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見習い死霊使いと死んでる勇者  作者: あかしー
第1章
6/28

勇者、魔王、上と下で

 数時間後、メリルは王の玉座の前に正座させられていた。


 滝のような汗が蒼白となったメリルの顔面を伝っている、そしてその横には、見慣れない銀髪の少年が同じように正座していたが、こちらもダラダラと汗をかいている。


 メリル達を取り囲むようにして、茹でダコのようになったレイド将軍と、苦笑い気味のキーン学院長、穏やかな困り顔をしているソフィア老師がその場に連ねていた。そして眼前の玉座には、スカンビット王が眉間にシワを寄せて鎮座している。


「お前ら!自分が何をしたか分かっているのか!」


 鬼のような形相のレイド将軍から怒声が飛んだ。


「ひぃいいい!ごめんなさいぃいいい!」


 メリルは隣に座る少年と抱き合って泣き叫んだ。

 彼女達が何をしたのか、それは数時間前に遡る。



 王都魔術学院、特別研究棟。


 王の勅命を受けたキーン学院長とその高弟達は、その日のうちに勇者の魂を召喚する術式を、6階の実験場に施していた。


 同時刻、ソフィア老師の許可を得たメリルは5階実験場、つまり勇者召喚の術式が行われる部屋の真下で、自らの研究の成果を今まさに試そうとしていた。


「えーっと、ここをこうしてっと」


 メリルは魔力が込められた杖を使い、着々と床に魔法陣を敷いていく。ロメオはその様子をメリルの肩の上から見守っていた。


「そしてコレを…うぇえ…」


 大きなカバンの中から油紙にすっぽり包まれた、スイカほどの大きさの袋を取り出した。


「何度見てもすごいなコレ…」


 包を解くと中からヤギの頭が出てきた。これはさすがにネズミたちが調達したものではなく、メリルが自ら市場で買い求めたものだった。


「あとは千年草の根と、マダラヒトデの毒、ウマヅラトカゲの尻尾と…」


 実験場には、余計な魔力が外に漏れ出さぬよう安全のため、窓が一つもない。メリルは壁に据えられたロウソクの明かりを頼りに、手帳を見ながら、決められた手順で魔法陣の中に材料を配置していく。


「よし、後は呪文の詠唱っと」


 メリルはカバンの中から分厚い魔導書を取り出して、しおりを挟んでいたページを開くと、目を閉じて精神を集中し始めた。ロメオも肩の上で目を閉じた。


 一方その頃、真上の階では勇者召喚の儀式も準備が整っていた。


 キーン以下、王都でも指折りの魔術師達が魔法陣を取り囲み、転生の呪文を詠唱し始めている。術者達の真ん中で、魔法陣が白く幻想的に輝いて、室内を明るく照らし出した。


 下の階ではメリルが詠唱を開始した。


 ほどなく魔法陣から赤黒い煙のような物が巻き上がり、中央に置いたヤギの頭を初め、供えられた材料が一瞬にしてドス黒い血の塊となって一つに溶け合った。赤黒い煙はやがて稲妻となって部屋の中を縦横無尽に駆け巡る。魔法陣が巻き起こす、瘴気のような禍々しい風圧にメリルは吹き飛ばされそうになるが、身をかがめて必死に耐えながら、呪文の詠唱を続けた。ロメオもメリルの肩に必死にしがみついていた。


 その頃、上の階でも術式は佳境に入っていた。魔術師達は額に大粒の汗を浮かべながら詠唱を続け、やがて獣じみた雄叫びを上げ始めた。


「うおおおおおおおおお!」


 魔法陣は一層白く輝きを増し、中央に集まり、そして丸みを帯びた形に変化しいき、それはまるで母親の子宮の中で眠る胎児のような姿になり、神々しく慈愛に満ちた光を纏っていた。それは神話の頃から続く女神フランドリアの加護そのものであった。


 下の階にいるメリルも最後のひと押しに絶叫した。


「うりゃあああああああ!」


 そして一瞬の出来事だった。

 部屋を駆け巡る稲妻も、魔法陣に充満した赤黒い煙も、唐突に陣の中央に集結して一つの塊となった。塊は中に浮いていたが、すぐにドロドロと溶け出して、魔法陣全体を覆って血の池のようにしてしまった。そして辺りに静寂が訪れた。


