第1話:タマ蹴られて転生
退屈、飽きた、つまらない。
そう言って、俺はあらゆるものを投げ出した。
アニメ、漫画、ゲーム、小説、スポーツ、喧嘩、料理。
色んな趣味を見つけては楽しんでいたが、最終的には一年ほど経つと熱が冷めてしまう。
競い合うライバルがいようと、どうしてか俺は熱が冷めて風の赴くままどこかへと足を運んで、また新たな趣味を見つけてしまう。
自分でもこの飽き性の理由も何もかもわからずにいるくらいだ。
「……何か、生涯をかけて楽しめるほどのことに出会いたいな」
そう、長い目標をかけて達成するような物でも、死ぬ瞬間まで愛してやまないもの……そんなものが、俺にも欲しい。
「まぁ、無理か……はは」
……何度目になるかわからない願いと自嘲を繰り返し、俺はため息をつく。
何かを止めるたびにそう嘆き、俺は重い足取りで帰路につく。
ついさっき料理を研究することに飽きたところだし、これからどんな趣味を見つけようか──
と思っていたら。
「おぉぉぉい! どけえぇぇぇ!」
「えっ」
考え事をしていて注意力が散漫になり、俺はどこも見ていなかった。
そのおかげで、明らかに法定速度を無視しているであろうバイクが突っ込んできたことに気がつかなかった。
叫び声と共にバイクを目視したのは、大体2、3mほどの近距離。
「へげっ!」
間抜けな声を上げながら俺はバイクに跳ね飛ばされ、数メートルほど吹き飛んで背中から地面に直撃した。
と思ったら、どうやらバイクも俺を跳ねた影響で倒れて、回転しながら前方に投げ出されていたらしい。
そのおかげで、俺は横転して流れるように俺の真下に来たバイクのハンドルに股間を強打していた。
「かッ、ハ……!」
頭が爆発四散してしまいそうになるほどの痛み、声すら出ず、痛みで悶えることすら出来なかった。
「西中さぁん!」
西中? 誰だよ、俺は織田だぞ、織田信二だぞ。
と思ったら、どうやら突っ込んできたバイク野郎のお仲間さんが倒れてるバイク野郎を心配してるみたいだ。
俺は誰にも心配されてないようで、何やら罵声まで聞こえてくる。
「オイテメェ! いつまで西中さんのバイクに汚ねえモン乗せてんだ! どきやがれこのヘナチン野郎が!」
「〜〜〜ッ!?」
ドゴォ、メキィ、とした感触と体がぐちゃぐちゃになりそうな痛みがやってきた。
バイク野郎の子分が俺を蹴っ飛ばしたようだった。
それも、よりにもよって俺が今一番痛んでいた、タマを……容赦なく。
「ぁ……」
辛うじて出た声と、死にそうなほどに辛くなる痛みで俺は気付いた。
タマ、確実に潰れたな──と。
そして、そんなことを考えたのを最後に俺の意識は途絶えた。
「──はっ! はぁ……はぁ……畜生、またあの夢かよ……! クソッ!」
ガバ、と起き上がって掛け布団を蹴っ飛ばしつつ俺はそう嘆いた。
全身は汗でダクダクであり、髪はボサボサになっているし、高そうなパジャマも下着もぐっしょりだ。
「畜生……もう15年くらい経つってのに、なんで忘れられねえんだ……前世の痛み」
……口に出して俺は何度でも自分に言い聞かせる。
タマキンを蹴られて意識をとざしたのは前世の俺の最期であり、今はもう別の人間の人生を歩んでいるのだと。
なんでか知らないのだが、俺は現代日本から見たら文明レベルが数世紀前の異世界とやらに転生してしまったようなのだ。
この辺はまぁ受け入れられる、何せ転生前に読み漁ってた漫画や小説にはこんな感じのものが呆れるほど量産されていたしな。
で、赤ん坊の頃からそんな記憶を持って、15年ほど経って俺は今15歳の女の子……なんだよな。
そう、何故か……なーんでか、女の子だ。
人間に転生できただけで御の字なのかもしれないが、股間の聖剣(未使用品)と数億の命を詰めた宝箱とのおさらばというのは寂しい。
未だにこの体には違和感があり、股間が寂しい。
「はぁ……こんなんで上手くやってけんのかな、俺」
「失礼いたします、お嬢様……おや、もうお目覚めになられていたのですね」
ため息をついていると、ノック音と共に俺の専属メイドとして当てられた女の子……サンドラが入って来た。
そう、俺はお嬢様になっていて、専属メイドまでいるなんてぶっちゃけ転生ガチャというものがあるならスーパーレアって感じなんだろうが……性別のせいでそんなに嬉しくねえ。
「? お嬢様、如何なさいましたか? 顔色が優れないようですが」
「あー大丈夫、悪夢見ただけだから気にすんな。
それよりもう朝飯出来てる? 出来てなきゃ二度寝すっけど」
「え、えぇ! もう朝食は作られていますが、それよりもお待ちください!」
