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見習い死霊使いと死んでる勇者  作者: あかしー
第1章
19/28

勇者、モグモグ、まだ土の中

 メリル達が着々と旅支度を進めている頃、つまり勇者がゾンビ状態で転生して数日が経過した頃、胸まで這い出した墓の中で、勇者は本日6匹目のネズミを平らげて、呆然と空を見上げていた。


 動く生き物と見るや、暴れ狂う食欲を制御できず、人間の理性とゾンビの本能との間で、激しく揺れ動く精神が限界を迎え、食指の赴くままにネズミを食べ終えた後に、怪物に成り果ててしまった自分を嘆き、絶望のまま天空に住まうであろう神を呪って空を見上げていた、という訳ではない。


(あー、もう食えねぇ)


 ただ単に、ネズミの食べ過ぎでお腹がいっぱいになってボケっとしているだけだった。


(でもまたネズミが通りかかったら、すぐ獲っちゃうんだろうなぁ)


 自身が、何の因果か気がつくとゾンビに成り果てていて、不潔なネズミを取って食い殺してしまう衝動が止められずに絶望の淵で激しく嗚咽したのは、最初の数時間だけだった。


 泣き通して夜が明ける頃、また別のネズミが目の前をウロウロしていたので、これをおもむろに取って食い、しばらく落ち込んでいるとまた違うネズミが横切ったので、これも素早く手掴みにすると三口ほどでモグモグとやってしまい、これはどうにも自分では止められないなぁ、などと思案していると、また別のネズミが横から現れて……。


(なんでこんなにネズミが通るんだよ!)


 などと憤慨しつつ、ネズミの頭蓋骨を奥歯で噛み砕いたりしていた。


 次第に食べ方のコツも分かってきた。


 暴れまわるネズミに、そのまま何も考えずに齧りつくと、鋭い爪や歯で反撃されて非常に食べにくい。そこでネズミの頭部を握って口を塞ぎ、素早く胴体を回転させて首の骨を外してしまう。


 頚椎を脱臼させられたネズミは神経が遮断され、辛うじて息はあるものの、もはや動く事はない。大人しくなったところでネズミの腹に噛み付く。内蔵や血液など、水分が多い部位から食べ進めた方が、その後に控える肉や骨、毛皮などが喉に引っかかる事無くスムーズに食べられるのだ。


 彼は4匹目のネズミを食しながら、その工夫に辿り着いた。


 ゾンビになっているとは言え、勇者とは体力、知力ともに優れた万能の人なので、ネズミの効率的な食べ方についても、常人より数段早く技能を習得してしまうのだった。


 そうこうしている間に何日か経過し、だんだんと素手で偶然に通りかかるネズミを捕獲する事に、非効率さを感じ始めた勇者は、ネズミの死骸を少し残し、餌として他の小動物をおびき寄せる事を思いついた。


 それからはもう入れ食い状態になった。


 森で暮らすネズミは、街中で暮らすネズミほど経験も警戒心も無いらしく、半分に千切れた仲間の肉塊を見つけると、すぐに飛びついて貪りだす。勇者はそれを悠々と捕獲すると、半分だけ噛みちぎって飲み下し、残り半分を新たに餌として目の前に設置し、次のネズミを待つを繰り返した。


 最終的には、ネズミをモグモグとくわえながら、別のネズミを捕まえて首の骨を外して、横に積み上げて行く作業になっていった。20匹ほどネズミの備蓄が完了した頃、勇者は新たにネズミを取るのをやめ、大漁の獲物を満足そうに眺めた。


(うん、このくらいあれば明後日ぐらいまではネズミに困る事はないな。しばらく備蓄ネズミを齧りながらゆっくりするか……)


 と考えながら、本日7匹目のネズミを平らげて空を見上げて一心地ついて、最初に戻る。


「ゔおおおおおおおお!(ってちがぁーーーーーーう!)」


 未だに発音すると、どうしてもゾンビ的な呻き声になってしまう。


 勇者は胸から下を土に埋めたまま、両の拳で地面を殴りつけてワナワナと震えた。


(そもそもネズミに困ってねぇえええええ!)


 いつしか当たり前にネズミを取って食う自分をすんなりと受け入れ、挙げ句に効率的な捕獲方法まで編み出し、さらには食料として備蓄まで成し遂げてしまった自分の人間臭さが逆に嫌だった。人間の理性でゾンビの本能を満たしてしまったのである。


 まっとうなゾンビならば、そんな真似をするはずもない。


(ゾンビである事を人間の頭で受け入れてしまっている……!)


