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ミステリーリレー小説2021『カガミの呪い』  作者: ミステリーリレー小説2021「ホラー×ミステリー」参加者一同
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第10話 壊された日常 (真波馨)

 朝の都内をすいすいと進むバイクに揺られながら、霧音はすれ違う人たちをぼんやり眺めていた。

 スーツの上からコートを羽織った男性は、これから仕事に行くのだろう。真冬日にも関わらずミニスカートにブーツの女性は、仕事人よりも大学生の風体でだ。薄手のコートを肩にひっかけ、真っ赤な口紅を引いた妙齢の女はいかにもホステスらしい雰囲気を纏っている。路肩に停車したトラックから、宅配業者のユニフォームを着た青年が降りた。それぞれが、今日という新しい一日を迎えている。本来ならば、霧音だって『ストレンジテイル』に出勤するため布団から這い出す時刻だ。だが……。

 アパートの自室で、異形と化した鷹野橋。あれと対面した瞬間、霧音の平穏な日常は奪われた。あまりに無残な形で。

 バイクが赤信号にかかり停車する。高層ビルの合間からのぞく青空を見上げ、霧音は先ほど幽玄と交わした会話を思い返した。



「――連れていってほしい場所があります」

 霧音は、端正な顔立ちの坊主を真っ直ぐ見据えた。人気のない朝の駐車場に、袈裟姿の美形なお坊さんと女装男子が向かいあっている。傍らには厳ついバイク。一見するとチグハグな構図だ。

「M街にある、カタコンベです」

 相手はすっと目を細め、無言で先を促す。

「M街の墓所なんです。どうしてそんなところに、と思われるかもしれませんが……詳しいことは後々お話します。自分も今、頭の中が混乱していて。考えを整理する時間がほしいんです。もちろん無理にとは言いません。もともと一人で行くつもりでしたから。でも、さっきの暴漢のこともありますし、正直なところ味方がいるほうが心強くて。目的の場所にたどり着くまで誰にも邪魔されたくないんです」

「カタコンベの正確な位置は」

 霧音の話を黙って聞いていた僧が、短く問う。コートのポケットからスマートフォンを取り出し、地図を呼び出した。財布や通帳などの貴重品はすっかりアパートに置いてきてしまったが、幸いにもスマホだけはいつもの癖で無意識に持ち出していたのだ。カタコンベの場所は『ストレンジテイル』で出会った環稀から教えてもらっていた。

「ここですね。バイクならそう遠くない」

 地図を確認した僧は何か考え込むように顎に手を当て黙り込んでいたが、不意に顔を上げると「失礼」と告げて袈裟からスマートフォンを取り出した。お坊さんと文明の機器という組み合わせがミスマッチで、霧音は思わず含み笑いをしてしまう。電話はすぐに終わった。顔を引き締めた霧音に向かって、若い僧は一言。

「あなたの頼み事、この悠玄がしかと引き受けました」

 出会ってから初めて、微笑みを見せた。



「M街のカタコンベについては、私も小耳に挟んだことがあります」

 悠玄と名乗った彼は、コンビニのおにぎりの包装を几帳面な手つきで解いている。ブランコに腰かけた霧音も、タマゴサンドのフィルムを剥がす。二人は、人も疎らな公園で朝食を摂っていた。今朝から何も口にしていないと告げた霧音に、僧は「腹が減っては戦はできぬ」と食事を勧めてくれたのだ。

「詳細は把握しておりませんが、たしかS市にあるカタコンベと非常に似ているのだとか。私個人の意見としては、M街のカタコンベはS市のものを模倣して造られたのではないかと思います」

「ちょ、ちょっと待ってください。今、S市と言いました?」

 タマゴサンドを口に入れかけて、霧音は手を止める。あまりの動揺に、ブランコから尻を浮かしたくらいだ。ブランコを囲むパイプ柵に腰かけていた僧は、

「ええ。それが何か」

「S市にも、カタコンベが存在するのですか」

 たどたどしい口調の霧音に、悠玄は頷き返す。

「S市にあるカタコンベは、M街のそれよりもかなり以前から存在していると聞いています。ですから、M街のカタコンベはS市のものを模したのではないかと」

 サンドウィッチを膝に置き、霧音は今の会話と自分が持ち合わせている情報をすり合わせる。

 S市といえば、鷹野橋の知り合いである考古学者が在住している地域だ。それに、未だ見つかっていない行方不明者もS市の山中が最後の足取りである。そのS市に、M街と同様のカタコンベが存在する……否、悠玄の話によれば、先にS市のカタコンベが存在しており、それを真似てM街のカタコンベが新たに誕生したらしい。さらにM街には、環稀が目撃した女のことがある。霧音によく似た外見の、若い女。カタコンベに侵入した後、彼女はどうなったのだろう。

 そこまで思考を巡らせた霧音は、はたと思い立った。

「そうだ。悠玄さん、M街のカタコンベに行く前に訪ねたいところがあります」

「お安い御用です。どちらへ?」

 霧音は、タマゴサンドをホットコーヒーで胃に流し込む。

「同じM街にある『レイニーサウンド』というカフェです。そこへ行って、たしかめなければならないことがある」



 カフェ『レイニーサウンド』は、店内の窓がステンドグラスになっているレトロな喫茶店だ。出入口の扉を押し開けると、テナーサックスの音とコーヒーの芳醇な香りに出迎えられる。まだ朝の九時過ぎで開店直後ということもあり、店内に客の姿はない。霧音は素早く店の中を見渡し、目的の人物を見つけた。

 黒いエプロンを身に着けた男性が、カウンターの奥でせっせとコーヒーカップを磨いている。縮れた髪を首元で緩くまとめ、無精ひげを生やした顔には一切の贅肉がない。頬など肉がそぎ落とされたようにこけていた。丸眼鏡をかけひょろりと背が高く、カウンター越しに上半身がにゅっとつき出ている。志乃河創一郎とは随分毛色が違うが、彼が『レイニーサウンド』の店主だろう。霧音は、背後に控えている若い僧に視線を送る。坊主頭が小さく縦に動いたのを合図に、「あの」と声を張り上げた。

 マスターらしき男が、ゆるりと首を巡らせる。霧音と視線が交錯した瞬間、その双眸が大きく見開かれた。髭に埋もれた口もあんぐりと開いている。驚きに満ちたその表情を見て、確信した。やはりここにはいたのだ。志乃河霧音にそっくりの見た目をした女が。

「あの、朝早くからすみません。ちょっとお尋ねしたいことがあって」

「は、はあ。一体何でしょうか」

 少し擦れたような、独特の声が返ってくる。ぱっと聞いただけではどうにも頼りない印象だ。

「ここに勤めている女性のことでお話を聞きたいのですが……ぼ、いや私の妹かもしれない子なんです」

 僕、と言いそうになったのを寸でのところで回避する。代わりに出まかせの嘘が口から飛び出した。自分にそっくりの見た目ならば、妹と偽ったほうが情報を引き出しやすいかもしれない。霧音の作戦は成功した。店主と思しき男はカップをカウンターに置くと、向かいの席を手で示す。

「どうぞ、こちらに。お急ぎの予定は? そうですか。では、コーヒーを飲みながらゆっくりと。そのための空間ですからね、ここは」

 エプロンの胸元で、「Utagawa」と刻まれたネームプレートが店の照明に反射してキラリと光った。

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