たとえ雨の日が好きだとしても
あなたが好きな天気はなんですか?
私は雨が好きです。雨の日特有のなんとも言えない匂いと、くすんだ色味に見える景色が好きなんです。服が濡れるから嫌だと言う人もいますが、私は特に気になりません。レインブーツも好きなので、雨の日はつい歩いて出かけたくなります。今日のお話はそんな雨の日のお話です。
初めに変だなと思ったのは梅雨のある日、仕事帰りに最寄駅から家に向かって歩いている時でした。雨の中、傘をさしながらレインブーツで水溜りを避けずに歩いていると、ふと視線を感じました。最初は「いい年した大人が水溜りで遊ぶなんて」と、変な目で見られているんだと思って無視していました。
おかしいと思ったのは家の近くのコンビニの前を通った時です。コンビニのガラス壁に映った私のすぐ後ろに誰かがいました。
身の危険を感じた私は、慌ててコンビニの中に飛び込みました。誰がついてきていたのか確認しようとコンビニに入ってすぐ振り返ると、そこには誰もいませんでした。何も買わずにコンビニを出るのは気が引けたので、私はポテトチップスと缶酎ハイを買って帰りました。
次におかしいと感じたのはそれから二週間ほどした雨の日です。その日は土曜日で、近くのスーパーに買い物に行きました。
シャツワンピースにスキニーデニム、レインブーツという私のお気に入りコーデ。好きなコーデをした結果、とても気分が良かったので帰りに少し遠回りをしてケーキ屋さんに寄ることにしました。
ケーキ屋さんでシュークリームにするか、季節限定のタルトを買うか悩んでいると、誰かに見つめられている気がしました。視線を感じてふと下を見ると、お母さんと手を繋いだ小さな女の子が不思議そうな顔で私を見ていました。
ちょっと恥ずかしかったけれど、私は女の子がとてもかわいかったので笑いかけてしまいました。すると、女の子は少しもじもじしながら何か言いました。
「お姉ちゃんをずっと見てるあの人だれ?」
「え?」
「お店の外にお姉ちゃんのことずっと見てる人がいるよ」
私はびっくりしてすぐに店の外を見ましたが、外には誰もいませんでした。
「こら、変なこと言うんじゃないの。すみませんうちの子が」
お母さんが申し訳なさそうに私に謝りました。
「うそじゃないもん。まっくろの人がいたんだんもん」
女の子はふくれっつらで文句を言いましたが、お母さんに手を引かれてお店を出ていきました。ケーキなんて買う気分ではなくなりましたが、何も買わないのも嫌だったので、私は季節限定タルトを二つ、旦那と私の分を買って帰りました。
さらに三日後、また雨が降りました。雨の日に変な事が続いたので、その日は流石にあまり嬉しくありませんでした。
朝、仕事に向かう時、駅まで旦那と一緒に歩きました。朝で明るいのと、側に旦那がいる事で私は安心して歩く事ができました。もちろん誰かの視線を感じることはありませんでした。
「ごめん、急な案件が入ったから帰るの遅くなる」
旦那から夕方にLINEが来たため、仕事が早く終わった私は先に帰ることにしました。
私と旦那は同じ会社で働いています。私は人事部で採用を、旦那は営業部で飛び込み営業をしています。一緒に帰れると思っていたので急に不安になった私は、気分が沈みました。
雨は朝から一日中降り続けていて止む気配がありませんでした。家の最寄駅に着き、駅前のドラッグストアで少し時間を潰してみましたが雨は降り続けていました。私は諦めて雨の中一人で帰ることにしました。
私の家は駅からゆっくり歩いて十五分のところにあります。私はせっかくの雨の日の帰り道なのに全く楽しくありませんでした。いつもなら楽しくてあっという間なのにその日はやけに長く感じました。
近所のコンビニを通過し、家まであと二、三分というところで急に悪寒がしました。そして、その途端すぐ後ろから足音が聞こえるようになったのです。
ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、
まるで石を地面に打ち付けるような低い足音が私の後ろをついてきました。私は恐怖のあまり振り返ることもできず、走って家に帰りました。
私は旦那と五階建ての賃貸マンションの四階に住んでいます。私たちが住むマンションは古く、階段は一つしかありません。私は泣きそうになりながら四階までの階段を駆け上がり、大慌てで家に飛び込みました。
ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ
私がドアに鍵をかけるとすぐに足音は家の前まで追ってきました。私は急いで家の奥に逃げました。
ガチャ
足音がドアの前まで迫ってから三分ほど経った時、家の中に鍵が開く音が響きました。リビングにいた私は想定外の出来事に思考が停止しました。
「おーい、大丈夫か?」
家に入ってきたのは旦那でした。
「え、なんで?」
私は状況が理解できずにいました。
「いや、朝珍しく雨の日に一人で歩くのが嫌だとか言ってたから、心配になってさ。会社でしかできない所だけ済まして、追いかけたんだよ」
「あ、そうだったんだ。ごめんなさい、ありがとう」
私は旦那の優しさと恐怖から解放されたことで、思わず泣きそうになりました。
「そんなことよりコンビニの近くで前にいるのが見えたから追いつこうと思ったんだけど、急に走り出したから驚いちゃった。何かあった? あと、ドアの前びしょ濡れだけど何かした?」
「え?」
私は玄関に行き恐る恐るドアを開けました。すると、何故か我が家のドアの前だけに水溜りができていました。私が帰った時にはなかったのに。
私はついさっきの出来事を旦那に説明しました。しかし、私の後ろには誰もいなかったと言われ、あまり信じてもらえませんでした。私は訳が分からなくなりその日を境に雨の日が嫌いになりました。
ここまで私の話を読んでくださりありがとうございます。ごめんなさい、私は嘘をつきました。これは私の体験談ではありません。
この話は去年の夏、大学生の頃からの友だちに相談された話です。「最近雨の日が怖い」と彼女は少しやつれた顔で話してくれました。
雨の日が好きだと言っていた彼女がそんなことを言うなんて、私には信じられませんでした。因みに私は服が濡れるので雨の日はもともと嫌いです。
私は後悔しています。彼女が相談してくれた時、もっと真剣に聞いてあげれば良かったと。彼女は私にこの話をした二週間後、姿を消しました。彼女が姿を消した日はやはり雨の日でした。
旦那さんは捜索願を出しましたが、まだなんの手掛かりも見つかっていないそうです。唯一分かっているのは、彼女が消えた日も彼女たち夫婦の家の前にだけ水溜りができていたことだけです。
今、私はこの話をすることが私ができるたった一つの償いだと思っています。彼女の話をちゃんと聞かなかったことに対する償いです。今回、彼女の事を自分の事のように話す事で、少しでも覚えてもらいやすくなるのではと思いこのような語り口をしました。
つい最近、雨の日に変な視線を感じるようになりました。初めは無視していましたが昨日、とうとう無視できなくなりました。私の住むアパートで私の部屋の前にだけ水溜りができていたんです。私は彼女から受けた相談を思い出さずにはいられませんでした。
もっとちゃんと彼女の話を聞いていれば良かったと思います。そうすれば彼女を助けられたかもしれないし、私もこんな状況にならなかったかもしれません。でも、もう何もかも手遅れです。
この話を最後まで読んでくださりありがとうございます。これは私にできる最後の注意喚起だとも思います。雨の日、一人で出歩く際は必ず気をつけてください。
まあ、何をどう気をつけたらいいのかわかりませんし、気を付けた所で無意味かもしれませんが。