サンドラは俺が荒らしたベッドを丁寧に直すと、部屋を出ようとする俺を止める。
「汗でビショビショ、髪はボサボサ、そのうえ寝間着のまま……まさか、そのようなお姿で食堂へと行くおつもりでしたか?」
「そうだけど、なんか悪い?」
「悪いですよ、奥様たちにまた叱られてしまいますよ?」
「いーよいーよ、母ちゃんももう慣れて最近はため息つく程度になってるし」
「余計悪いです!」
サンドラは俺の手をやや強めに引っ張って、瞬きの間に俺のパジャマを脱がせ、下着まであっという間に剥いだ。
やや濡れた体を乾いた布巾で拭いてから別の下着を俺に着せて……今度はヒラヒラした長ったるいスカート付きのドレスを着せて来た。
「相変わらず着替えさせんの上手いし早いな、お前」
「それは勿論、幼少期の頃から逃げ回るお嬢様を必死で捕まえてどうにか服を着せていた頃と比べれば私も成長しましたし、ふふっ」
俺と同い年なのにホントしっかりしてるよなぁ、この可愛い可愛いメイドちゃんは。
そう思っていたら櫛で髪を整えて貰い終わったので、俺はサンドラと共に両親たちが席についている食堂へと足を運んだ。
「よっ、おはようさん、母ちゃん父ちゃん」
「はぁ、15になっても治らないのね……その口の利き方は」
「あぁ、礼儀作法や喋り方以外は完璧だというのに……いったい何があったらこう育ってしまうんだろうね」
グッドなモーニング挨拶をしても、15年間挨拶で笑顔になったことのない両親はため息をつく。
ま、こちとら前世は17歳だからな。
そっちの方で覚えた感覚がこっちでも働いちゃってるんだから仕方ない仕方ない。
決して堅苦しく喋るのが嫌とかではなくて、ただただ無意識のうちに口調が前世の頃みたいになるだけだ。
「まぁまぁそう落ち込みなさんな、俺は大丈夫大丈夫。
流石に入学式で喧嘩はしねーし、誰とも喋んなきゃセーフだって」
「……あれは13の頃だね、『もう淑女になるから喧嘩はしません』と言った5分後に、フレア家のカレン嬢と殴り合いにまで発展したの」
「アレは14になる直前の社交会の時ね、『今日は礼儀作法守るから!』と言って、ダンスに誘って来たオスゲー家のユーズくんの頭にワインボトルを叩きつけたの」
「うげ……今度こそそうしないって言っても信じてもらえない?」
冷や汗かきながらそう聞くと、二人揃っての当たり前だ!という声がキーンと頭に響いた。
うーん、父ちゃん母ちゃんは御立腹のようで俺は悲しいぞ。
折角の愛娘が色んなことを学ぶ学舎へと出向く日なんだから笑顔でいてくれてもいいじゃねえか。
っつーか、確かに俺はアレコレやらかしたことはあるが事情やら理由くらいあるっつーの。
「まぁまぁ、奥様も旦那様も落ち着いてください。もう同じことを繰り返さないために、お嬢様も私をわざわざ魔術学校に入学させることを進言してくださったのでしょう」
「う、うぅむ……確かに、幼い頃より面倒を見てくれたサンドラがいれば安心……か」
「そうね、サンドラ。貴方は正直そこのバカ娘よりずっと聡明で礼儀正しいわ。
だから、どうかコレを暴走させないように頑張って……!」
涙ながらに母ちゃんはサンドラに訴えかけるが、人のことをバカだのコレだのと呼ぶのをやめて貰いたい。
仮にも俺アンタの娘だろ。
「は、はい……」
サンドラは母ちゃんからの涙混じりの声と共に放たれた願いに答える。
はー、まぁ……サンドラを俺と同じガッコに通わせろとは頼んだけど、その理由はガッコでも面倒見て貰いたいとか思ったわけじゃねえからな。
あくまで同い年で俺に仕えっぱなしってのが窮屈だと思ったからだ。
それに、サンドラは俺より可愛いし小さな頃から努力家なのを見て来た。
なら、彼女はきっと学校でも良い成績を残して皆から好かれるだろう。
「……ところでお嬢様、何故先ほどから空の器にスプーンを空ぶらせているのですか?」
「あ」
考え事をしていたら朝食をいつの間にか食べ終えていたようだった。
誤魔化しげにゴホンと咳払いしてから俺は立ち上がり、他の使用人たちがまとめてくれた荷物を持ってサンドラの手を引く。
「い、行こうか」
「はい、お嬢様」
サンドラの分の荷物も俺の荷物と一緒にまとめて貰っているためこのまま馬車に乗り込んでも問題はない。
「それじゃあ行ってくるぜ。お母様、お父様」
「……急にどうした」
「槍でも降らせたいのかしら?」
うーん、実の親にこんなことを言われると流石に心にグサグサ来るな。
つーかサンドラは口元押さえて肩震わせてんじゃねえよ。
「ほら、あそこのガッコって全寮制だろ?
