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見習い死霊使いと死んでる勇者  作者: あかしー
第1章
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勇者レーダー、美しい涙

 正座をしているメリルの足がしびれて、つま先の感覚が曖昧になった頃、ひとしきり怒声を上げ終えたレイド将軍は、大きく溜め息をついて一旦呼吸を整え、王政の一翼を担う軍の最高責任者としての顔に戻った。


「我が国が誇る重要建造物の破壊、そして王の勅命であり、世界の命運を掛けた儀式の妨害。もはや一個人に責任が取れるレベルではないが…」


 玉座に座る王に向かって言った。


「今回の件について、国民に納得のいく説明をする為に、この者には我が国の法に照らしても、死罪が妥当かと存じます」


 メリルの顔から最後の血の気がスーッと引いて、ほぼ純白の顔色になる。


 さすがの賢王も考えあぐねている様子で「そうだな…」と言ったきり目を閉じて天井を仰いだ。


「しかし故意ではありませんわ。幸い怪我人も出ていませんし」


 死罪と聞いたソフィアが割って入った。


「しかし落とし所は必要です、ソフィア殿」


「あんな建物一つで若者の未来を奪うなんて馬鹿げてますわ!」


「あんな建物とは何ですか!あれはスカンビット王国の象徴ですぞ!」


「二人とも、王の御前じゃぞ」


 見守っていたキーンが止めに入った。


「申し訳ございません…」


 レイドは渋々と言った様子で謝罪したが、ソフィアは不服そうに顔をそむけただけだった。


 王は相変わらず天を仰いで難しい表情をしていた。

 しばらくの間、沈黙が訪れた、そして。


「あ、あの!悪いのは私だけなんです!この子は関係ありません!」


 メリルは傍らで正座するロメオを抱き寄せながら言った。


「それは分かっておる。信じがたいが、さっきまでネズミだった者に責任などあるものか」


 レイドは少女のなけなしの主張をバッサリと切り捨てた。

 メリルは「で、ですよね…」と言いつつ、ホッと胸を撫で下ろした。


 しかし黙っていられないのはロメオの方である。

 メリルと一緒に震えていたのが、人が変わったように声を張り上げた。


「いやいやいやいや、そうは行きません!我は主の剣、そして盾。メリル様の死出の旅路には必ずお供させていただきます!」


 ロメオは誇らしげに胸を張った。


「せっかく助かってるのに何言ってんの!?」


 大人達の配慮を台無しにしようとするロメオを、メリルは叱りつける。


「このネズミちゃんは難しい言葉を知っているのねぇ」


 そしてソフィアは別の所に関心している。


「メリル様は我々ネズミの神にも等しいお方。一人では死なせません!」


 ロメオはメリルの手を両手で包み込んで、それはそれはキラキラと無垢な瞳で主の顔を見上げた。


「…えー…マジかぁ…」


 何をすればネズミたちの尊敬を、こんなにも一心に集めてしまうのか。自分は一体ネズミに何をしたのか、まったく心当たりがない。


「そして…」


 ロメオは全員に話をしているようで、レイドに視線を向けて言った。


「メリル様と僕がこの世を去った暁には、王都に住む数十万、ともすれば数百万のネズミ達は黙ってはいません」


 王の間に静かに緊張が走った。


「ほう…ネズミが国を脅すか。貴様らに何が出来ると言うのだ?」


 レイドは冷徹にロメオをジッと見据えた。


「我々王都のネズミはメリル様の為に存在していると言って過言ではありません。ならばメリル様がいなくなった後の残る理由もありません。であれば…」


 ロメオが無垢な少年の顔から急激に狡賢いネズミの表情になる。


「全員で北の穀倉地帯にでも引っ越しでもします」


「なっ…!」


 てっきり王都を荒らすぞとでも言われると思っていたレイドは面食らって絶句した。スカンビット王国民の胃袋を預かる北部の穀倉地帯に、数百万のネズミが移住すれば、それはもう国に対する死亡宣告も同然である。


「このネズミちゃんは本当に賢いわねぇ」


 ソフィアはもはや他人事のようにニコニコしている。


「ちょっと…ロメオ!相手将軍様だから!すっごい偉いの!分かる!?」


 死刑宣告が下るかどうかの瀬戸際で、これ以上自分たちの立場を悪くしたくないメリルをよそに、ロメオは大丈夫ですよとばかり、落ち着き払っている。


「レイドよ、もうその辺りにしておけ」


 沈黙を守っていた王が溜め息を混じらせならレイドを制した。その表情はどこかリラックスした面持ちだった。


「穀倉地帯を人質にされてば手も足も出まい。このネズミの方が、我々より一枚上手という事だ」


 言葉とは裏腹に、どこか愉快そうに王は言った。


「キーン殿、貴殿の意見が聞かせてくれないか」


 相変わらずキーンの口数は少ない。こんな時、キーンは何か別の重要な事について考えているか、場の話題に興味が無いかどちらかである事を王は知っていた。そしてこの場合は、前者であろう事も心得ていた。


