平和な乙女ゲームに転生しました
本文僅かに改稿しました。
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この世界で生まれてから、知らない世界の夢をよく観ていた。夢の中で私は、平凡な人生を歩み老衰で死んだ。幸せだけど、切ない夢。
夢の私は、記憶ではない。むしろ記録だ。夢の中の私は、今の私とは全くの別人だ。この夢のことは誰にも話さず、大切にしていた。
特に理由はないのだが、誰かに話したいと思えなかったのだ。
私が7歳になった頃、従兄弟が養子に来た。男子血族相続の社会で男の子が出来ない我が筆頭魔法伯レンドール家は、跡継ぎを迎え入れたのである。ふんわりとした茶色の髪に翡翠の瞳が愛らしい。
「レスリー、マーロンだ。マーロン、レスリーだ。仲良くな」
「よろしく」
「お兄様なのね!」
「そうだね」
従兄弟は遠方の人だったので、この日初めて会った。男の子ばかり8人いる叔母の家から来てくれた。
我が家は母の体が弱く、子供は私だけ。屋敷をあげて大歓迎である。
マーロンは反抗期手前の9歳だ。歓迎されて照れている。
(あれ?このシーン、夢で観た?)
レンドールは、魔物の育成で名を馳せた古参貴族である。風光明媚な田舎領地で楽しく暮らす。
夢の中の私は、四角い箱のような建物に住んでいた。あちらの世界の夢ばかりを観るわけではない。普段はこちらの世界の夢を見る時と、あちらの世界を夢に見る時は、別々だ。
だがたまに夢の中で、こちらで言えば魔鏡に当たる四角い道具で、あちらの私がこちらの世界を覗いていることがあるのだ。道具は、スマホと呼ばれている。私達の世界の様子は、乙女ゲームと呼ばれるシステムで閲覧できるみたい。
「ねえねえ、これ、やってみ?」
夢の私は初めて買って貰ったスマホで、友達に薦められた乙女ゲームをやってみた。そのゲームは平和過ぎて人気がなかったが、友達は嵌まっていた。
「生活ゲーム大好き~。ほのぼの最高」
彼女は嬉しそうに言っていた。この友人は、趣味で小説を書いている。彼女の書くものは、殺伐とした世界観だ。ほのぼの要素は微塵もない。
一方このゲームは、略奪なし、戦闘なし、ほのぼのした日常エピソードだけで進む。起伏の無いストーリー。魔物はいるが、その全てが害獣とは言えない。狂暴な魔物は、現実世界の猛獣とおなじだ。
魔は、魔法の魔。素敵なほうの魔法の魔。凶悪な悪魔の魔ではない。
ストーリーが進むにつれ、攻略対象が脱落して行く。脱落者のサインは、彼等に恋人や婚約者ができること。
逆ハーなし、全員友情エンドあり(誰も好きな人すらいない)。
まだまだ恋よりしたいことがあるお年頃、というわけだ。
イラストも声優も、私にはよく解らない。ネットでは、中堅くらいの微妙な顔ぶれだ、と評価されていた。
そもそもゲームをあまりしないので、適当に進めた私は、偶然隠しキャラルートとやらで終わった。
(マーロン・レンドール。筆頭魔法伯家の跡取り息子。王立魔法学園第一学年のサマーパーティーで特定のドレスを選び、かつ、誰の誘いも受けないと出てくる隠しキャラ。選べるドレス候補はランダム。マーロン出現条件のドレスが出るかは、運次第だ)
何を隠そう、私が、偶然エンディングを見たルートである。友達に話したら、興奮して解説してくれたっけ。義理の妹レスリーは、マーロンが養子にやって来たこの場面だけに登場していた。
その世界に生まれてしまった。それに気付いた7歳の私は、子供らしい喜びで、すんなり受け入れた。
物語の世界に生まれ変わるなんて、素敵じゃない?前世がある、しかも異世界!子供にとって、そんなワクワクする体験はまたとない。
乙女ゲーム世界への転生は、夢の中で、友達が趣味の小説に書いていた。夢の私は、まさか自分の身に起こるとは、思っていなかった。
(ヒロインちゃんが、お嫁入りしてくれても楽しそうだけど、そうでなくても、我が家に影響ないのよね)
なにしろ、平和な乙女ゲームである。ひたすら平和な世界なのだ。悪役等は存在しない。友達が書いていた小説には、よく没落やら処刑やらが出てきた。そんな世界でなくてよかった。
(適当に進めたから、マーロンお兄様の性格とかも、全然覚えてないわ)
まあ、極端な行動をしない限りは、険悪にならないだろう。
(私は、特にしなきゃいけない行動なんかないわよね)
この世界で、レスリー・レンドールとして、今まで通り生きて行く。7歳のこの時に決めて、何事もなく15歳を迎えた。
そして、そのままゲーム時間がスタートした。
マーロンお兄様は、ヒロインの2才歳上。つまり、ヒロインは私と同い年だ。ヒロインと同時に王立魔法学園に入学した私だが、彼女とは全く接点がない。
ヒロインや攻略対象達は、派手なグループにいる。王子様や、高位貴族の嫡男達の一派だ。
ヒロインは、男女共に人気がある。可愛くて、成績が良くて、性格も良い。