半年くらいは会えねえなら、一応ちゃんとした呼び方にしよーと思ったんだけどなぁ」
「ははっ、慣れぬ真似はやめておきなさい。
なんだかんだ、私達もその粗暴な喋り方に慣れてしまったのだからね」
「けれど、初対面の方々にはソレで迷惑をかけないように。肝に銘じておきなさい」
「肝ついてるからわかんねえから多分無理、でも善処はするよ。じゃあなパパンママン」
と、俺は馬車の扉をバーンと閉めて御者の人に馬を出すように頼む。
すると程なくして馬車は動き出し、手を振って見送ってくれる父母を背に俺たちは魔術学校への道を進んで行った。
「……お嬢様」
「どした」
「私、ちゃんと学校に馴染めるでしょうか。平民で、ただのメイドに過ぎない私が……」
「馴染める、きっと馴染めるよ。お前は可愛いし、俺が保証するよ。
もし、身分とかだけで虐めてくる奴等がいたら俺に相談しろよ、ブッ飛ばして泥水啜らせてやっからさ」
「……ありがとうございます。そのお言葉だけで、私は自信が持てました」
サンドラは俺に頭を下げて礼を言う。
感謝されるのはいいけど、遠回しに「喧嘩すんなよ」って圧を向けられた気がする。
まぁいいか……と、そんなこんなで校門前に馬車は止まり、俺たちはバーンと開いた馬車から飛び降りた。
出来れば謎の侵略者みたいにしたかったが、社交会の時にやったらサンドラからバカを見る目で見られたのでやめておいた。
「ここが俺の新たな学舎か」
「新たなも何も、初めてではありませんか?」
「こういう場面はこんな台詞言っとくんだよ」
「は、はぁ……」
何言ってんだこの野郎、みたいなこと思ってるんだろうな。
だが知らん、ので俺は荷物の入った鞄を手に下げて意気揚々と校門を開けて学校へと入り──
クソ広い体育館見たいなとこで指定された席に座り、校長と言うジジイの演説みたいな話を聞いた ところで、俺たちはこの3年制にして全寮制の学校で魔術、剣術、その他諸々を学ぶこととなった。
「えーと、俺のクラスはここか」
1年生はどうやら3クラスあるようで、嬉しいことに俺とサンドラは同じクラスのようだ。
教室に入ると何やら注目されたが、そんなことは気にせず俺たちは自分の名前が書かれた席へと座る。
「私がこのクラスの担任を受け持つアレキサンダー・クロフォードだ。
私は生徒たちを常に何があろうとも公平に見るため、例えどれだけ偉い貴族や王族だろうが特別扱いはしないため、覚えておくように」
俺たちが席について数刻すると、黒い服を着た強面で筋肉質なおっさんが自分の名前を黒板に書いてからそう言った。
公平が第一ってのは良い教師だな、やっぱり学校の生徒ってのは公平にジャッジして皆やる気出したりするわけだからな。
「では、皆一人ずつ名を名乗り適正魔術を言え」
おっさん──アレキサンダー先生がそう言うと、一人目の生徒が立ち上がった。
「我名はアルベルト・アクア! 適正魔術は母から受け継ぎし水の魔術にあります!」
「ふむ、水。では次の生徒──」
と、そんなこんなで一人ずつ生徒が名を名乗り適正魔術……本人が魔術を使う上で一番得意な属性を言い始める。
まぁ、簡単に言うとどんな魔術が使いやすいですって言うわけだな。
大体両親どちらかが得意としてる魔術を引き継ぎやすいが、本人の好みとかから得意なものが両親のどちらにも当てはまらないパターンもある。
「次、そこの黒髪の生徒!」
「あ、俺か」
考え事をしていたらいつの間にか俺の番らしい。
つーか、俺だけこの場で黒髪だからなんか目立つなー。
どいつもこいつも金髪銀髪茶髪と……現代日本なら仰天モノだぞ。
「えー、ゴホン。俺の名前はクロエ・テイラー・テンペスト! 適正魔術は風と火!」
「ふむ、二つの属性……か。珍しいな」
アレキサンダーは俺を見てフッと笑うと、俺の後ろにいる生徒を指した。
あ、もう俺には座れってことなのね。
……と、このあとも皆がフルネームと適正魔術を言い終わったところで自己紹介タイムは終わり、俺たちの学生生活が始まりを迎える第一歩を歩み出した。
感想、ブックマーク、高評価等お待ちしております。




