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見習い死霊使いと死んでる勇者  作者: あかしー
第2章
25/28

ゾンビ系肉食女子、ビブリスの生存戦略

「食糧探し」というのは、この目的不明の死人の生に対して無理やり設定されたテーマに近いが、理性はありつつ、しかしゾンビなので食欲という無限の欲望もしっかり持ち合わせたフラドとシルビーを突き動かすには十分な行動理由であった。


「食糧を探し始めてもう3日か…」


 シルビーからすれば、ゾンビとなって目覚めてから3度目のお昼どき。


 今日は湿度が高めの曇り空、魔素が濃い目でゾンビにとっては快晴と呼んで差し支えなく、とても過ごしやすい。


「なんで何も見つからないの!?」


 2日前から拠点としている森の中の洞窟、その出入り口で誰に言うでもなく声を荒げた。


「あははは…」


 フラドは苦笑いを浮かべるしかない。


 普通、墓場から続く道を歩いていけば人里があり、そこに人が住んでいれば多少リスクはあるものの、夜に紛れて畑や家畜から食糧を得る機会もあったはずだが、シルビーが鼻をクンクンとさせながら、


「こっちから良い匂いする!」


 と、フラドの静止を聞かずに森に分け入って、結局見つかったのはビブリスという、甘い匂いで虫や動物をおびき寄せて罠に掛ける大型の肉食性植物だけで、戻ろうと思った頃には帰り道が分からなくなっていた。


 仕方なく身を休める場所を探して、やっと見つけた洞窟を拠点に食べ物を探すことにしたのだった。


 この状況を招いたのはシルビーであるが、本人も虫や動物並に食虫植物の匂いにまんまとおびき寄せられたのが、人間の尊厳という意味でショックだったらしく、しばらく落ち込んでいたが「まあ、ゾンビだし仕方ないよね!」と、都合の良い時だけゾンビになろうとするシルビーの前向きさが、フラドは嫌いではなかった。


 そんなわけで、フラドは苦笑いをするしかないのだ。


 ここ2日で周囲はあらかた探索してしまい、そして何も見つからないとは言え、今日も今日とて食糧探しである。


「さて、今日はちょっと遠くまで探してみようか」


 フラドは空腹でガルルっと唸りを上げるシルビーの肩を叩く。


「…そうね、今日こそ肉!タンパク質を手に入れるわ!」


 フラドと初めて出会ったときの、儚げな少女という印象もどこへやら。


 いつの間にか敬語も使わなくなっていたシルビーは、タンパク質への渇望が止まらないゾンビ系肉食女子として、今日こそ滴るような血肉を喰らおうと気勢を上げた。


 シルビーは沢山の感情を持っている。


 墓場では触れれば壊れそうなほど悲しみ暮れて泣いていたし、肉食植物に騙されたときは落ち込んでいた。ここ数日何も見つからないことに憤ったりもするし、しかし最後には明るく前を向いて進もうとする。


(見てて飽きないなぁ)


 慎重で保守的な傾向があるフラドと、対して感性と勢いで行動するシルビー。


 お互いを補い合えば、チームとしての相性は悪くないなとフラドは考えながら、爛々とした瞳で血肉への欲望を隠さないゾンビのような人間のような彼女を見て、シルビーがいてくれて良かったなと思った。


 自分だけならきっと、不味い木の根を食べて「食えるならこれでいいか」と可もなく不可もないゾンビ生を送っていたかもしれない。


「ああ!今日こそ肉を食うぞ!」


 フラドとシルビーは連れ立って、森の奥に歩みを進めて行った。



--------------------------------------------------



「フラド、あっちから甘い匂いがするわ!」


 森をしばらく進んだ先で、シルビーが肉食獣の嗅覚で鬱蒼とした木々の先を指差す。


「シルビー、それはこの前のビブリスだぞ。また引っ掛かるのか?」


 フラドは洞窟への経路上の目印にするため石で木の皮を削りつつ、いとも簡単に同じ罠に飛び込もうとする相棒を引き止めた。


「…も、もちろん知ってるし…」


 シルビーはバツが悪そうに、森で拾った木の棒をブンブン振り回し、そして何気ない様子でポツリと呟く。


「ビブリスって…食べられるのかな?」


「え、あれ食うの?」


 フラドは木を削る手を止めて、思わず相手を振り返った。


「だって、あれだけ甘い匂いがするんだから、食べたら甘い味がして美味しい可能性がなきにしもあらず!…と思うんだけどなぁ」


「まあ可能性なら無くはないけど、あの見た目の物を食うのか…?」


 ビブリスという肉食性植物は、大気中の魔素が濃い地域に自生し、麻酔成分の含まれた甘い香りのする蜜を飲んだ虫や動物を昏倒させた後、ゆっくりと触手で絡め取って、まず初めに魔力を吸収する。


