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見習い死霊使いと死んでる勇者  作者: あかしー
第1章
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車窓、二人の教育者

 メリルがレイド将軍に大目玉を食らって号泣する事になる少し前。


 キーンとソフィアは若き日に、自分たちも散々無茶をしてきた特別研究棟が、中程から崩壊して瓦礫と化した様を、呆れたように見上げていた。


「しかしまあ…何と言うか、すごい弟子じゃな」


「ええ、まさか魔王の魂を召喚するなんて。さすが我が弟子といったところかしら」


 ソフィアは冗談めかして、口元に笑みをたたえているが、その頬はどこか引きつって見えた。


「やろうと思えば、君にもできたか?」


「きっと無理ね」


「そうだろうな、いくら何でも魔王はな…」


 女神フランドリアの加護を持つ勇者の魂と魔王ガンドゥンの魂という、対極にして最上位の力、そして神話の時代に殺し合いをしていた超絶に仲が悪い二つの魂が、天井を挟んで上下階に現れたら、それは世界一堅牢な建物がへし折れるほどの、最悪のご近所トラブルに発展しても、まったく不思議ではない。


 特別研究棟の崩壊の原因、それ自体に不自然な所は無かったというのが結論である。


「あの子は天才よ」


 ソフィアは見上げすぎて首が凝ったのか、肩に手を当てて首筋を伸ばしながら「そして、その事にひどく無自覚で自分に自信が持てない」と続けた。


 メリルは過去に、肉と内臓を備えたスケルトンを召喚した事がある。


 スケルトンを召喚するだけならば、並の死霊使いならば当然のようにできるが、そこに生きた肉を纏わすとなれば、それは錬金術でも高難易度の人体錬成を、同時に行ったという事になる。


 また犬と猫とコアラとパンダの可愛い部分だけ、つまり死霊を部分的に召喚して、一つの存在として融合させてしまうというのも度を越した器用さである。


 メリルはそれを、理屈ではなく持って産まれたセンスでやってのけてしまうのだ。


 そんな彼女が理論や理屈で術を用いた時、魔王の魂すら奈落から呼び起こしてしまうという非常識極まりない結果は、ソフィアとしては理解に難くない事柄であった。


「あの子の先生をしているうちに、私はこう思うようになったの」


 二人は特別研究棟を後にし、近くに待たせていた馬車に向かって歩き出した。


「何をかね?」


「この歳になって天命を知った、とでも言うのかしら」


「天命、そりゃ大事じゃな」


 キーンが茶化すように言いながら、馬車の扉を開けるとソフィアの手を取って先に招き入れ、自らも後に続いて乗り込んだ。


 従者が手綱を叩く。馬車はガタガタと小刻みに振動しながら走り出した。


「私はお茶を飲みながら、自分で得た知識と経験を生徒達に渡す。そうしてゆっくり歳を取って死んでいく。そう思ってたわ」


 ソフィアは遠くを見るような目で、車窓に流れる景色を眺めながら言った。キーンは黙って向かいに座る老女の言葉を聞いていた。


「でもあの子と出会って、その天賦の才能に触れて、考えが変わったわ。私は生涯を掛けて、メリルを正しく導かなければならないって」


 車窓の外にはスカンビット城に続く道の脇に植えられた木立が次々と流れていく。


「どうりでな、あの子が来てからというもの、自由人だった君が急に教師のように振る舞いだしたわけだ」


「あら失礼ね、それ以前もちゃんと先生だったわよ」


 半世紀以上も前からの友人である二人は互いを見据えて微笑んだ。


「正しく導く…か。我ら教育者の命題じゃな」


「ええ、本当に。もしメリルがグレて不良にでもになってしまったら、世界を滅ぼしかねないもの」


「そ、そうじゃな…」


 ソフィアはカラカラと笑いながら言うが、キーンの脳裏に一瞬だけ、スカンビット最強の死霊チームを率いる女総長が、辺りに死体を山積みにする絵が浮かんで、笑うに笑えなかった。


「ところでキーン学院長」


 ソフィアは改まって聞いた。


「私の可愛い弟子の処分はどうなさるおつもり?」


「さてな、こればっかりは。特別研究棟は学院の施設というより、国の重要建造物じゃからな。しかも勇者の魂も魔王とカチ合ってしまったとなれば…我輩の一存でどうこうできる事ではない」


 これまでも特別研究棟の中で災害のような大失敗をする魔術師は沢山いたが、建物自体の堅牢さ故、これまで問題にはなってこなかった。


 その建物自体を破壊してしまったのである。

 

 その責任を、ただの実験の失敗として不問にするのは、いささか無理がある話である。


 さらに世界の命運を託すはずの勇者の転生に、魔王の魂を添えるという最大級のケチを付けてしまい、この世界のどこかで転生するはずの勇者が無事に産まれているのかも怪しい状況なのだ。


 結果論ではあるが、今のメリルはスカンビット王国にとって、国の存亡を脅かすテロリストに他ならない。


「それを何とかするのも教育者ではなくて?」


「教育者とて法までは曲げられんよ」


「情けない!天界や冥界の炎を操る大魔術師キーン・ロウの名が聞いて呆れる!」


「それは何か?あの子が咎を受けるくらいなら、我輩に城を吹き飛ばせと言っておるのかね?」


 キーンはげんなりとした様子で肘掛けで頬杖を着いた。


「なんだったらアンデッドも山ほど召喚して手伝ってあげても良くてよ?」


「……本当にやりかねんから困る」


「とにかく…!」


 言いかけたソフィアをキーンはうんざりした様子で遮る。


「分かっている。出来るだけの事はしよう。特別研究棟など、ただの建物に過ぎんさ」


 スカンビット城の門が見えてきた。


 今ごろ怒り狂っているであろうレイド将軍は、老獪なキーンからすれば50歳を過ぎたばかりの若造で、まだ言いくるめられるとして、スカンビット王はどう出てくるか…。


 立憲君主制であるスカンビットにおいては国王でも法律を蔑ろにはできない。


 仮に王の一存でテロリストの重罪人を無罪放免にしたとなれば、王政への不審に繋がりかねない。賢王であるスカンビット王が、そんな判断をするだろうか。


 考えるほどにキーンは気が重くなる。


「その通りよ、あの子は将来この国を守護する大魔術師になる器よ」


 ソフィアだけが闘志を燃やしつつ、馬車は門前の堀に架かる橋を渡って、城内へと入っていった。

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