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見習い死霊使いと死んでる勇者  作者: あかしー
第1章
15/28

鳥肉廃人、お嬢様の執事

 王都ビットハイムをぐるりと囲む壁。


 スカンビット城門まで続く長い大通り。

 目指すコーヒープリン商会はこの大通り沿いに店を構えている。そのファンシーかつスウィートな店名からは想像も付かないほど、誠実で信用のおける商売をする街の有名店だった。


 その事業内容は多岐に渡り、馬や馬車の手配だけでなく、保有する大型馬車での輸送、田畑や土地建物の売買、さらに建築業もする傍ら。建築資材の卸売業も営み、その全てで成功を収めるスカンビット随一の優良企業である。ちなみにコーヒープリンを販売した事は創業以来、一度も無い。


 先頭を駆けるビッケを「走ると転ぶよ~」とメリルは呑気な声で嗜めるが、一度走り出した子供はそうそう立ち止まるものではない。あっと言う間にビッケは往来に紛れて姿が見えなくなった。


「もう、あの子ったら。ご主人様、先に行ってビッケを捕まえてきますね」


 フロールはそう言ってビッケの後を追って走り出しす。普通の人間を凌駕する亜人の身体能力を駆使した身のこなしは凄まじく、瞬間移動のようなターンを繰り返して人波を縫って進んで行くが、その姿は清楚な銀髪の美少女メイドなのである。


 ハイスピードな美少女メイド、という両立し辛い二つの概念が同時発生する違和感に、通行人が足を止め、物珍しそうに見入っていた。


「あのメイドさんすげぇ可愛いなぁ、でも動き速いな……」


「ああ、俺もいつかあんな嫁さんを捕まえたいもんだよ。……しかし素早いな。あれは捕まえられんわ」


 若い二人組の男が遠くなりつつあるフロールの背中を目で追いながら軽口を叩く横を、メリル達も駆け足で進んでいった。


「……フロール、すごい目立ってる」


「フロールはああ見えて、兄妹の中でも一番の俊足ですから」


 プエブロは少し苦しそうに言った。どうやら走るのは苦手な様子だ。ほどなくして、腕にビッケを抱き上げて、立ち止まっているフロールの背中が見えてきた。しかし何か様子がおかしい。その顔は何かを警戒して強張っているように見えた。


「フロール、どうかした?」


 ロメオが心配げにフロールに声を掛けると同時に、彼女が見つめる視線の先に目をやり、険しい表情になる。


「メリル様、離れてください」


 ロメオが右手で後ろにいるメリルを庇う動作をする。


「来てはいけません。不審人物です」


 腕に抱いたビッケを守るように、フロールも一歩後ずさった。


「不審って……」


 不審人物と聞いただけで、メリルは食堂からつまみ出されていたあの人の顔を一番に思い浮かべてしまったが、不審者という存在が、イコールであの人という発想はいくら何でも失礼だ。さすがにこの人通りの中で奇怪な行動など取る人ではない。


 メリルはロメオの背中ごしに、丸い人垣が出来ている中央にいる人物を見た。


「なぜだ…!なぜ誰も理解してくれないんだ!」


 そこには大地に膝をついて、頭上に痙攣する鳥肉を掲げ、天を仰いで涙するモルゾフの姿があった。まるで全く望んでいない生贄を天に捧げて、神様に迷惑を掛けているかのようである。


 100人に聞いたら90人の人間が「不審者」と答え、残り10人のゾンビが「同族」と答えるであろう、完全無欠の不審者が真正面にいた。


 信じた私が馬鹿だった、とばかりメリルの頬が引きつった。


「まったく……不憫ですね」


 プエブロは冷徹な表情で吐き捨てるように言っているが、不憫と評するからには、少なからず同情し、いたたまれない気持ちなっているようだった。いわゆる「気の毒な方」を見る時と同じ視線をモルゾフに向けていた。


 ロメオが少し後ずさり、モルゾフを警戒して目線をそちらに固定したまま、メリルの方に首を傾けた。


「ここは危険です。すぐに離れましょう」


「危険ってほどの事はないと思うけど……」


 メリルは心の中で言葉を続ける。


(でも知り合いだって周りにバレるのは遠慮したいな……)


「そうね、先を急ぎましょう。知り合いが不審……もとい困っている様子とは言え、今は馬車の件が優先だわ。私達には果たす使命があるのだから」


 メリルは自分に言い聞かせるように、モルゾフを完全無視する理由を宣言し、そっとその場を離れようとした。しかし次の瞬間。


 天を仰いで涙を流していたモルゾフの顔が突然に真正面に向いて、メリル一行を視界に捉えた。コンマ数秒遅れてメリルは視線を外すが、一瞬だけモルゾフと目が合ったような気がした。


