公爵令嬢は自分の幸せをその手で掴み取る(物理)
カロリナ嬢は無駄が嫌いです
王国首都にある王立学院。
ざわめくホールには、色とりどりのドレスを纏った少女達が、貴族の正装をした少年達にエスコートされている。楽しそうなその表情は、卒業を祝い別れを惜しんでのもの。
今日は王立学院の卒業式があり、今はパーティーが開かれている。
その中、挨拶のため、壇上に第一王子があがることが知らされた。
拍手の中、堂々とした足取りで現れる第一王子は、しかし隣には制服姿の女生徒をひとり連れている。王子の後ろには側近候補の男子がふたり並んだ。
王子、エスコートする相手間違ってね?
ホールにいた全員のツッコミが一致した瞬間だった。
当の王子は挨拶を始めるでもなく、ホールを端から端まで見ては視線を縦に横にとせわしなく動かしている。
どうやら誰かを探しているようだが、見つからないらしい。
「カロリナ・レヴィン公爵令嬢はいるか!!」
周りのざわめきに我慢できなくなったのか、大声を出す王子。いや、そもそも我慢などする必要がないと思ってるので、出来ない子であるけれど。
「いないのか!?」
てか、自分の婚約者の居場所もご存知ないとか、ウケるー。エスコートなしで貴族のご令嬢がパーティーに参加するわけないじゃん当たり前じゃんバカなのアホなの?
どうせ真実の愛とか言って婚約破棄を高らかに叫ぶ俺をやりたいだけでしょ? バカなのアホなの死にたいの?
「なぜいない!!」
マナー違反はどっちなのか、考えなくても周りは理解してますがねー。
しらー、と会場が盛り下がってきたところで、ホールの大扉がバーン! と開いた。
「皆さま、朗報ですわーー!!」
そらもう、高らかに朗らかに叫ぶ少女はとても嬉しそうだ。
ハーフアップの銀髪は煌めき、菫色の瞳は輝き、整った容姿は人形のよう。頬を染めて満面の笑みを浮かべる、文句なしの美少女。ブルーのグラデーションのドレスが映えることまぁ。
「やっと! ようやく! 苦節8年の願望が叶いましたわーー!!」
カロリナ・レヴィン公爵令嬢の、拳を突き上げての宣言に、湧き上がる歓声と拍手。
「カロリナさま、おめでとうございます!」
「ありがとうございます! 皆さまのおかげですわ!」
近くの少女と手を取り合い、喜びを分かち合うと、カロリナは正面を向いてそれは見事なカーテシーを披露した。
「わたくし、カロリナ・レヴィンは、第一王子の婚約者候補から正式に辞することが決まりました。もう二度と、王族との婚約はないものと、国王陛下からの確約も頂きました」
自由ですわーー! と晴れ晴れと笑う彼女は、壇上にいる第一王子にようやく気づいた。
「あら、第一王子殿下、ごきげんよう。ご挨拶はお済みですの?」
にっこりと、名前すら呼ばずの挨拶スルーとか、知人以下の扱いだが、それに第一王子が気づくことはない。アホの子だからね!
「な!? い、いや! か、カロリナ・レヴィン!! 貴様との婚約は破棄する!!」
「破棄もなにも、わたくしたち婚約者候補であって婚約者ではありませんわよ?」
「は!? そんな話聞いてないぞ!?」
「陛下が意図的に隠しておいででしたものね。そもそもわたくし、候補に名が上がることも許可した覚えがありませんわ」
「お前がゴリ押ししたと聞いたぞ!!」
「ゴリ押ししたのは陛下ですわ。わたくしには相思相愛の婚約者候補がおりましたのに」
「はぁ!? そ、相思相愛!?」
ちょっと調べれば分かる話である。当時、婚約間近だった相手がいたカロリナ嬢に、ぶっとい横槍をぶっ刺した国王は、夢見る少女たちにそれはもう蛇蝎の如く嫌われたという。
それくらい、想い合ったふたりであったのだ。
「わたくし、陛下にお手紙を書きましたわ。何枚も。けれど、お返事はありませんでしたの」
本人が見たかも疑わしいが、子供だったカロリナ嬢は毎日国王に拒否の手紙を認めていた。
「毎日毎日、それはもう手が腱鞘炎になるくらいに、なってもなお、陛下への嘆願を送り続けましたの」
結果は推して知るべし。そもそも、それで撤回されるならゴリ押しなんか存在しないよな。
「わたくしの姿を見た、わが家の使用人たちが、署名活動はどうかと集めだしてくれましたの」
最初はレヴィン公爵家の使用人一同の名前がずらり。その後に領地の民たちが名前を練習してかいてくれた。
「今や学院は貴方方を残して全員が。国内居住者の九割が署名してくれています」
やっててよかった、識字率の普及!! と拳を突き上げるカロリナ嬢。
さすがにやばいとようやく、本当にようやく悟った国王は、カロリナ嬢の要求を飲むしかなかったのである。ざまぁ。
「国民の総意を察せずに国王などと……ふふっ」
敵に回したらやべぇご令嬢から、宿敵怨敵仇に認識されていたことに十年気づかない国王、この国終わったな。
「わたくしを王族へ望むその理由が浅ましいのですわ。初恋の君の娘だから、など理由にすらなりませんもの」
国王陛下、バカなの?
