表向き(大学編)
ヴァレッサと話し終わり部屋から出たルカリアは刺された右手より右目を気にした。
窓ガラスを見て自分の姿を見る。
“材料はいつものところへ?”
“そうだな。その前にーーー右目の調子はどうかな?授業は出られそうか?しかし床が血塗れになってしまったじゃないか…”
(あいつ…。)
正直、怪我より床の汚れが気になっていたヴァレッサを憎んだ。
「右手は…、大分調子よくなったな。」
神経問題なし、外傷問題なし。
ルカリアは手当てした包帯を剥ぎ取りゴミ箱へ捨てた。
右手は何もなかったように綺麗に完治されていた。
そして授業が始まる前に自分の教室へと向かった。
【ノーントライス大学・A棟最上階 3rdクラス】
ここノーントライス大学には建屋が5つある。
教師、職員が詰めている職員棟が1つ。
生徒達が学習しているA~D棟の4つ。
各棟への配属は入学時のテスト成績順で決められており、成績上位者から順にA棟、B棟、C棟、D棟に配属されている。
ちなみに各棟の配置だが...
職員棟を中心に、北にA棟、西にB棟、東にC棟、南にD棟、そしてD棟の南側に正門が設置されている。
そして私が所属しているのはA棟。
正門から1番遠い場所、更には棟の最上階である。
このA棟は、学習能力、身体能力、感性の全てが優れている生徒のみがいる棟。
厳しいテストを1ヶ月間受けて合格した者のみがここに集う。
コースは各階毎で分けられており、生徒は各自の希望に沿って受講するコースを決めることが出来る。
医療コース 4F
警官コース 5F
研究コース 6F
教授コース 7F
そしてルカリアが'強制的'に入れられたのは最上階7Fにある教授コースだ。
A棟生徒クラス全コース含め約40人規模。
A棟〜D棟までクラスが分けられているが、他と比べてA棟のクラスは人数が少ない。
ルカリアの教室は第3教室。
第1、第2教室は主に私達教授コースが使用する実習室となっている。
ルカリアの教室は、10人のみ集っている。
最上階に着いたルカリアは第3教室へ向かう。
「あ、おはよう。ルカリアさん」
教室へ向かう途中、同じクラスで黒髪のショートカットの女性“セレイ”が声かけて来た。
「おはよう」とルカリアは返して教室へ向かった。
「わからない問題があったの、調べてもどの書斎も載ってなくてネットも調べてもなかったの。殆どの問題ってインターネットで調べたら普通あるじゃない?うちの先生ったら自分で問題文作っているみたいね。困ったわ。」
セレイはあまり困ったようには見えない表情でそう言う。
「困ったな。」
「ルカリアさん先生と仲良いでしょう?何か聞いてないかな?。答え教えてもらわなかった?」
いったい彼女は何を言っているのだろうか。
それでは問題の意味が無いし、そもそも私があのヴァレッサ兄さんと仲が良い訳がない。
(先程拷問のような事されたしな、仲良い訳ない、何がリーダーとしての自覚だ…。)
私は不快だと言わんばかりに、ぶっきらぼうに答える。
「自分でやった。そして仲良くない。」
「そうなの?てっきり仲良いように見えちゃった。不快にさせてごめんなさい。」
セレイはそう心から申し訳なさそうにルカリアへ謝罪し教室のドアを開けてくれた。
「皆さん、おはようございます。」セレイがそういうと教室にいたクラス全員にバラバラにおはようと返してきた。
ルカリアも数人におはようと返した。
ルカリアの席は前から1番後ろの左る角、窓際。
セレイも同じでルカリアの隣の席だ。
(だいたい席決めなんてヴァレッサ兄さんのわけわからない決め方……)
ー1年前ー
“皆さん、入学おめでとうございます。皆さんそれぞれ席についていただきましたが、今日から今座っている席が貴方達の席になります。”
“(何だと!?じゃあこの隣の女…)”
ルカリアは右側にいる女性を見る。
“うふ…、ごめんなさいね、こちらに座ってしまって。よろしくね、私はセレイ・エルナージュって言うの。貴女の名前は?”