一方私は、古参貴族の娘とはいえ、成績はそこそこ。容姿もそこそこ。家業の魔物育成も、跡取りではないのでそこそこ。
お兄様は隠しキャラなので、今のところヒロイングループではない。
運命の分かれ道、1年生のサマーパーティーでも、お兄様とヒロインは出会わなかった。ヒロインちゃんは、魔法騎士団に内定している2年生の天才君と参加したのだ。
(派手グループの恋愛模様とか、興味ないしな)
それきり、ヒロインちゃんの動向も気にならなくなった。
その後は似たような境遇の友達とそこそこ楽しい学園生活を終えて、兄の友人と婚約した。
休みの度に遊びに来ていたその人とは、自然に仲良くなって行った。彼は有害魔物の駆除が仕事の家系で、魔物の生態を学びに来たのがきっかけだ。
「レスリー、友達のグレッグだ。グレッグ、妹」
「初めまして、レスリーさん。第三等討伐候家嫡男グレッグ・ロチェスターです」
「初めまして、グレッグさん。レスリーです」
兄とグレッグは、そのまま兄の部屋に行ってしまった。
暫くは、そんな感じで挨拶だけしていた。だが、何回目かの訪問で偶々会話をする機会に恵まれた。私が庭で花を眺めていると、2人が賑やかに出てきたのだ。
「あ、お茶菓子指定するのわすれた」
「何か良いのあんのか?」
「うん。こないだ、スレート通りの何だったか言う店で、お前が好きそうなの買ったんだよ」
「ドライフルーツ屋か?」
「そう」
スレート通りのドライフルーツ屋さんは、近頃ご令嬢方に大人気である。意中の人を射止めようと、連日若い殿方で賑わっているらしい。思春期のお嬢さんの気を引きたい父様方や、夫婦喧嘩後の旦那様方も居そうだ。
野暮天の兄は男性も多い店内を見て、普通にファミリー向けの食品店とでも思ったのだろう。
マーロンお兄様は時々、そうしたお洒落なお店でお土産を買ってきてくれる。しかし彼は、お洒落だと気付かず、市場の屋台ぐらいの気安さで買ってくるのだ。
「なんだか混んでたけど、うまそうだよ」
などと、平気な顔で渡してくれるのだ。どこかずれている。学園時代、家柄があり、成績も容姿も優れたお兄様は、モテなかった。それは、痒いところをさらにムズムズさせるような、このずれた性格のせいだろう。
「あそこのドライレモン、旨いんだよなあ」
「お前、レモンなら何でも好きだろ」
「何でもじゃない」
「レスリー、お前も食う?」
「ありがとうございます、お兄様」
「じゃ、ちょっと言ってくる」
兄がドライフルーツを出すように言おうと立ち去り、私達は少し気まずかった。挨拶以外の会話をしたことがないのだ。こちらから話しかけて良いものか、とお互いに様子を伺い合ってしまう。
「レスリーさんも、レモン好きですか?」
結局、目上に当たるグレッグが先に話しかけてくれた。気さくで常識的なグレッグは無難な話題で切り出す。私も穏やかに答える。
「はい。砂糖がけのドライフルーツを、お紅茶に浮かべるのが好きなんです。レモンとオレンジが特に美味しいです」
「へえ、紅茶に。僕もやってみよう」
「是非」
そうしてドライフルーツの話をしているうちに、兄が戻ってきた。兄も加わり、初めて3人で話すことになった。自然な流れでガーデンセットのテーブルを囲み、お茶も一緒にいただいた。
「ん!これはいいね。レスリーさん、教えてくれてありがとう」
ドライレモンには数種類あった。私は、そのうちで、酸味が強い品種のスライスタイプを紅茶に浮かべていた。それには、うっすらと砂糖が膜を作っている。徐々に香りと味が紅茶に溶けて美味しい。
グレッグも真似をして気に入ったようだ。
その日から、グレッグが来ると3人でお茶のテーブルを囲む事が増えた。次第に兄のついでばかりでは無くなっていった。誕生日プレゼントをいただいたり、お返しをしたり。お祭りに誘われたり。
出会って1年後、2人きりで最近話題の庭園を散策していたときのこと。グレッグが、ふと足を止めた。私もつられて立ち止まる。
「レスリー、結婚しよう」
グレッグは、率直な殿方だった。回りくどい表現も、ロマンチックな演出もない。
「はい、よろしくお願い致します」
私には、それがとても好ましかった。
兄も、仕事で知り合った真面目な令嬢と幸せな家庭を築いている。筆頭魔法伯などという肩書きの為、定期的に王宮会議へ出掛けるが、事件もなく淡々としているようだ。
そうして私は、全く波風立たない二度目の人生を終えた。
(もし、もう一度別の世界で生きるとしても、やっぱり平和な人生がいいなあ)
手に汗握る冒険も、血沸き肉踊る活劇も、お話だからこそ楽しめる。その中に飛び込みたいとは思わない。恋愛戦争も、面倒だ。まして、命のやり取りがあるような、大ロマンスなんて、願い下げである。
人生、平和が一番なのだ。
お読み下さりありがとうございます
R2/10/10
日間総合88位
異世界転生・転位恋愛では9位
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