 どうか気づいていませんようにとメリルは心の中で祈るがしかし、


「メリルちゃーーーーん!」


 とモルゾフが群衆の中央で叫んだ。祈りは届かず、不審者が話しかける相手にも野次馬の視線は注がれた。


「あ、あらモルゾフさん!奇遇ですね……」


 メリル達の周りからも、サーッと波が引くように人々が離れていく。


「メリルちゃん、この肉の何が……何がダメなんだろうか!?」


 全てです。


 と喉まで出かかったが、錯乱している人間に現実を突きつけるのは得策では無い気がしたので、グッとこらえた。


「メリル様、お下がりください」


 ロメオがメリルの前に出た。モルゾフが少しでも近づいてこよう物なら、それを防いでメリルを守る、あるいは組み伏せて無力化する、という発想が一切なさそうに拳を固め、殴り倒す気まんまんといった様子でファイティングポーズを取っている。


「ちょ、ロメオ乱暴はダメよ!」


 ロメオは少年の背格好とは言え、身体能力に優れたネズミの亜人である。さらに相手はお世辞にも肉体派とは言えない、痩せ細り研究者然とした中年男性だ。ロメオは手加減をするだろうが、万が一にも怪我でも負わせては事である。


「一体この鳥肉の何がダメなんだ…」


 モルゾフはブツブツと呪文のように呟きながら、ふらふらと一歩足を踏み出した。


 それを合図にロメオはその場から姿を消した。次の瞬間にはモルゾフの右側に展開している。目で追う事が出来ず、消えたと認識するほどの俊敏さだった。


「でやぁああああ!」


 ロメオは街角の不審者に対する攻撃としては、いささか度を越したスピードで、拳を突き立ててモルゾフに襲いかかる。一瞬の出来事に、頭が付いて行けなかったメリルは、その時点でやっと「やめなさい!」と声を張り上げるが、すでに拳は相手の顎を捉える寸前だった。モルゾフはまだブツブツと何事かを口元で呟いている。


「モルゾフさん避けてーーーー!」


 メリルが叫ぶと同時に鳥肉が飛んだ。青空に浮かんだピクピクと動く肉塊が、太陽を反射してキラリと光る。


 モルゾフは迫りくる拳を寸での所で上半身を逸らして避けると、ロメオの腕を掴み迫りくる勢いをそのまま利用して、空中で一回転させて勢いを殺すと、そのままフワリと両足から地面に着地させた。


 モルゾフが両手を前に出すと、あらかじめ頭上に投げられていた鳥肉が、すとんとその中に落ちてきた。観衆から「おお~」と感嘆の声が沸き起こる。


 ロメオは何が起きたのか理解が追い付いていない様子で、目の前をフラフラと進んでいくモルゾフに何も出来ずに放心している。


「ええええ、モルゾフさん強っ!」


 決してロメオが弱い訳ではないのは、メリルのような格闘の素人が見ても明白だった。人の目には追えないスピードで繰り出された攻撃を、一瞥もくれずに軽くいなしてしまうモルゾフの達人のごとき身のこなしは、明らかにロメオの実力を凌駕している。