ーーーー
(と言う訳のわからないことになった…。)
1年経つが、皆よくのうのうと仲良くやれるものだと思う。
私にはわからない。
モノクロサーカス団にいて、確か数百年くらい経つ。
生まれて死んでいく。
先に死んでいく者は残った者に見守られ、息を引き取る事が幸福なのだろう。
しかし、残された者は果たしてどうだろうか…。
この人間関係もあと3年経てば消化される。
A棟クラスの生徒全員は100%就職する事ができる。
他の会社や警察、研究所などは必ずここの生徒を取るからだ。
それ故にその後の生活は問題ない。
よっぽどの事、それこそ犯罪さえ起こさなければ。
(犯罪を起こしたとしても足がつくような失敗をする連中ではない訳だが・・・。)
ここA棟の生徒であれば手を汚す事なく、駒を使ってバレないよう完全犯罪をしてみる事くらい造作もないだろう。
「ねえ、ルカリアさん。」
「何。」
考え事をしている時、急に呼ばれたのでルカリアはセレイに冷たく返事してしまった。
「右目…、まだ痛むの?」
「右目?…あぁ、まだ痛むな。」
「まだ痛むの?もう3ヶ月も経っているのよ?お医者様にはなんて言われているの?それに聞かなかったけどどうして怪我したの?」
セレイは探るようにルカリアへ問いかける。
(さすがにずっと眼帯していると怪しまれるか…。事故でナイフが目に刺さった?ガラスが目に入ってしばらくこのまま?あ、いいこと考えた。)
「…手術したんだよ。治ってたけど、視力が低下してた。視界もぼやけてて何も見えなかったんだ。」
「あ……。そうだったの?…ごめんなさい。心配したの、本当に。聞いたら困るかなと思ったの。」
どうやら怪しんでいた訳では無くセレイは心配していたようだ。見ればとても心配そうな表情をしている。
「いや、言わなかった私もだが…正直怪我のことで同情されても困る。何も聞かなくて正解。」
セレイはルカリアの右肩に触れ、少し不満げに言葉を紡ぐ。
「私達、友達じゃないの?」
「……学校の中だけな。卒業したら赤の他人になる。」
「私だけ?卒業しても私はルカリアさんとどこかで会えたとしても一緒に喫茶店とか言って話し合いたいんですけど。」
ルカリア黙った。
人間の感情が理解できず、自分が悪魔だから、友達も家族も当たり前のような時間を味わったことがない。
だから赤の他人と感じてしまう。
「……セレイは他に見合う人が沢山いる。私ではなくてもセレイならどこでもやれる。そして新たな出会いもある。私は一般的な奴と違って感覚が鈍っている。」
「ルカリアさん…」
人間は絶対に死ぬ。
もう団長は人間を復活しないだろう。
モノクロサーカス団の人数が揃ったからだそうだ。
だからセレイはこの先死ぬしかない宿命。
(人間同士の感情ってなんだろうな…。)
「……そうだ、噂、聞いてくれる?」
セレイは重くなった空気を振り払うように、話題を変えてルカリアに向けて話しかけた。
「噂?」
真剣にルカリアを見つめていた。
「気味悪い話なの、ルカリアさんにも話そうと思ったから。それに結構有名なのに知らないの?」
セレイによると、校内で結構騒がれてる噂らしい。
ここ2週間前B棟〜D棟の全生徒が毎日1人ずつ行方を晦ましているらしい。
対象は生徒男女。
先生方は問題ないらしい。何故生徒だけ狙われているのか原因不明。どのコースが狙われやすいかもわからないらしいが噂だから気にしないでと言われた。
「何でA棟クラスはいなくならないんだろうね。犯人はこの棟にいたりして?」
ルカリアは話をぼんやりと聞きながら外を眺めていた。
(正直、人間1人いなくなったって別に…)
