第4話 貴女に似た人 (乾レナ)
「お待たせ致しました」
オーダーを受け、ペペロンチーノとカプチーノ、ホワイトチョコチャンククッキーとホットココアを運んできた霧音を。店内のBGMにリズムを取っていたカップルの女性は、不思議そうな目で見上げた。
「あれ? 貴女……」
「どうかなされましたか」
首を傾げる霧音。
彼の切れ長な瞳と長い睫毛に釘付けになった女性が、ハッと息を呑んだ。
「環稀、どうした」
カプチーノを啜りながら彼氏のほうが問う。
「私、見たことあるわ。貴女に似た人」
倒置法まで用いて。ミステリーのタイトルみたいだと霧音は内心で思った。
「デジャビュかしら。きっと歳も同じくらい。まるで双子みたいだわ。違っている点は貴女のほうが背が高くて、若干だけど男顔ね」
霧音を女だと思っているのだろう、女性――環稀は続けた。
「三週間前のことよ――」
環稀はココアが冷めるのも構わず、テーブルに両肘を付けて頬杖をつくと。ソファーに身を沈めながら、記憶を回想するかのようにゆっくりと瞼を閉じる。
霧音の勤め先『ストレンジテール』とは三駅離れたM街。都心にも関わらず新宿の華やかさとは打って変わった地。区外に位置する穴場のカフェで、同じように店を切り盛りする若い女性がいた。楚々とした身のこなし、ミステリアスな雰囲気を纏う彼女に、環稀は徐々に興味を惹かれていったらしい。
ある夜。通りすがりの環稀は、店仕舞いをした例の彼女が夜道を歩きだすのを見かけた。街路樹を通り越し、人気のない脇道に入っていったと云う。住宅街や最寄り駅とは逆方向。環稀の好奇心が疼いた。
「ほんの出来心だった。跡をつけたのは」
環稀の尾行に気づいているのかいないのか、貧寒の地をさらに奥へと進む彼女が立ち止まった場所は。〝ダンジョンの洞窟〟と秘かに噂される墓所――カタコンベだった。M街の住人が誰も近づかないのは、幾つかの都市伝説があるからだ。
◆入ったら最後、出てこられない。
◆洞窟の中には、白骨化した哺乳類の頭蓋骨――髑髏が埋まっている。
◆その昔、豪邸で一家連続殺人事件があった。その地下に当たるのが此所の洞窟。
中でも、最も霧音の琴線に触れたのは。
「洞窟からの奇跡的な生還者は、入っていく時と出てきた時で人格や容姿が変わっている」
そこで一旦、言葉を切った環稀は面白そうに冷笑すると、ふたたび顔を強張らせた。
「件の彼女、入っていったわ。その中に」
店内を流れる音楽はいつしか消えていて、ふたたび静寂に包まれていた。
環稀のマグカップから猶予っていた湯気も。
彼氏はパルメザンチーズを振りかけたペペロンチーノを、フォークに巻き付けながら鷹の爪を弄んでいる。
霧音の脳裏に、鷹野橋から見せつけられた画像が甦った。考古学者の友人が体験したという『現代版カタコンベ』に、想像が膨らむM街の洞窟が重なっていく。
じっと環稀の語りを聞いていた霧音は、意を決して訊ねた。
「卒爾ながら。件の女性が働いていたカフェの店名を教えていただけますか」
「〝レイニーサウンド〟」
雨音……?
ガシャーン
静まり返った店内に突如、響く破壊音。カウンターで白磁を磨いていた創一郎が、ティーカップを落としたのだった。
「これは失礼しました」
すぐさま謝罪して平静を装う伯父だったが、彼の表情には明らかな焦りの色が塗られている。
まさか……!
霧音は半身が引き裂かれるような衝撃を受けた。