またもや、総意のツッコミが入った。
「その理由を知った母が嘆願書を持って王宮に乗り込みましたの」
最先端の流行りのドレスを纏い、化粧の下に怒りを押し込み、とても優雅にドアを蹴破った公爵夫人。惚れ直した公爵が鉄扇をそっと差し出したそうな。
替えはいくらでもあるぞー、と夫人に鉄扇で風を送っていたとか。いや、自分はなにもしてないんかい?
「母はたいそう気味が悪い、とそれは素敵な笑顔で鉄扇を……ふふっ」
貴族のご令嬢の嗜みにツッコミは必要ないのである。暗黙の了解なのである。大なり小なり色々あるものである。
「ですから、わたくしは貴方方のことなど、一欠片の興味もございませんので、そちらの名も知らぬご令嬢を虐めたなんて冤罪をかけられようものなら、公爵家全員で叩き潰……対処させていただきますわ」
パラリと鉄扇を広げて優雅に微笑むカロリナ嬢。
だからエスコートする相手間違ってるって言ったのにー。
いや、君らの心の叫びは、彼らには届いてないからね?
「あと、わたくしの名を呼び捨てにしたことと、勘違いしたことを謝罪してくださいます?」
ミシリとどこかで音がしたが、気にしたらアカンやつなので誰もツッコまない。ほら、貴族のご令嬢の嗜みだから、ね。
「カロリナ、終わった?」
王族に謝罪を求めるなんて、普通は不敬なのだが、誰も気にしないので、第一王子は謝るしか無かった。隣にひっついているどこぞのご令嬢は謝らなかったので、公爵令嬢に冤罪をしかけた罪で捕縛された。
同時に口を封じられたので、醜いテンプレをかますヒマもない。騎士さま優秀である。
そこに、気品も優雅さも美形度も絶品なイケメンがホールに登場し、カロリナ嬢の隣に立った。
腰に回した手から、親密さが窺える相手のようだ。
「ジークさま。はい、報告は終わりましたわ」
むがー! と芋虫状態のご令嬢がもごもご蠢いているが、完スルーされた。
藍色の髪と瞳のイケメンは、カロリナ嬢を蕩けるような熱の篭った瞳で見ると微笑む。
「では、行こうか」
「はい。あ、もうひとつだけ」
カロリナ嬢は、最後の挨拶にと優雅にカーテシーをした。
「わたくし、カロリナ・レヴィン改めカロリナ・ヴァングリッドになりましたの。それでは皆さま、ごきげんよう」
そして、退場。風の、いや嵐そのものだった。
ヴァングリッド家は隣国の王族である。カロリナ嬢の隣にいたイケメンが王太子であることを知っている人々は、あ、国終わったなーとため息をついたのだった。
カロリナ嬢の祖国の名が消えて、隣国の属国になったのは、しばらく後のこと。
カロリナ嬢? もちろん幸せに暮らしてますとも。
「バカのいない暮らしって、素晴らしいですわねー」
ありがとうございました。
カロリナ嬢は国王に書いた手紙を段々手抜きにしてました。読まない手紙にさく労力が勿体ないので。たまにバカなの? とか書いてたり(笑)誰にも見られてない完全犯罪。