「では…ロメオと言ったな。単刀直入に聞こう」


 キーンの射抜くような視線がロメオに注がれる。さすがのロメオも、この老人が将軍ほどくみし易い相手ではない事は瞬時に理解できた。


「は、はい!」


「勇者は今どこにいるか分かるか?」


 その意外過ぎる質問に王とレイド、そしてメリルが驚きの表情になる。ソフィアだけは、なるほどと感心した様子を浮かべた。


「学院長殿!それはどういう事ですかな!?このネズミが勇者の居所を知っていると言うのですか!?」


 レイドは食って掛かるように身を乗り出した。


「まあまあ、話を聞きましょう。ネズミちゃん、どうなの?」


 ソフィアは優しく問いかける。ロメオは少し困った表情を浮かべ、メリルは心配そうにそれを見守っていた。


「勇者というのが、あの白黒な人のことを言うなら、その人は今あっちの方にいます。たぶん、ずっと遠く」


 ロメオは小さな指で東の方角を指し示した。


「やはりか…一応聞いておくが、白黒というのはどういう事かね」


 キーンはロメオの返答だけで、おおよその状況を理解できたようであったが、周囲の疑問に答える形で、さらに質問を続ける。


「白黒というのはですね…何というか、どちらでもない存在ではなくて、どちらも存在しているというか…」


「例えば、聖なる者の力と邪悪な者の力…」


「あ!そうです!そんな感じです!」


「君はそれを感じる事ができるんじゃな?」


 魔術に疎いレイド将軍を含む全員が、言われずともすでに一つの仮説にたどり着こうとしていた。


「つ、つまり勇者は…」


 戸惑いのあまり言葉に詰まるレイドの言葉をソフィアが次ぐ。


「魔王の魂と同化して、転生してしまった可能性があるという事かしらね」


「なんと言う事だ…」


 王が眉間に指を当てて下を向いた。


「魔術師に真名を与えれた獣は特別な魂を持つと言われておる。メリルに名付けられたロメオには素質があったんじゃな。勇者と魔王の魂に触れて共鳴し、亜人にすら姿を変えてしまった」


 キーンは立派にたくわえた白い髭を撫で付けながら、さらに自らの見解を続けた。


「そして魂の一部も共有したロメオには、勇者の気配を感ずる事ができるというわけじゃな。これは動物的ネズミの感というのもありそうじゃが」


 ひとしきり説明を終えたキーンは王の方に向き直った。


「王よ、いかがなさいますかな?」


「探す他なかろう。魔王の魂と融合しているとあれば、それが聖なる者か魔の者か、確かめる必要がある。前者であれば良し、後者であれば滅ぼさねばならん」


 王は一段高い王座からロメオをじっと見据える。


「勇者の捜索を頼めるかね?」


 ロメオは王の投げ掛けに数瞬だけ息を飲む。

 王は口にこそしていないが、これは交換条件だ。


 主人と自分が死罪になった暁には、ネズミが大挙して穀倉地帯を襲うなどという、その気になれば幾らでも防衛策のある脅しに、一国の王たる者が簡単に屈してしまうはずがない。


「危険かもしれないが、勇者捜索の兵団に加わってくれると助かるのだが…」


 王とて悪気のない才気ある若者の命を、特別研究棟崩落の代償とする事に人として良心の呵責がある。しかし国を預かる者として、自身を納得させうるだけの理屈が必要なのだ。


 メリルを無罪放免とする代わりに、彼らに勇者捜索の責務を負わせる事が、王として人としての、スカンビット・ウル・ハイムの結論である。


 ロメオは王の眼差し、言葉の意味を理解し、観念するように飲んだ息を吐く。


「断れる感じではないですね…」


 成り行きに圧倒されていたメリルはハッと我に帰り、そしてワナワナと震えだした。


「すごい!ロメオすごいよ!賢い子だとは思っていたけど、まさか勇者レーダーになっちゃうなんて!」


 メリルは傍らのロメオチョークスリーパーの体勢でギューっと抱きしめた。


「く、苦しいです…メリル様…」


「ああ、ごめんごめん」


 メリルは腕を解くと、今度はロメオの肩を両手で掴んで、心から寂しそうな様子で目を潤ませた。


「勇者を探す旅はきっと困難な物になるわ。でもあなたならきっと…!ロメオ、くじけては駄目よ!」


「メリル様…僕、きっとお役目を果たしてみせます!」


 こんな小さなネズミの子に、神はなんと過酷な運命をお与えになるのでしょう!嗚呼、なんて不憫な子!とばかりにメリルはロメオを抱きしめて、互いにおいおいと涙した。


「メリル、何を言ってるの?あなたも行くのよ」


 ソフィアが事もなげに教え子の勘違いを指摘した。


「え?」


 メリルの目が点になる。


「え?じゃないわよ。そのネズミちゃんだけ行かせるなんて薄情な事を、まさか私の教え子がするわけないものね?」


 メリルはソフィアを見上げて、全身に冷たい汗が吹き出した。


 表情こそ柔和だが、その背後からはとてつもない強制力を持った圧力という名のオーラが漂って、いや遠慮なく噴出していた。


 ひっ…!とメリルは短く悲鳴を上げる。


「とととととと当然じゃないですか先生!」


 メリルは再びロメオの肩をグイっと掴んだで言った。


「あ、あなたを一人で行かせるなんて、私に出来るわけないじゃない!」


「メリル様…一生ついて行きます!」


 メリル様至上主義である少年ネズミは、先程まで主人が自分をだけ行かせようとしていた事実など全く気にならない様子で、その慈悲深さに感動し、美しい涙を流したのだった

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