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見習い死霊使いと死んでる勇者  作者: あかしー
第1章
18/28

【幕間】アンバー・リーフの苛立ち

 雑踏の中に紛れ、人の流れに任せて揺らめくのは落ち着く。


 まるで自分が大きな意志の一部分でしかない存在になってしまったように、個を失って溶けていくような感覚があるからだ。


 私は誰にも認識されてはならないし、誰の心にも留まってはならない。

 そのように産まれ、そのように生きてきたからだ。


 そして、そのように死ななくはならない。


 物心ついた頃からそう教育されてきたし、実際に「兄貴」たちは誰にも知られず気にされず、最初から居なかったように消えていってしまった。


 私も、もし今回の仕事をしくじったら、そうだな、どこかの路地裏で名も無い浮浪者の格好をして息絶えるとしよう。


 我らハーベストは、そのようにあるべきなのだ。


 

 キーン・ロウの弟子だと言う、あの名前も覚えていない男は、酒場で酔ったふりをして声を掛けたらすぐに、私を性の対象と認識してくれて、いやらし指先で腰に手など回してきて、この後この女をどんな風に捌け口にしてやろうかと期待していたようだが、残念ながらその日の深夜には、スラム街の裏路地で下半身を露出したまま冷たくなっていた。


 私は男の死体をよく観察した。


 身長や腕や足の長さ、靴のサイズ。髪や目の色、顔の骨格、陰部の大きさまで。

 ひとしきり男の身体的特徴を頭に叩き込んだ後、男の頭を掴んで自分の額を合わせる。


「貰うよ」


 そう呟いて、続けて口元で呪文の詠唱を行う。

 私と死体を薄い魔力がベールのように包み、詠唱を終える頃には私は彼になっていた。


 我ながら完璧なコピーだが、私に劣情を催していた男になるというのは、お世辞にも良い気分ではなかった。


 そうしてキーン・ロウの弟子になりすまし、勇者転生の儀式に潜り込むまでは簡単だった。


 今回の仕事は勇者の転生を妨害すること。


 つまりそれが出来る術者の排除、もっと簡単に言えばキーン・ロウの殺害だった。


 依頼主はリオーネル公国。


 世界最高の賢者と称される人物を暗殺せよとは、さすが一国からの殺人依頼というのは度を越している。


 これならスカンビット国王を殺せと言われた方がまだ容易に思えるが、外交というのは、敵の親玉さえ獲ってしまえば良いと言うようなシンプルな物ではないらしい。


 ともあれキーン・ロウの暗殺は、これまで経験したことの無い難易度であることは明白だった。ハーベストからの情報を元にあらゆるシュミレーションを行っても、返り討ちに合う想定しかできなかった。


 機会があるとすれば、勇者転生の術式の最中、無防備になったその時こそが奴を殺せる唯一のタイミングである。


 弟子になりすまして転生の儀が行われる特別研究棟に入り、相手が最も消耗しているであろう、術式完成直前の瞬間を狙う。


 そのはずだった。


 転生術式が完成する寸前、服に隠したナイフを手に取った瞬間、床が大きく揺れた。


 天井の欠片が降ってきて、足元に転がった小石を見て息を飲む。


 ここは、あらゆる防護魔法を掛けられた世界で一番堅牢な建造物の内部だ。


 私と同じ戸惑いを、その場にいた全員が感じていた。キーン・ロウも呆気に取られて何事か呻いていた。


 しかし状況は不明だが、任務は遂行しなければならない。


 私はナイフを握り直してターゲットに切っ先を向け、揺れ動く床を一歩踏み出す。


 次の瞬間、床に大きく亀裂が入った。


 その様子を見た他の弟子たちが、慌ててキーンを抱え込むと部屋の出口向かう。


 私は舌打ちをしてナイフを服の下に仕舞い、弟子たちに担がれて避難するキーンを見送った。


 部屋に一人残った私は頭を掻いて、この状況を上にどう報告しようかと考えながら、先程まで儀式が行われていた魔法陣を振り返る。途中で放棄された勇者の魂のような物が激しく発光している。


 …術式が終わっていない?


 キーン含め術者達はその場を放棄してとっくに避難したにも関わらず、未だに聖気を纏った光の渦はその場に留まっている。


 私が疑問を抱いたと同時に、魔法陣の中心の床が崩れて下の階層が露わになる。

 と同時に禍々しさを凝縮したようなドス黒い塊が見えた。


 光と闇が邂逅する瞬間、これ以上は危険と判断した本能は、考えるより速く肉体を突き動かし、私は身を翻して入り口に走った。


 その後、弟子の男に成りすましたまま、数日を情報収集に当て、勇者転生の儀式の失敗を確認してから、弟子が間者であると思わせるための多少の偽装工作を行った後、私は姿を消した。


 結局キーン・ロウの殺害という目的を達することはできなかった。


 しかし、勇者転生の儀式は失敗に終わり、私は本来の自分の姿に戻ると、旅人の着るローブを羽織って、夕方の大通りの人混みの中、すれ違い様にハーベストの伝令役に報告書を渡して任務を終えた。


 大きな川のような人の流れの合間で、私は立ち止まる。


 視線の先に、黒いマントの少女と銀髪の子供が数名いる。


(…メリル・スタンレー)


 あの日、儀式が行われていた特別研究棟の使用許可を取っていた唯一の学生。


 特別研究棟で何を行っていたかまでは、最後まで掴む事はできなかったが、ここまで情報が無いとなると、それが逆に、何かが隠蔽された痕跡である事は察しがついた。


 ハーベストの伝令役が報告書を受け取る瞬間に、ニヤリとしながら呟いた無駄口を思い出す。


「アンバー・リーフでも失敗する事があるんだな」


 私はチッと舌打ちする。


 苛立ちの視線の先で、少女と一瞬目が合った。


 誰にも認識されてはならないし、誰の心にも留まってはならない。


 その理を侵してしまうほど、初めて任務をしくじった事に、自分でも驚くほど冷静さを欠いていた。


 私はフードを目深に下げ、アンバー・リーフという個から人の流れに溶けて、その場から立ち去った。

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