表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見習い死霊使いと死んでる勇者  作者: あかしー
第1章
12/28

増える、ネズミ人間

 世界のどこかに転生した勇者の所在を察知できる奇跡のネズミ少年・ロメオと、実質そのお供に任命され、世間的に完全に立場が逆転してしまったメリルは、その後続いた事実確認だけの長い尋問と、勇者探しの旅の打ち合わせで、スカンビット城に缶詰状態にされ、ネズミ横丁の自室に戻る事ができたのは数日後の事だった。


 メリルとロメオは、長かった拘束にやや疲れた様子だったが、初見ではドアすらなかなか見つからないような、まるでトロルの子供が散々遊んで放置した後の積み木のような我が家の前に立って、懐かしさと安心感を覚えた。プエブロ、フロール、ビッケ、他のネズミ達は元気にしているだろうか。


「やっぱり我が家が一番だねぇ」


「はい、メリル様!」


「みんな、あなたの姿を見たらビックリするわね」


「ええ、早く自慢したいです」


 なるほど、これはネズミ的に自慢になる部類の変化なのか、とメリルは改めて、彼らと人間の価値観の差に思いを馳せた。


 城内で暮らした数日の間、ロメオは城に仕えるメイド達の間で知的かつ愛くるしい銀髪の美少年として、突き刺さらんばかりの母性の眼差しを受けながら、しかしその所作は物知らずの野生児そのものというギャップが大層な評判を呼び、世話をするメイド達は我先にと服の着用方法、風呂の入り方、歯の磨き方からナイフとフォークの使い方など、生活に必要な基礎知識を懇切丁寧にロメオに教育していった。


 そもそも賢いネズミのロメオは、亜人になった側からレイド将軍と渡り合うほどの知性を発揮していたのだ。恐ろしいほどの適応力と飲み込み良さで、人としての所作を身に着けていった。教えた事を一度で覚えるので、教え甲斐があり過ぎるあまり、メイド達は入れ替わり立ち替わり、暇を見つけては数字や文字、世界の歴史や貨幣制度、怪しいギルドの勧誘を断る方法から女の子の口説き方まで、若干余計な事を織り交ぜつつ教育し、ロメオはこれらの知識を乾いた布のように吸収していった。


 それもこれも全てロメオから言わせれば、メリルの側仕えとして恥ずかしく無い従者になるための勉強に過ぎなかった。


 そしてメリルもまた、王政から見れば重要度が、自分より格段に上の扱いとなってしまったロメオに対して、主人としてお姉さんとして何か教えて大人ぶりたい気持ちから、ネズミ横丁で薬を値切ってくる客への対処法など、どちからかと言えばどうでも良さそうな知識を披露したりしていたのだった。


「ちゃんとドアから入るのは初めてです」


 ロメオが嬉しそうに言った。


「そうなの?」


「この家の入り口は玄関以外に56箇所あります。ネズミの常識です」


 どうりでスキマ風が絶えないわけだ。


「…今度から指定の入り口だけ使ってもらうようにできないかしら…」


「兄弟たちと相談してみます!」


「え?あなた達兄弟だったの?」


 長い付き合いなので、それぞれの見分けはついていたものの、ネズミの見た目はだいたい同じなので、無関係な4匹だと思っていたが、彼らが血縁関係だと知ってメリルは少し驚いた。