「行方不明ねぇ…。」
返事のないルカリアに気を遣い、セレイは話をする事をやめた。
しかし、セレイは話を終わらせた後、返事もなく外を眺めているルカリアを物言いたげな表情で見つめていた。
セレイは一応友であるルカリアのことを心配して言ってみたのだ。
「………少しは、気にしてほしいわ。」
セレイはボソッと彼女に訴えた。
チャイムが鳴るーーー
皆一斉に席について待つ
みんなが席についた瞬間扉が開く。
ヴァレッサが教室に入りながら話す。
「おはよう、皆さん。ではこれからまず一限目、心理学の勉強始めます。皆さん予習はされましたか?では始めます。」
(このサディストが…いつか絶対右目の仕返ししてやる…。)
「では、昨日伝えた通り予習して頂いた範囲をやります。間違えても問題ありません。1つずつ、ゆっくり、皆さんと一緒に考えながら答えを探していきましょう。教材とノートを準備して下さい。」
(昨日やった予習か…。教材とノート…。)
ルカリアが教材とノートを準備しようとしていると…。
「ではルカリアさん、まず最初の部分について説明と答えをお願い致します。」
(はあ!?…あいつ…!!)
ルカリアはもちろん、他の生徒もまだ準備が出来ていない状況でヴァレッサはルカリアへ答弁を求める。
ヴァレッサは“ある意味”良い笑顔で私の方を見ているが…。
あの顔は早くしろってことだ…!!
生徒は答えられない者が大多数だから、最初の問題くらいお前が早く答えろってやつか!!
「…サディスト教師が。」
「ル、ルカリアさん…?どうしたの?」
セレイが私の方を見て苦笑いしている。
わかったか、これが仲良くない証拠だ。
「………。はい、先生。説明とお答え申し上げます。」
「お願いします。」
ルカリアはノートを手に取り、立って発言しようとしている。
ヴァレッサは表面上は爽やかな笑顔で、しかし瞳は愉しげな様子でルカリアの答弁を待っている。
「……。まず最初にこの問題は……。」
答弁の途中だかルカリアは言葉を止め、指先で右目の眼帯を触れる。
(なぜここまでおもちゃのように扱われなければいけないんだ…。)
今回の答弁もそうだか、この右目もそう。やっと治りかけていた事を知っていながら、護身用のナイフが一般のナイフに“誤って”紛れ込んでいただのと丸わかりの嘘を吐き、狙って苦痛を与え、再度右目を傷付けた。
確かに私に甘いところはあったのだろうが、ここまでやられる程の事か…?
モノクロサーカス団へ入って長い間年月が経っているが、これまでもずっとおもちゃのような扱いばかり…。
モノクロサーカス団2番目の古株だか、死神に加護を頂いただか知らないが、たかが元人間が…。
(くそ…仕返ししてやる…。)
ヴァレッサを見ると、笑顔を貼り付けたままこちらを見ている。
私は悪い微笑みを浮かべ、ヴァレッサを見つめ返す。
もちろんセレイは私の顔を見ている。
「どうしたの?ルカリアさん?」
ルカリアはノートを置いてヴァレッサを睨みつけた。
「……。」
「このサディスト教師!!貴方が作った文章問題は貴方の実経験上で書いているんだろう。素晴らしいじゃないか。人の感情が理解できない私でも、一緒に行動していたからとてもわかりやすい回答だったよ!!元人間の殺人鬼が!!」
生徒は何の事かと騒ぎヴァレッサを見る。
ヴァレッサはそれでも微笑んで、ルカリアだけを眺めている。
目は全く笑っていない。口だけ笑っている。
(さて…?どう出る?右目の仕返しだよ。兄さん。)
ルカリアもヴァレッサを眺めてこれからの行動をがどうなるかと楽しみながら、2人は睨み合った。