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見習い死霊使いと死んでる勇者  作者: あかしー
第1章
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ティータイム、先生、揺れるカーテン

 主の護衛と言えど、ロメオも一匹のネズミである。


 気味の悪い肉片を片手にニヤニヤしているモルゾフとかいう男が、メリルに危害を加える者ではない事を確認し、しかしモルゾフからダバダバと溢れ出す不審者オーラに絶えきれず、ついカバンの中に逃げ込んでしまい、それを心から悔み反省している間に、うっかり寝てしまったのは、我が主を守る剣であると同時に、一介のネズミなのだから仕方がない。


「ロメオ、さっきはよくも逃げたわね」


 カバンから入り口から覗くその目は、睡眠不足のクマと相まって、通常の数段恨めしそうな眼光となっていた。


 ロメオはビクッと跳ね起きて汗をダラダラ流す。


「ほんとにあなたは…もう学院に着いたから、カバンの中で大人しくしててね」


 メリルはロメオの頭を指でそっと撫でる。

 ネズミは心からホッとした表情になった。


「さて、行くか…」


 長く伸びる学院の廊下の、とある扉の前に立ち、ロメオの入ったカバンの口を閉じた。

 コンコンっと2回、ドアをノックすると、すぐさま「どうぞ」と中から返事があった。


「メリル・スタンレーです!失礼します!」


 樫の木で出来た重厚な作りの扉を、ゆっくりと押し開く。


「いらっしゃい、メリル。良く来たわね」


 部屋の一番奥の大きな仕事机の先には柔和そうな老女がいた。


「ソフィア先生、お久しぶりです!」


 後ろ手に扉を締めると同時に、メリルは深々と頭を下げた。


「本当に久しぶり、あなた最近は学院にも顔を出さずに、いったい何をしていたの?」


「それは…えーと、その、ちょっと実験をですね…」


 言いあぐねて狼狽えるメリルをよそに「まあいいわ」とソフィアは席を立つと、お茶の用意をし始めた。


「南方の良い茶葉が手に入ったの。お菓子もあるわよ」


 メリルはうぅ…と唸ると、一挙手一投足も気まずいように、出来るだけ小さな動作で来客用のソファに浅く腰を据えて、背筋を伸ばした。


「そう固くならなくても、まるで悪事を白状しにきた子供みたい。さあ、お茶をどうぞ」


「あああありがとうございます!いただきます!」


 ティーカップと皿を持つ手が震えてカチャカチャと音を立てる。


「そうそう、カバンの中の小さなお友達も、お菓子をどうぞ」


「へ?」


 この人には絶対に敵わない、と気が抜けたと同時に、カバンの中からロメオがテーブルに飛び出してきて、皿の上の焼き菓子に齧りついた。

 

 半世紀以上前、スカンビット王国は隣国と戦争状態にあった。


 敵国の策略によって兵を分散させられ劣勢を強いられていた前線に、ある日散歩のついでのようにフラリと、一人の美しい女性が現れた。彼女は、短い呪文の詠唱の後で、地中から夥しい数のスケルトンを呼び寄せると、一気呵成に死霊の群れを敵陣に突撃させ、一晩の間に敵兵を追い返してしまった。


 それからスカンビット側の軍備が整うまでの間、気まぐれにスケルトン軍を召喚して敵陣に突入させたり、陣地の整備などの土木工事をさせつつ、お茶を飲みながら暇そうに自国領を守り抜いたという。それが伝説の英雄にして稀代の死霊使いソフィア・ミラーである。


 ちなみに軍に加勢したのは、前線のすぐ手前にあった自宅の茶畑が荒らされそうだったから、という理由だった。


 その後、活躍を耳にした王都魔術学院のキーン・ロウという魔術教師に懇願され「まあ、平和にお茶が飲めるなら、何でもいいわ」と学院の所属となり、後進の育成とティータイムに励む日々を送る事になった。


 北の果ての寒村、カペル村にも英雄ソフィアの名声は轟いていた。


 曰く、その女性はとても美しく。

 曰く、数千数万の敵を前にしても怯むこと無く。

 曰く、常に余裕でお茶を飲みつつ敵を討ち払い。

 曰く、古今東西一の死霊使いである。


 幼い少女は思った。まだ数十年前の出来事であるが、まるで神話の登場人物のようだと。自分もソフィアのようになりたい。なれるだろうか。それにしてもシリョウツカイって何だろう?


