死者の行軍、思い出の中
それから夜が明けても、ゾンビたちは村の中を自由気ままに徘徊し続けていた。
さらに最初に村に入ったゾンビは先頭集団だったらしく、あれから継続してゾンビは村を訪れ、今も墓場からの行軍は途切れず続いているようだった。
初めこそ警戒して監視していたが、一貫してゾンビがこちらに興味を示す様子は無く、それでいて夜が明けても途切れない列も見飽きてしまい、三人はすでに丘の上から移動して村の入り口近くの柵に腰掛けて、景色を眺めるように目の前を行くゾンビを見送っている。
「とりあえず襲ってくる様子も無いし、どうも私達を仲間だと認識してるみたいね」
暇を持て余したようにシルビーはのんびりと背伸びをして、退屈になったビーボは膝の上で寝息を立てている。
「それか本職のプロゾンビの皆さんからすれば、俺たちアマチュアのゾンビなんか視界にすら入らないのかも」
「それはそれで何かやだなぁ…」
シルビーは苦笑いする。
ひとまず、二人が軽口を叩けるほどに状況は逼迫していない。
ただゾンビが大量に村を訪れ、それに完全無視を決め込まれているだけだ。
年寄りから母親に抱かれた赤ちゃんまで、様々なゾンビが村に入っていく。
ほぼ無傷の者もいれば、皮膚や腹が破れて筋肉やハラワタを剥き出しにしている者、時間が経ち過ぎて白骨化してる者に至っては、どういう仕組で歩いているのか見当もつかない。
「あ…」
のほほんと死者の列を眺めていたシルビーが不意に立ち上がる。
4~5歳くらいの体格の子供のゾンビが石につまずいて転んだ拍子に、頭が取れて道の脇に転がってしまった。
すぐに駆け出すシルビー。
他の者に蹴飛ばされないよう慌てて頭を拾って少年を抱き起こす。
「はい、これたぶんすごく大事な物だと思うから、絶対に落とさないようにね」
少年に少年の頭を渡し、微笑みながらヨシヨシと手に持った頭を撫でる。
キョトンとした少年ゾンビは礼を言うこともなく、シルビーを無視して再び歩き出した。
それを見送りながら元の柵に戻ってきて再び腰を下ろす。
「やっぱりあのお墓にいた人たちがゾンビになって村に帰ってきてるんだよね、これ?」
「だろうなぁ、これだけ大量のゾンビの出処はあの墓場以外考えにくいな」
かれこれ数百体は見送っただろうか。
徐々にゾンビの列に多少の変化が見え始めた。
「ねぇフラド、あれ見て」
シルビーが指差す先に、木製の荷車がゆっくりと向かってくるのが見えた。
「ゾンビが引いてるのか?」
荷車が近づくにつれ、それを引くのが年若い男のゾンビで、荷台に詰め込まれるように乗っているのが、足を欠損して自力で歩けない者、親ゾンビとはぐれたらしい赤子のゾンビ、それに足腰が不自由そうな高齢なゾンビだった。
「協力し合ってる?ゾンビが?」
「意外と仲間思いなとこあるのね」
他者を思いやるという意外なゾンビの社会性と、荷車で移動するという知能があることに、二人は新鮮な驚きを隠せなかった。
「これって…考えて行動することが出来てるって事だよな…?」
それはつまり…とフラドの脳裏に、これまでのゾンビ像にない仮説が導かれようにとしているが、シルビーが言葉を続けてあっさりと答えを出してしまう。
「もしかしたらコミュニケーションが取れるのかも!」
言いながらシルビーは柵を蹴るように立ち上がり、腕の中で寝ていたビーボが「キュ?」と鳴いて目を覚ました。
「村に入ってもっと観察してみましょう」
「そうだな、ここでじっとしてても埒が明かないしな」
フラドも柵から腰を上げ、三人はゾンビの列の途中に加わり村の入口に向かった。
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外観から予想した通り、村の中は所々風化しているものの、元々は衛生的で高度に整備されていたであろう町並みは、画一的な建物が整然と連なっており、平たく加工された石で敷き詰められた村のメインストリートは馬車が数台分、余裕を持って行き違えるほど幅が広く取られていた。
フラドとシルビー、そしてビーボは通り沿いのカフェテラスだったであろう場所の丸いテーブルを囲んだ椅子に腰掛けて、ゾンビ専用の歩行者天国となった往来を眺めている。
しかしただ、アマチュアゾンビと植物系モンスターがプロゾンビの集団を眺めているだけではない。
ここにきて分かった事は5つ。
