しい領地経営だったところを侯爵家が建て直したのだから。