 死霊使いについては良く知らないが、少女の憧れはついに我慢の限界に達し、両親に頼み込んでカペル村を出て、王都魔術学院の門を叩いたのが4年前。メリルが10歳の時だ。以来メリルは尊敬するソフィア老師の元で魔術の研鑽を積んできた。


 ついでに死霊使いについても良く知る事になったが、スケルトンやゾンビの見た目には、まだ慣れていない。モルゾフの動く鳥肉すらも、生理的には遠慮したい部類である。


「さて、今日は何を白状しに来たのかしら?」


 ソフィアはティーカップを置くと、まっすぐにメリルを見据えた。まるで何もかも見透かされているかのように、居心地が悪い。


「あの、えーとですね、つまり………特別研究棟の使用許可をください!」


 メリルはテーブルに両手と額を勢いよく激突させた。あらあら、と心配するソフィアをよそに、メリルは続けた。


「あの、なんて言っていいか分からないんですけど…私は変わりたくて、スケルトンもゾンビも苦手ですけど、ソフィア先生みたいな死霊使いになりたくて、一生懸命勉強して、えーと、その何ていうか私…私の研究でみんなの役に立ちたいと思って…あとついでにこの貧乏生活からもおさらばしたいっていうか、そうしてネズミ達にも固くないパンを一個ずつあげられるようになって…」


 説明しながらメリルは目を潤ませシドロモドロになってしまった。

 やってしまった。ちゃんと説明するつもりだったのに。私のバカ!グズ!ヘタレ!


 メリルは憧れのソフィアに少しでも近づく為に、そして弱く卑屈な自分を変える為に寝食を惜しんで、ある術式の研究を重ねてきた。


 そしてその研究は、とてもじゃないが周りに言えば止められてしまうような代物であった。

 いくら優しい先生でも理解してくれないかもしれない。


 もし止められてしまったら…自分の数年間は自分自身と共に、泡のように消えてしまうような気がしていた。


 つい長年の研究が実を結んだ勢いで、深く考えずにこの場所に来た事を後悔した。


 上手く説明ができず、今にも瞳から涙が決壊しそうな弟子を、ソフィアは聖母のような眼差しで見据えたて、おもむろに口を開いた。


「いいでしょう、特別研究棟の使用を許可します」


 え?とメリルは目を丸くして顔を上げた。自分が何を実験したいかは、未だに一言も伝えてはいないのだ。


「私はねメリル、あなたが間違った事をする子だと思ってはいないわ」


 メリルは溢れそうな涙を拭った。


「…でも先生、今回はマジでヤバイかもしれません…」


「あら、マジでヤバイの?」


 と言いつつ、ソフィアことさら驚いた様子でなかった。


「そうなんです…実は…あの…」


「それは面白そうね」


「え?」


「あなた、いつも割とヤバイ事ばかりしてるじゃない」


「え?え?」


「骸骨の見た目が嫌だからって人間の姿に近いスケルトンを召喚しようして、結局筋肉と内蔵が丸出しのゾンビより怖い何かを召喚したり」


「ああああああ!」


「犬と猫とコアラとパンダの可愛い部分だけを蘇らせてペットにしようとした時なんか、巨大キメラが出現したのかと兵士が集まったりしたわね」


「あの、それはその…!」


「あのゾンビキメラは山で元気に暮らしてるかしら?悪い死霊ではなかったものね?可愛くはなかったけど」


 ソフィアはニコニコと楽しい思い出話をしているようだが、一方でソフィアのHPはどんどん削られていってダウン寸前である。


「でもメリル、あなたはたくさん失敗してきたけれど、一度も邪な気持ちで魔術を使った事は無い。これは、近くで見てきた私が証明するわ」


「先生…」


「そして内緒なんだけど、あなたが次にどんなヤバイ事をしでかすのか、私はとても楽しみしてるの!どんな実験で、どんな結果になったか、後で報告してちょうだい!」


 ソフィアは少女のような好奇心旺盛な瞳をしながら、心から楽しそうに言った。


 彼女は優秀な指導者だが、そもそも暇を持て余し、茶畑防衛の為に気軽に戦争に参加するような人物なのである。その器の大きさは計り知れないが、器には所々に穴が空いていて、倫理という名の水はダダ漏れであり、時に愛弟子の成長と自分の好奇心は、常識のハードルを簡単に超えてしまうのだった。


「ありがとうございます!」


 メリルは研究棟に向かうため、さっそく部屋を出ようとソファから立ち上がった。後追ってロメオが肩に飛び乗る。


「ちょっと待ちなさい」


 ソフィアはメリルに近づくと、そっと両手をメリルの頬に当て、目を閉じて口元でヒーリングの呪文を唱えた。


「あなた、睡眠不足は美容の大敵なのよ。可愛い顔が台無しじゃない」


 メリルの目の下に呪いように深く染み込んでいたクマが、みるみる薄らいで消えていった。同時に気怠かった体と頭が、浄化されて澄んで行く。


 なんて心地良いんだろう。

 メリルは惚けたように、その手の暖かさを感じていた。


「これで良し、気をつけて行ってらっしゃい…あら?」


 ソフィアは手を離すと同時に何かに気がついたようだった。その視線はメリルの肩に乗ったロメオに注がれていた。


「そのネズミちゃんは……いいえ、何でもないわ。さあ、お行きなさい」


「?」


 メリルは怪訝な表情でソフィアを見つめるが、結局促されるまま扉の外に出た。そして「ありがとうございます!」と部屋に入る時と同じように深々と一礼して、振り返る事無く特別研究棟の方に駆けて行った。


 その背中をソフィアは見送る。


「本当に面白い子ねぇ」


 開け放ったドアから風が抜けて、部屋の窓に掛かったカーテンがゆらゆらと揺れていた。

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