・ここは「ヘルエッジ」という名前の村であるということ。
・彼らには生前の生活様式沿っていると思われる、一定の行動パターンがあるということ。
・相変わらず子供や老人、五体満足でないゾンビを介助する行動を取る者がいること。
・話しかけてもポカンとされるだけで、言葉を理解している様子は無いこと。
・服を調達しに侵入した洋品店の品揃えが田舎の村にしては良かったこと。
シルビーはフリルの付いたブラウスにショートパンツに編み上げのサンダル、大きめの上着を肩に掛け、青みががった長い黒髪を髪留めでまとめて細いうなじが見えていた。
何度もフラドに「似合う?似合う?」と確認して、半ば強引に「可愛いよ」という言葉を引き出しつつ選びぬいた渾身のコーディネートに、シルビーはご満悦の様子でニコニコしている。
そして動きやすさを優先した結果、良くも悪くもズボンとシャツとブーツという、ごく普通の服装に落ち着いたフラドは、実際素直にドキッとするほど可愛らしいシルビーから強制的に言わされた褒め言葉に釈然としない気持ちはありつつも、やはり年相応のオシャレをした女の子を直視するのは照れ臭く、自分が童貞だったかもしれないゾンビであることを、久しぶりに思い出していた。
ビーボはテーブルの真ん中にコロンと横になって日向ぼっこをしている。
「さて、一通り村を見て回ったわけだけど…」
現時点で村を観光しつつ洋品店から盗みを働いただけの存在である自分たちに、それなりの生産性を見出そうとフラドが切り出した。
「これからどうしよう?」
そして何ら生産性の無い言葉が口をついて出る。
「うーん、何か、何て言うかさ」
シルビーの視線が行き交うゾンビを追う。
「生きてるとか、死んでるとかって何なんだろうね?」
店先に立って何か作業するジェスチャーをするゾンビや、ゆっくりとした速度で追いかけっこをする子供のゾンビ、ウーとかアーとか会話になってない井戸端会議をする中年女性のゾンビ、馬がいない馬車の手綱を叩き続けるゾンビ。
彼らは生前からそうしていたであろう、今となっては無意味な行動取っているだけの死人であるが、しかし現実にそこに存在し続けている。
「この人たちって、生きているか死んでいるかの違いしか無いんだなって」
「…でもゾンビぞ、俺たちも、この人たちも」
シルビーがごく自然にゾンビに向かって「この人たち」と人間を指すような言い回しだったことにフラドは気がついていたが、敢えて否定しなかった。
「でも死ぬ前からの生活を今でも続けてる」
「知能が下がってるからルーチンを繰り返してるだけだ」
「それってさ…大切だったんだよ、この日常が。死んでも忘れられないぐらいに」
いつからだろう?
墓場で目覚めた時からか?
ネズミを獲って食って、自分で自分を化け物だと嘆いた時からか?
フラドは思考だけが人間であるがゆえ、ゾンビである自分が何か卑下されるべき忌まわしい存在のように感じていた。
しかし人間からすればおぞましいアンデットの集団の中に、一人の人間として、一体のゾンビとして身を置くにつれて、ある種の葛藤のような物が芽生えてきていた。
「ゾンビじゃなくて、死んでいるだけの人間…ってか?」
「まあ、言い換えればそうかな」
「でもきっと、こいつらは人間がいれば襲って食うぞ」
「うん、でも、そうなって欲しくない」
シルビーが言いたいことに、フラドもすでに気がついていた。
「ゾンビ」とは死にながら思い出の中を過ごす、ただの「人間」ではないか。
それは恐らく、人間や亜人、魔族が存在するこの世の理に反して、神様の意志に背くような傲慢な考え方なのかもしれない。
「俺も…」
ほんの僅かな沈黙の後、フラドは道行くの死人達からシルビーに視線を移し、何かを決意するような口調になった。
「この人たちが少しでも、人間であって欲しいと思う」
自分自身が人間であるためにも、という言葉は敢えて言う必要もない。
シルビーがフラドの目を見て力強くうなずく。
「俺はこの人たちを守りたい、どうかな?」
「それは、そのとても良いアイデアに協力しろってことかしら?」
「ああ、シルビーさえ良ければ」
二人は顔を見合わせてニヤリと笑う。
「その話乗った!」
シルビーが跳ねるように立ち上がり、ガタンと倒れた椅子の音にテーブルの上にいたビーボが「キュ?」っと少し目を覚ましたが、すぐにまたスヤスヤと寝息を立てた。