「うっ…生臭い…」


 血の池と化した魔法陣からは、獣の内臓のような血の臭いが立ち込め、思わず袖で鼻を塞いだ。

 ―――そして。

 魔法陣の中央が一瞬、隆起するように蠢いたかと思うと、血が噴出するように飛沫を上げながら、床であるはずの場所から何かがせり上がってきた。それは始め術式に使用したヤギの頭かと思われたが、徐々に首が繋がって見えてきて、そして毛で覆われた、二本足の巨躯の魔物の姿となって全身を現した。


「こ、これ…大丈夫かな…?」


 メリルは冷や汗をかきながら、不安げに事の成り行きを見守っている。


「我は…」


 突然、口を開いていないはずの魔物の声が、メリルの脳内に鳴り響いた。


「ひっ…!」


「我は魔王ガンドゥン…我の魂を…呼び出したのは…貴様か…」


「は、はいぃいい!」


 魔王の迫力は想像以上で、思わず漏らしそうに…いや少し漏れた。

 メリルが寝食を惜しんで、全身全霊を掛けて研究していた術式。


 それは現在封印されてる当代の魔王よりずっと以前に、神話の時代に女神によって滅ぼされたとされる古代の魔王、ガンドゥンの魂を召喚し、死霊として使役しようという、ちょっと考えれば誰でも全力で止めに入るような、危険極まりないな術式だったのだ。


 彼女だってこの術式の研究をしながら、ちょっとは考えた。無闇に魔王を召喚して、使役する事ができずに暴走して、街どころか世界が滅んだらどうしよう…でも何とかなるでしょ、たぶん。うん、きっと大丈夫!と実際には何も考えてないに等しい状態だったが、幸いな事に、彼女はまだ失敗してはいなかった。術式はまだ途中なのだ。


 古の魔王の魂を召喚する工程までは上手くいった。次はこの魂を死霊として従える術式である。メリルは涙目になりつつ、勇気を振り絞って次なる呪文の詠唱を開始した。


 研究時の仮説の通り、魂だけの存在となっている魔王は、こちらに手出しをできないようだ。強大な力を持ちながら、己の意思を持たない浮遊する意識でしかない。


 何としてもこの魔王を手中に収め、世のため人のために平和利用するのだ。

 メリルは気合いを込めて杖を握り直し魔王に差し向け、魔導書を片手に詠唱を続ける。


 意思を持たない魂は、黙って呪文に聞き入ってた。


(これなら…いける!)


 呪文の詠唱は最終段階に差し掛かる。


「汝、生ける屍として蘇り、我に…」


 最後の言葉を発しようと瞬間、それまで微動だにしなかった魔王ガンドゥンが、おもむろに天井に顔を向けた。


「これは…忌まわしい…神の加護…憎い…憎い…女神フランドリアよ…憎い…憎いぞぉぉぉぉ!」


 これまで呆けた老人のようだったガンドゥンが、突然人が変わったように怒りに任せて咆哮を上げ、周囲に赤黒い強風を巻き起こした。


「えええええ、ちょっと落ち着いて!魔王さん落ち着いて!」


 メリルの言葉が届くはずもなく、怒りと憎悪に震える魂は、その禍々しい力を増幅させていく。


 その時、上の階でも異変は起こっていた。


 地鳴りともに特別研究棟が左右に揺れはじめたと同時に、勇者の魂を召喚していた魔法陣からは直視できないほどの大量の光が発せられ、何かを気配を察知したかのように、胎児の形をした勇者の魂は魔法陣の中を暴れ狂っていた。


 突然の事態に、いかな老練のキーンと言えども戸惑いを隠せずにいたが、不穏に建物が軋む音と、足元に転がってきた小石を見て我に帰った。


 魔法防護を施した特別研究棟の壁に、建設以来600年の歴史上、初めてのヒビが入った。


「まさか…崩れるというのか、この研究棟が…」


 天井の石が落ちてきて、床が紙ようにグラグラと揺れ始めた。


「学院長!お逃げください!」


 高弟達が慌ただしく避難を開始している。


 キーンは走馬灯のように、昔のことを思い返していた。

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