 それだけであれば死に至る可能性は低いが、ビブリスは魔力を奪われて動けなくなった獲物を、触手から出す消化液で溶かしながら、最後は養分として骨まで吸収してしまう。


 自力で移動できず、また触手もゆっくりとしか動かせないため、自ら他の生物を襲うことは無く、蜜で昏倒さえしなければ脅威となる生物ではないが、幅1メートルを超える真っ赤でブヨブヨとした花弁に黒い斑点があり、生白くシワでたるんだ太い幹から粘液が糸を引く触手が数本、辺りを探るようにゆっくりと揺らめかせるグロテスクな姿は、魔力を吸収する特性と相まって、植物ではなく魔物として分類されている。


 そしてそれは、通常では決して食糧と呼ばれる存在ではない。


「でも私達、ゾンビじゃん?」


「いや、ゾンビじゃんって言われても…そもそも俺たちはネズミよりマシな食べ物を探しているわけで、ビブリスがネズミよりマシかって言われると…」


「でも食べてみないと分からないじゃない!」


 シルビーがフラドの手を強引に掴む。


「私も人間的に美味しい物を食べたいという気持ちはあるけど、でもゾンビならではの!ゾンビだからこそ挑戦できる《食》という物があると思うの!」


 シルビーはここ数日で一番力のこもった瞳でフラドをジッと見据える。


「うーん、まあ死ぬこと無いし試してみてもいいけど…」


「じゃあ決まり!行こう!」


 踵を返してシルビーは森の深くへ進み出す。


「おい!場所分かるのか?適当に進むと危ないぞ!」


「大丈夫、匂いで分かるわ!」


 甘い香りだけを頼りに確信的に歩みを進めるシルビー。


 ここ2日の探索で周辺の地理をおおよそ理解していたフラドは、その先にビブリスがあるのは知っていたので、本当に嗅覚だけで目的地を把握しているシルビーに、ゾンビ系肉食女子おそるべし、と半ば呆れながら、しかし頼もしいとも思いつつ後を追って歩いた。