「まだまだ知らない事があるのねぇ」


 と感心してドアノブに手を掛けようとした瞬間。


「おかえりなさいーーーーーー!」


 と向こうからドアが開いて、3人の少年少女がメリルに飛びかかってきた。


 勢い余って尻もちをつくメリルの胸に、一番先頭にいた少女が顔をスリスリと埋めて甘えていた。


「ど、どちら様ですか!?」


 メリルは見知らぬ子供が自宅で出迎えてくれた時の、ごく一般的な反応をして見せたが、次のロメオの言葉にさらに度肝を抜かれた。


「プエブロ、フロール、ビッケ!」


 ロメオが跡形も無く変わり果てた容姿の兄弟たちの名前を、淀み無く言った。


「えええ!あなた達…・なの?」


 メリルは戸惑いつつも、抱き付く少女の頭から飛び出す丸い耳をモフモフと撫でていた。


 耳を撫でられた少女は、くすぐったいよと笑いながら、大きな瞳でメリルを見上げた。


「お姉ちゃん、ビッケだよ!」


「ビッケ…ってあのビッケ?」


 メリルはあの、何かにつけて動きがマイペースで、4匹の中で一番体の小さいネズミを思い出していた。


「あなた…女の子だったのね」


 そう言えば、どこか末っ子の妹感のあるネズミだった。

 メリルはその先に控える他の2人にも目を移す。「えーっと、あなた達は…」

 ビッケを含め、全員がキラキラと煌めく銀色の柔らかそうな髪をなびかせている。



「プエブロです。お嬢様、おかえりなさいませ。長い間ご苦労様でした」


 見た目は少年だが、まるで老練な執事のように恭しくプエブロは一礼する。そして何故かメガネ男子だ。


「こらビッケ!ご主人様から離れなさい!羨まし過ぎ…じゃなくて失礼でしょ!あの…私、フロールです。ご主人様、会いたかったです…」


 顔を赤くしてビッケを叱る少女はメリルの顔を見ると、恥ずかしそうに潤ませた視線を斜めに逸らして挨拶をする。


「みんな立派になったなー」


 ロメオが呑気な調子でプエブロの胸元に拳を当てる仕草をした。その様子を控えめな笑顔でフロールが見守っている。ビッケは相変わらずメリルに抱きついたままだった。


 メリルはワイワイと再開を喜び合う少年少女を見て、情報量が多すぎる絵面に混乱していた。


 まずは何故、他のネズミ達も亜人に成長してしまったのか?という問題が最優先なのであるが、それに混じって、いろいろな感想や疑問が混線して湧き出してくる。


 プエブロのメガネは度が入っているのか?

 フロールの視線から尊敬以外の情熱的な物を感じるが気のせいだろうか?

 ビッケは…ああもう、ビッケちゃん可愛い!

 ロメオも綺麗な顔だけど、他の子たちも劣らず美形だなぁ。

 ところでみんな服を着てるけど、どこで調達したんだろう?

 特にプエブロのメガネと執事服、フロールのメイド服はどこから…?

 全員、自分に対する呼び名が違うのは何故なのか?


 などなど、取り留めなく疑問が湧いてきて止まらないが、メリルは彼らの主であり、お嬢様であり、ご主人様であり、お姉ちゃんなのだ。メリルはしがみ付くビッケを傍らに優しく下ろすと、立ち上がって威厳を示すように言った。


「み、みんな!ただいま!」


 結局、気の利いたセリフは出てこなかった。それでも彼らは主の顔を見上げると、満面の笑顔で「おかえりなさい!」と口を揃えた。



----------------------------------------------------------------------------------


「不思議なこともあるものねぇ」


 とソフィアは北部の農村で栽培される一般的な茶葉を、卓越した技術で貴族が飲む高級茶葉にも劣らない香りを引き出したお茶にして、いつものように飲んでいた。


 学院にあるソフィアの執務室、来客用のソファに、4人のネズミの亜人が腰を掛けてお菓子を食べたりお茶を飲んだりしている。ビッケだけは珍しい物が沢山ある室内に好奇心が騒いで、落ち着かない様子だが、腰が浮くたびにフロールに制止させられていた。


 ソフィアから見て一番手前に座っているメリルは、こうなった原因を相談しに、4人を引き連れて恩師の元を訪れていた。


「ロメオはあの場にいたから…という理屈は分かるんですが、他の子達も同じタイミングで成長したみたいで…」


「兄弟だから、そういう物なんでしょう」


 ソフィアはティーカップを置いた。ついにフロールの制止を振り切ったビッケが椅子から立って走り出し、ソフィアの横に行くと、興味深そうに見上げた。


「こらビッケ!大人しくして!」


 フロールが慌てて椅子から腰を浮かす。メリルも様子を見ているが、ビッケを叱る係はすっかりフロールの専任になってしまっている。


 ソフィアは「いいのよ」と言って微笑むと、ビッケを膝の上に乗せて頭を撫でた。ビッケは先ほど打って変わって大人しくなり、ソフィアの胸に頭を預けてゴロゴロしている。ネズミというより猫に近い甘え方だった。