 とは言え、人間的な頭をしていたとしても、見た目が丸っきりゾンビなので、ゾンビとは?人間とは?それぞれを定義する所以とは何か?などと、アイデンティティ探しの思考迷路が始まってしまいそうなので、勇者は考えるのをやめて、また食欲が湧いてきそうになったので、本日8匹目のネズミに手を伸ばした。


(しかし飽きないな、ネズミ……)


 勇者はこれまでに無くゆっくりとネズミを味わって食べてみた。


 血と肉と、糞尿を貯めた内蔵の味がする。はっきり言ってマズい。


 味覚や嗅覚には、腐敗した食物など有毒物が口に入った際に、防御反応を起こして反射的に吐き出させ、体内に入る事を防ぐ役割もある。


 しかし、すでに死んでいる勇者は毒だろうが腐った食べ物だろうが、もはや防ぐ必然性は無く、ネズミがいかに細菌や寄生虫、糞便にまみれてようが関係は無い。


 さらに当然のように、それらを食べてしまうという事は、つまり美味しい物を食べたいという快楽的欲求ではなく、ただひたすら食欲という本能でしかないようだった。


 つまり食べ飽きるという概念自体が無いのである。


(飽きはしないけどこれ、いつまで続くんだろうか……)


 ネズミをモグモグと咀嚼しながら、勇者の脳裏には一つの懸念が浮上していた。


 いつゾンビの寿命は訪れるのか?


 ゾンビは動く屍である。それは死んで腐敗した姿で、恐らく筋肉や脳も腐っているから緩慢とした動きで知能は低く、本能のままに食う事しか出来ない。彼らは腐り果ててしまったら、その後どうなるのだろう?


(腐った物はいつか土に帰るが……)


 ネズミを食べて考える事しか出来ない勇者は、またネガティブな思考に入っていく。


(地上をゆっくり歩くゾンビが獲物を捕食できる確率は、恐らくそんなに高くはない。もし仮に、獲物を食えなかったゾンビが朽ちて果てて行くのだとしたら……)


 勇者は残骸になったネズミをジッと見つめる。


(ゾンビの捕食にも意味があって、人間と同じように食べる事で肉体を維持できるとしたら……)


 この穴の中で朽ち果てようという勇者の望みは、ネズミが目の前に登場し続ける限り叶う事はない。ゾンビとしての本能を理性で抑えて食う事を我慢し続ける事は、きっと難しいだろう。


(だって眼の前にバッて出てきたら、ついガッと捕まえて、ガブってやっちゃうもんなぁ)


 勇者は7匹目を手にとって、尻尾からチビチビと齧りながら、もしかしたら、この辺りの小動物が絶滅するまで食べないと、朽ち果てる事が出来ないかもしれないという可能性を思うと、少し不安な気持ちになった。そして不安な気持ちになると、なぜだか食欲が湧いてくるのだった。


(これは墓穴から出て、死に場所を探しに行った方がいいのかもな)


 呼吸はしていないので、実際には出てない溜め息を吐く素振りをしながら、勇者はネズミの下半身を口に入れたまま、ふと目の前を見た。


(……!)


 考え事に夢中になっていて、全く気が付かなかった。


 勇者の眼前には、茶色い柔らかな毛で覆われたウサギがちょこんと座っていた。


 可愛い、とほんの一瞬だけ思った後、凄まじい速さでウサギの首筋に手を伸ばした。


 それは俊敏な野生動物の動きを凌駕して、コンマ数秒だけ逃げる為の動作が遅れたウサギを手掴みにすると、素早く口元に引き寄せて首筋に歯を立てた。


 顎に力を込めてウサギの喉を食い千切ると、体内の血液が一斉に溢れ出し、ウサギはしばらくバタバタと四肢を狂わせて動かしていたが、やがて静かに痙攣するだけになった。


 勇者はゆっくりとウサギを咀嚼する。


 ネズミと違う、柔らかな食感の毛皮、甘みを感じる皮下脂肪が口内に溶け出すと、塩味のある血液と混ざり合って深みのある味わいになり、勇者の脳髄にまで衝撃が走る。


(う、うめぇええええええええ!)


 ネズミとは比べ物にならない味だった。勇者は夢中になってウサギを貪る。


(あかん!こんなの知ったら、もうネズミが食べられなくなる!)


 とは言え初めての快楽的な食事の誘惑には、もはや耐えようが無く、勇者は手や口を血で真っ赤に染めながら、ウサギの四肢を引き裂いて、シンプルでクセのない肉を堪能し、内蔵を食い破ると、ここにきて初めて丁寧に消化器官や膀胱に残留した排泄物を取り除いて、筋肉とはまた違った、柔らかく、且つ弾力があり、噛むほどに味わい深い臓物を頬張った。


 しかもネズミより大きいので食べごたえがまるで違う。


 勇者は無心で頭から尻尾まで残さず胃に収めてしまうと、あまりの満足感に放心してしまっていた。


(美味かった……)


 食欲さえ満足すれば良いゾンビの本能より、美味しさを求める人間的欲望が勝った瞬間だった。


(焼いて食ったら、もっと美味いかもしれいないな……)


 下半身を土に埋めながら、調理の可能性まで模索し始めている彼の目には、もはやネズミが生ゴミにしか映らなくなっていた。


(もうネズミを食う気がしないな、殺さなければ良かった……悪い事をしたな)


 しかし、せっかく頂いた命を粗末に扱うのは、いかにゾンビになってしまった身とは言え、いささか良心が痛む。もうネズミを新たに捕獲しないとして、すでに備蓄しているネズミはありがたく完食する事にした。勇者は本日8匹目の、小ぶりなネズミを口に放り込み、モグモグと口を動かす。


(うーん、すごくマズい……)


 残り十数匹のネズミの死骸を見て、勇者はうんざりとした気持ちで、なかなか飲み込めずにモグモグし続けた

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