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ミステリーリレー小説2021『カガミの呪い』  作者: ミステリーリレー小説2021「ホラー×ミステリー」参加者一同
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第3話 運命、あるいは宿命 (真波馨)

 ──私は、ここに行かなければならない。


 第六感めいたものが霧音に強く告げた。お前はこの場所に行くべきなのだ、と。具体的な根拠もないが、敢えて関連付けるとするならば、霧音が昨日の夜から今朝にかけて体験した出来事。


 画像と同じ場所の夢。

 人の群れの間をすり抜けていく正体不明の黒い「何か」。

 そして、黒衣に身を包んだ僧。


 これらが画像の場所に関わっているのではないか。そんな想像が脳裏をちらと過り、気付けばスマホを見せびらかす鷹野橋に、矢継ぎ早に質問を繰り出していた。その中身をまとめたところ、消息不明の友人は国内の風変りな土地を研究する考古学者で、今までも徳川の埋蔵金だとか、未発掘の古墳だとかを探しに各地を飛び回っていた。今回は『今までの研究題材の中でも飛び切り面白いところ』を目指すのだと、鷹野橋に豪語していたようだ。具体的な目的地は明かさなかったが、もしその場所を見つけて論文をあげれば間違いなく脚光を浴びるし、メディアの注目の的にもなるだろう。ただし、かなりの危険を伴う冒険であることも間違いないので、事前に鷹野橋にだけは伝えておく……そんなところらしい。


「その考古学者、僕の大学時代の同期でしてね。あの頃は、二人で都市伝説サークルなんてのを立ち上げたり、全国の曰く付きの場所を南船北馬したり。そんなことをしているうちに、彼は考古学、俺はジャーナリズムに興味を持ってそれぞれの道へ進んだわけです」


 ブラック珈琲を啜り、ジャーナリストは淀みなく喋る。マスターは整えた顎髭を指で撫でながら、


「考古学者のご友人は、どういった経緯でその場所があることを知ったのでしょうか」


 鷹野橋は肩を竦めて、「さあ。インターネットの掲示板か何かで情報を得たか、あるいは人伝に噂を聞いたのか。テレビ番組で取り上げられていたら僕が間違いなくチェックしますし、学術書の類もざっと調べてはみましたが類似する場所はヒットしませんでした。日本国内のどこか、ということだけは確実なんですがね」


 唇を指で拭い、客は「ただ」と呟く。


「ただ、何ですか」食い気味に問う霧音を、鷹のような鋭い目が見返す。


「ただ、そいつ最近免停を食らいまして。少なくとも自分で車を運転して行ったってことはないと思います。長旅になるとも聞いていないし、もしかすると案外近場かもしれないですね」


 行きはよいよい帰りは怖い……不気味なメロディが頭の中で流れる。それは危険を知らせるサインなのか、あるいは霧音を画像の場所へと誘う調べなのか。




 鷹野橋が店を出た後、霧音はうわの空状態で仕事をしていた。「ストレンジテイル」で働き始めて数年、甥の勤勉な仕事ぶりをずっと見ていた伯父の目に、その様子は奇妙に映ったことだろう。


「どうした霧音。心ここにあらず、って感じだな」


 客足が一時途絶えた夕刻、創一郎はカウンターでぼんやりと坐る霧音に声をかけた。店主の片腕はゆるゆると顔を上げ、無意識に前髪を指で梳く。


「そう、ですか。まだ正月気分が抜けていないのかも」


「仕事前、夢見が悪かったとか話していたな。悪夢にでも魘されたのか」


 伯父の指摘に言葉を詰まらせる。冷たい石室、壁や床に広がる無数の髑髏、読経のような不気味な声――少なくとも、あの夢は喜びとか幸福といったものとは無縁だった。むしろそこには、死の気配が充満していた。


 にもかかわらず単なる「悪夢」で片づけられないのは、やはり鷹野橋に見せられた画像の存在が大きい。あれを突き付けられた瞬間、霧音は自分と画像が目に見えない強固な糸で結びつけられたような不思議な感覚に陥った。運命、というよりも、宿命の糸と言うべきか。今では、神からのお告げのような夢だとさえ思える。


 言葉を選びあぐねていると、目の前に珈琲カップが音もなく差し出された。靄のような湯気が虚空まで上昇し、やがて幻のごとく消えていく。


「考えれば、先月からほとんど休みなく働き詰めだったものな。雇ったばかりのアルバイトの子も、急に来なくなったし。年末もずっとシフトに入ってくれて。疲れがたまっているんだろう」


 この一ヶ月、目が回るほど忙しかったことは事実である。秋頃から働き始めたアルバイトの女子大生は十二月に入ってから無断欠勤を繰り返すようになり、やがて連絡も途絶え姿を見せなくなった。その分の穴を霧音が必死に埋め、気付けば週一日の定休日以外ずっと店に出ずっぱりだったのだ。


 だが、霧音自身はそれをさほど苦にしていない。「ストレンジテイル」は、霧音にとって居心地の良い空間である。気心の知れた店主、店を訪れる風変りな客、その客が持ち込む不可思議な謎。それらは自分という異種を受け入れ、この世に馴染ませてくれる。霧音は、己れが世にいう「普通」の存在では決してないことを理解していた。そんな自分でも、違和感を抱かず自然に振る舞える場所がある。それがどれほど有難いことか。多忙による疲れなど、精神的な窮屈さに比べれば何のこともないのだ。


「俺も、身内だからお前に甘えていたところがあった。休みたければ遠慮なく言えよ、霧音。もちろん、ほかのことでも何かあれば気軽に話してくれていいんだぞ」


 幼少期から見えていた黒い「何か」については、ぼんやりとだが伯父に話していた。もともと作家業を営んでいた彼は、常識では理解し難い物事も柔軟な視点で捉える性分である。さらに、甥のことは殊更気にかけている節があり、だから霧音も自身の特殊な性質――多重人格のことや、異常なものが「見える」ことなど――を素直に打ち明けられたのだ。


 しかし、カタコンベの夢や今朝の僧侶のことはまだ告白していない。仮に霧音が「画像の場所に行ってみようと思う」と告げれば、伯父はそれを止めるだろう。伯父でなくとも、写真のような気味の悪い場所に足を運ぼうとすれば誰だって反対するに違いない。それでも霧音は行かなければならないのだ。誰が猛反対しようとも、身を挺して引き留められようとも。


 カウンター越しに注がれる心配そうな視線を、正面から受け止める。


「ありがとう。もし休暇を取りたくなったら相談させてください」


 チリリン、とベルの音が響き、若い男女のカップルが転がるように入店した。霧音はさっと立ち上がり、営業スマイルを浮かべながら客をソファ席に案内する。マスターが無音だった店内に音楽をかけ、ハスキーボイスの女性がスローテンポで歌詞を口ずさみ始めた。どこの国の言葉かもわからないのに、ノスタルジックな旋律が霧音の耳には心地よかった。

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