 しばらく進むと果物が熟しきったような、腐敗一歩手前の甘ったるい香りが強くなってきて、木々の隙間の先に毒々しい赤い花弁が見えた。


「あった!…けど改めて見ると…すごいね、これ」


「うーん、食い物には見えないけど」


 ゆっくりと蠢く触手に触れない位置からじっくり観察する。


 見れば見るほど、これは植物の形態を取った奇怪なモンスターであり、食糧とは思えない。


「でもまあ、とりあえず試してみましょう。蜜を飲むと眠くなるらしいから、花びらの方がいいかな?」


「いきなりそこ行く?」


「でも一番肉厚で食いでがありそうだし」


「ひとまず触手から…」


「えー、動いてるって言っても枝じゃん、あと何かヌルヌルしてて気持ち悪いし」


「いや花びらも十分気持ち悪いぞ」


「もう!じゃあフラドはどこを食べたいの!?」


「そう言われても…」


 強いて言えば…いや強いても食べられると思える部位が無いので、フラドは言葉を濁す。


「いいわ、私は花びらを食べるから、そこで見てて」


 シルビーが一歩前に踏み出す。


 その気配を察知したのか、ビブリスの触手がピタリと動きを止めて、ブルブルと震えだした。


 さらにもう一歩近づくと、触手は人間が顔の前に手を出して怯えるような仕草で、明らかに嫌がっているように見える。


 シルビーが花弁に触れようとそっと手を伸ばすと、触手はさらにビクッと怯えて、次にビブリス自体がガタガタと震えだした。


「…た、食べにくいわ!」


 ここまで弱々しく抵抗されると、さすがに食欲より罪悪感が勝ったシルビーが思わず声を上げる。


「ビブリスって敵意が分かるんだな」


 少し離れた場所で様子を見ていたフラドは、魔素が濃い地域でしか自生せずに、その生態には多くの謎があるビブリスの新発見「食べようとするとビビる」に素直に感心した。


 その間もシルビーはビブリスと睨み合っていたが、しばらくすると溜め息をついてフラドの元に戻ってきて、


「相手の罪の意識を利用するなんて卓越した生存戦略ね、完敗だわ」


 と妙に清々しい顔で言った。


「あれだけ怯えられると手出ししにくいな…あ、でも蜜なら貰えるんじゃないか?」


「でも蜜を飲むとすぐに意識を失ってしまうんじゃなかった?」


「でも俺らゾンビだし、効かないかもしれないぞ」


「出た!都合の良い時だけゾンビのスタンス!」


「それはシルビーが一番やってることだけど…」


 フラドは頭を掻きながらビブリスに歩み寄る。


「俺が倒れたら、すぐ離れたとこに運んでくれよ」


「OK、任せて」


 新たな天敵の気配にビクっと触手が反応する。


「よーしよし、大丈夫、怖くないよ~」


 ビブリスに言葉が理解できるかは不明だが、そうやって動物を宥めるかのように近づいていくフラドに、やや警戒しているように蠢く触手は、しかし先ほどとは違い明らかな抵抗をしてくる様子はない。


 やがて花弁まで到着したフラドは中を覗き込む。


 甘い香りの中心部である花弁の内側からは、甘いを越して頭がクラクラするような濃密な空気が淀んでいて、ほのかに金色がかった透明の蜜手で掬えるほど溜まっていた。


 いつの間にか「大丈夫?痛くしない?」と心配そうな動きの触手に囲まれていたが、まあまあ落ち着いて、といった調子で宥めつつ、意を決して蜜を手で掬うと口元に運んだ。


「うっ…!」


 フラドは口に手を当てたまま、崩れるように地面に膝をつく。


「フラド!大丈夫!?」


 シルビーが駆け寄り、後ろから肩を支えるように掴む。


 触手は申し訳無さそうにアタフタしながら蠢いている。


「う…うまぁ」


 顔を上げたフラドが、少し目元を潤ませながらシルビーの方を見た。


「こ、これめちゃくちゃ美味い!」


「ほんとに?眠くない?」


「全然、むしろ何ていうか…力が湧いてくるような…」


 ゾンビの死相に生気が漲っている様子のフラドを見て、少し呆気に取られつつもシルビーも花弁に手を入れて蜜を口に運ぶ。


「う、嘘でしょ…すごく美味しい」


 あれだけ強い香りを発しながら、実際には控えめな甘味の奥に芳醇な旨味とコクがあり、喉元を過ぎた後に鼻から抜ける風味は、草原に咲く美しく可憐な一輪の花を想わせる。


 生前の記憶は無いが、これまで経験のない味であるという確信が持てるほど、素晴らしく美味い。


 フラドとシルビーが感動する様子に、心なしか得意げに触手たちが蠢いている。


「それに、本当に力が湧いてくる感じ…これは…魔力?」


 シルビーはハッとした様子で自分の腕を見る。


 そこには先日、森を散策中に枝で切って以来、ゾンビの特性からか治癒せずに残り続けていた傷があった。


「き、傷が…消えてる」


 シルビーは未だに呆けて幸せそうなフラドに押し付けるようにして、自分の右腕を差し出す。


「見て!これ!傷が無くなってる!」


「ん?治ったんだろ?」


「じゃなくて、私たちゾンビなのよ!傷が治るはずが無いわ!」


「え…そう言えば…」


 フラドも自分の体を観察する。


 草木で切れた足元の傷が薄くなっている気がする、さらにシルビーの顔を見ると灰色がかった顔が少し明るくなっているようだった。


「ビブリスはまず獲物の魔力を吸収するって言うけど…」


 シルビーが神妙な顔つきで言った言葉を、フラドが継ぐ。


「この蜜には奪った魔力が凝縮されていると」


「そして蜜を飲んだ私たちが生気を取り戻したという事は…」


 つまりゾンビは捕食で血肉を得ている訳ではなく、魔力を取り込んでいるということ。


「それじゃあ…つまり」


 フラドが頭の中で思い描く仮説に同意するように、シルビーがうなずく。


 それは今まで口にこそ出さなかったが、フラドたち二人がいつか直面するであろう不安に対する否定にも繋がることだった。


「俺たちは動物を…いいや、つまり人間を食う必要は無いってことか!」


 シルビーがさらに強くうなずく。


「私たちはまだ、心から本物の化け物になったわけじゃない!」


 ビブリスの触手が二人を祝福するようにゆらゆらと蠢いていた。

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