「原因を探ろうと思えば、経緯は分かるかもしれないけど…」


 ソフィアがメリルを見据えて続ける。


「単純な話、兄弟の絆がそうさせた、という結論になるわね」


「絆…ですか」


 ロメオとプエブロ、フロールもメリル同様にソフィアの言葉に耳を傾けている。ビッケは居心地の良い膝の上で、ソフィアの優しげな語り口調に負けてウトウトし始めていた。


「魔術師に真名を与えられた動物は特別な魂を持つって、キーン学院長も言ってたわね。覚えてるかしら?」


「はい、その魂の素質があったから、勇者と魔王の魂に共鳴して亜人に成長したと…」


「あなたに名前を与えられた者同士、さらに魂の繋がり強い兄弟同士なら、ロメオちゃんの変化に連動したとしても不思議ではないわ」


「そういう物なんでしょうか…」


「そういう物よ。それに第一、原因を知ったところで、何が変わるという事でもないでしょう?」


 メリルは元ペットであり、親友であり従者である彼らの顔を一人ずつ見渡して、最後にソフィアの方を向いて、確信を以って言った。


「何一つ、変わりません」


 ソフィアはその答えを予め知っていたように頷くと、膝の上で眠り始めたビッケの絹糸のような前髪を、優しい手付きで触った。


「ところで私達はこの子達の変化を成長や進化と呼んだりしているけれど、これは果たして正しいのかしら」


「と、言いますと…?」


 メリルは突然ソフィアが先生の顔になったので、多少たじろいた。座学は苦手ではないものの、突然の授業開始は多少緊張する。


「もしかしたらと思うんだけど、この子達はネズミに戻る事も可能なのではないかしら?」


 通常、魔物と人間の両方の血を持つ亜人は、元になった魔獣の身体的特徴を残しながら産まれてくるものである。人狼と呼ばれる亜人は、狼の牙と爪を持ちつつも、狼そのものの姿に変身する事はできない。


「そんな器用なこと出来…」


 とメリルが言いかけた時、いつの間にか目を覚ましていたビッケが「ビッケできるよ!」とボンッとネズミに姿を変えて、ソフィアの膝にはビッケが着ていた衣服がハラリと落ちた。


「ビッケちゃんは変身が上手ね」


 ソフィアはビッケの体を指でよしよしと撫でた。


 その様子を目を丸くして見ていたメリルが他の3人の方をばっと振り返る。


 プエブロとフロールが無言でボンッと呑気な音を立ててネズミに変化し、ソファの上に執事服とメイド服が残された。ネズミの姿になったフロールは、ここぞとばかりにメリルの肩の上に乗って頬を寄せてくる。どうやらネズミ状態なら遠慮なく甘えて良いという自分ルールがあるらしい。


 城で人間としてのライフスタイルを叩き込まれ、他のネズミより野生から遠のいていたロメオだけが変身せずに残された。


「えー!みんなズルい!どうやるのそれ!?」


 プエブロがボンッと裸の人間の姿に戻る。その瞬間器用に上着を掴んで前だけを隠した。


「ロメオは何でも普通にできる物だと思っていましたが…仕方ないですね。私の真似をして下さい。こうやって小さくなれと念じてギュッとする感じです」


 プエブロは体を少し縮めて、ギュっという表現をして再びネズミになった。


 この上なくアバウトな教え方だったが、ロメオは「分かった!」と言うとギュッと身を固くして目を閉じると、ボンッと音を立ててネズミの姿になった。


「キィキィ!」


 どうやら「できた!」と言ってるようで、跳ねて喜んでいる。


「おお!」


 メリルはついに全員が人の姿からネズミに変化して感心の声をあげた。


「これは…普通の亜人にはできない芸当ですね…」


 うちのネズミちゃん達すごい!と誇らしくなると同時に、メリルは別の事を考えて口角が上がって行くのを止められなかった。


「あなた今、食糧問題が解決したと思ってるでしょ?」


 まったくソフィア先生は何でもお見通しである。


「やだなぁ、そんな事ないですよ。えへへへ」


 と言いつつ、困窮している時のご飯はネズミの姿で食べてもらうと心に固く誓っていた。


「それは良いとして、キーン学院長ともこの可能性については話していたの。思った通り、これはメタモルフォーシス、変怪の魔術だわ」


「へんげ?ですか…」


 一部の魔力を操る事ができる魔物は、別の姿に変化する事ができると本で読んだ事がある。しかしそれができるのは高い知能を有する限られた種族だけである。常識的に考えて、ただのネズミには逆立ちしても不可能だ。


「この子たちは、あなたと暮らす間に魔力に目覚めて、先日の事件がキッカケで変怪を体得したという事になるわね」


「やっぱりうちのネズミちゃん達はすごいですね!」


 ソフィアは「そうね」と言って、少し困った顔をして愛弟子を見つめた。メリルはその表情の変化に気がついていない。


 本当に凄いのは、勇者と魔王の魂というトリガーがあったにせよ、真名を与えるという行為だけで、ただのネズミをここまでの存在に高めてしまうメリルの方なのだ。その事実を口で伝えるのは簡単である。しかしこの、才能に無自覚で自信の無い愛弟子は、劣等感からの反動できっと調子に乗って取り返しのつかない事をしてしまう。


 自分の目の届く範囲なら、多少の失敗は何とでも出来るが…。


(この子は自分で気がつく必要があるのよね…きっと)


 メリルはソフィアの膝でくつろぐビッケ以外のネズミ達を促して、自分のカバンの中に入れると恩師の方を振り向いて興奮した様子で、


「先生!すごくコンパクトに収まって良い感じです!メタモルフォーシス最高です!」


 と鼻息を荒くして言った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 「勇者、アンダー、土中」とここ、ロメオ+4ネズミ=5ネズミなっている部分がある、一応誤字報告してきます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