 その様子を目の当たりにしながら、プエブロは冷静な眼差しを崩さずメリルの前に立った。


「ここは私が。フロールはお嬢様とビッケを守ってください」


「プエブロ!今の見たでしょ!?」


「ご安心下さいお嬢様。自慢ではありませんが、私は自分の腕力に一切自信がありません」


 迫りくるモルゾフはすぐ目の前まで来ていた。プエブロは指で眼鏡の位置を直す。


「御仁、そこで止まっていただけませんか」


「この……肉の何が……何が……」


 意外にもモルゾフは素直に立ち止まる。しかしその風貌はもはや鳥肉廃人と呼んで差し支えないほど心神を喪失しているようだった。


「何がダメなのか……知りたいですか?」


 その言葉にモルゾフは自分の半分ほどの背丈の少年の顔を見て何度も頷いた。


「教えてくれないか……いったい何か足りないんだ!?」


「あなたにとって、その鳥肉はとても重要な物だとお見受けします」


「もちろん!私がこの研究にどれだけ心血を注いできたと思う!?」


「しかしあなたは、その鳥肉に何かが足りてないと言った。本当に足りていないんでしょうか?」


「なっ……!?」


 モルゾフは雷に打たれたようになって目を見開いた。プエブロはさらに続けた。


「なぜ苦労して開発した、我が子のように大事な鳥肉を信じてあげられないのですか?あなたにとって、それはその程度の存在でしか無いのですか?」


「わ、私は……そんなつもりでは……本当に自信があったんだ……なのに、信じてやる事ができなかった……」


 モルゾフの両目から光る物が一筋こぼれ、続いて大粒の涙が溢れ出した。


「そうか……この鳥肉に足りなかったのではない。私に足りていなかったのだ」


「分かっていただけましたか」


 二人はお互いの顔を見やると笑顔を浮かべた。


「ああ、そうだ私に足りなかったのは鳥肉への……」


「ええ、そうです」


 このわずかな時間でお互いを理解したかのように、2人は同時に口を開いた。


「愛だ!」

「市場調査です」


 モルゾフ以下、輪になって見守る観衆、そしてメリルも「え?」と間の抜けた声を出す。


「いや、愛が足りないのでは……」


「愛?まったく関係ありませんね。あなたに足りなかったのは顧客が求めているかどうか、ニーズに合っているかどうか、市場調査の結果を念頭にした研究開発です」


 モルゾフは心なしか小刻みに震えているようだが、プエブロは構わず続ける。


「その動く肉を食べたいと言った人が、この街に一人でもいますか?人々が求めているのは普通の肉なのです。あなたは売り込む相手を間違えています」


 プエブロはカミソリのように鋭利な言葉で遠慮なくモルゾフの間違いを指摘する。


「しかし……ではこの鳥肉を私はどうすればいい……」


「あなたは自分の研究に自信があるとおっしゃいましたね?」


「それは…!もちろんだ!」


「ではその肉のポテンシャルを最大限に活かせる相手に売り込むべきです」


「そんな相手がどこに……」


「いるではないですか。死霊使いであるお嬢様はお分かりになりますよね?」


 プエブロはメリルの方を振り返る。突然の問い掛けにメリルは少し狼狽しながら考えを巡らす。痙攣する上に食べると悲鳴を上げる鳥肉。しかも胃液に反応して瞬時に復元して転移し、再び目の前に元の状態で現れる。そして死霊使いである自分なら分かる相手……。


「……あ、ゾンビ」


 プエブロが薄く笑みを浮かべて目を細める。


「さすがお嬢様です、察しが良い」


「いやゾンビって……」


 モルゾフはゾンビ市場という想定外の可能性に戸惑いを隠せない。


「お嬢様、ゾンビとは如何なる存在でしょうか?」


「ゾンビは……人間や動物などの生物を襲って食らう、食欲という本能にのみ特化した動く屍。さらに噛まれて死んだ者はゾンビとして蘇り、運良く噛まれて生き残った者も、いずれ死に絶えゾンビになる……」


 メリルは死霊使いの教練本で読んだ内容に則して正確にゾンビの説明した。そしてそれを言いながら、プエブロが言わんとする結論に自ずと辿り着いた。


「食べても無くならない肉をゾンビはずっと食べ続ける……!」


 そしてプエブロがメリルの言葉に補足して続ける。


「ゾンビは永遠に人間や動物を襲う必要がなくなります」


 目を見開いて話を聞いていたモルゾフは叫び声を上げた。


「なんて事だ!この鳥肉にそんな可能性が!?東の地にはゾンビ被害に悩む村もあると聞く。そこに持っていけば、私の研究は決して無駄にはならない!」


 次の瞬間、動向を見守る観衆から拍手が湧き上がる。


「すげぇ発明だ!」


「これでゾンビを怖がる必要は無くなるな!」


「あんた天才かよ!?」


 口々にモルゾフを称賛する声も聞こえてきた。


「ところで御仁、あなたは相当に腕も立つようですが」


 プエブロがモルゾフに向き直る。


「ああ、昔冒険者をしていた事があってね」


「なるほど、では馬車の操作は出来ませんか?」


「ああ、できるが……それが何か?」


「それは我が主の方からご説明させていただきます」


 スマートな身のこなしでスッと腕を上げ、メリルに差し向ける。


「メリルちゃんが君の主……?なあ頼む、聞かせてくれ!君は何者なんだ!?」


 プエブロは薄く笑みを浮かべると、指でクイッと眼鏡の位置を整え、メリルの斜め後ろに移動した。


「私はお嬢様の執事にございます」


 斜め三十度、プエブロはゆっくりとした優雅な動作でお辞儀をした。

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