第六話 御剣充希 1
アイベン王国は三十年続いた飢饉によって治安が悪化していた。それは大陸全土でもいえることだが、アイベン王国は特にひどく、国民は食うにも困る生活を送り、その日食べる物さえ困る始末であり、アイベン王国全土では飢餓者が続出し多くの人が命を落とした。
パルス三世の対応は早かった。彼は税を今までよりも軽くし、王宮の資材を投げ売って金を作り、それを使い農業改革と当面の食料を確保し、それを食料が不足している地域に送った。
しかし、莫大な費用を投じた農業改革には時間がかかり、すぐには結果が出なかった。かわりに商人が今まで以上にアイベン王国に来るようになった。
その理由は、税を安くしたため、商売での利益を多く得ることができる事。
何より、アルベスタ―商会がアイベン王国・王都に支店を出したことが一番の要因だと言える。
アイベン王国には、ダンジョンや遺跡が他国に比べて多く点在している。そのためつられるようにして冒険者が集まるようになり、ダンジョンや迷宮から出土した商品を求めて商人がアイベン王国に集まり、その商人の護衛のために傭兵が求められるようになる。
金が動くところには必ずと言ってそれをかすめ取ろうとするやつらが現れる。金が動き人が動いている国がアイベン王国であり、大陸中の盗賊や海賊などがアイベン王国を主体に悪事を働いている事態に国王の頭痛の種は尽きない。
だが、今一番困っている人を探したのなら、今の状況に戸惑いながらも生きるために、必死になって大物を演じているのは彼くらいだろう。
「それで? お前がなんだって?」
スキンヘッドに筋骨隆々の男が腕組みをして、椅子に足を組んで座る小太りの男に威圧感バリバリの声で問いかけた。。
「ふん。平民風情が俺様にお前だと? 身の程をわきまえてその口を開け」
小太りの男は真っすぐにスキンヘッドの男を見ながら不敵に笑い、蔑んだ眼で男を見る。
「大きく出たな。オレの前でそんな口を叩いたのはお前で二人目だ」
「それは俺様もだ。お前のような脳みそのしわのないような猿と無駄な会話をしたのはこれが五度目だ。まあ、すべて血祭りにあげてやったがな」
口元に笑みを浮かべながらわえらっているが小太りの男の眼は一切笑っていない。こいつは本物の悪党だとスキンヘッドは直感した。
「ほう、これは大きく出たな。よくそんな態度で生き残れたな。だが、このビルダ・ボディ様の前では無意味よ。その化けの皮を一枚一枚そぎ落としてやろう」
「ぶふぅ! なんて名前だよ。最高だな! 犬の方がまだいい名前を付けられているぞ」
「その減らず口がいつまで叩けるか楽しみだ」
口元を引くつかせながらビルダは凶悪な笑みを浮かべて小太りの男を見下ろすのだった。
この奇妙な事態の始まりは今から一日と六時間前にさかのぼる――
小太りの男――御剣充希は、オタクである。詳しく言うなら不幸なオタクである。彼は自分の誕生日の日に発売される予定のゲームを買うために金をためて虎視眈々とその日を待ち望んだ。そして当日を迎える。
空は晴れ渡り、雲一つない蒼天であった。
「いよいよ今日か。待ちに待ちすぎて最終的に発売されないとかたまにあるから怖いんだよな。でも、いよいよ今日、十年ぶりに続編がプレイできるなんて嬉しすぎる!」
普段立たない洗面台の前で普段使わない整髪料で髪の毛を七三分けで固めた小太りの自分が鏡の前で決め顔を決めている。彼のテンションはとても高かった。それはもう、家族からしたらうざいくらいに。
「アニキ、うざい」
「うん。いつもの二割増しできもいな」
妹と弟もいつものテンションの彼を知っているので気味悪がっている。
「そういうなよ。某が楽しみにしていたゲームがついにようやく出るんだから」
「だからって、そんな決めていく?」
「そういうのはエチケットだろ? ほら、正装だし」
「高校の制服で学ラン着てるだけでしょ! まさかと思うけどアニキ、学校休むつもりじゃないよね?」
「ん? 何言ってんの当たり前じゃん」
「そうだよね(やすむわけないか。所詮ゲームだし)」
「あったりまえだろ(休むに決まってんだろ。十年ぶりの続編だぞ)」
「あ、僕はもう出るね。お兄ちゃんお姉ちゃんも遅れないようにね」
「はっ! やばい! 遅刻しちゃう」
ドタバタと音を立てながら出ていく二人を玄関先で見送った充希は玄関のカギをしめて家を後にした。
自転車をひたすら三十分漕ぎ、電車に揺られる事一時間、目的の駅に着いた。
「店が開くまで三十分か。コンビニで時間を潰すかな」
改札口を抜けて時計にちらりと視線を落とす。時刻は九時半。ゲーム屋が開くのが十時だ。ここはあえて並んで待つか、それとも開店してからゆるりと参るか迷うところではあったが、彼が選択したのは駅の近くのゲーム屋前で待つことよりも、横断歩道を渡った反対側にあるコンビニで時間を潰すことだった。
信号が青になり、横断歩道を歩いていると横断歩道の中ほどで異変を感じた。不思議な浮遊感に襲われたのだ。そして、オタクは叫んだ。
「ま、まさか。こんな大事な時に特殊召喚とは!!」
正しくは彼の足元――もっと正確に言うならば横断歩道を含めた直径二十メートルを超える広範囲な地盤の崩落が発生していた。その崩落に彼は巻き込まれたのだ。
当然朝ということもあり、人通りは多く、現場は騒然となった。
崩落に巻き込まれたと思われる三十人中二十九人は無事に救出された。だが、一人の行方不明者を出していた。
【行方不明者・御剣充希 十八歳】
崩落に巻き込まれた充希は、雨粒に打たれる感覚で目が覚めた。
「ここは――そうか、某は異世界召喚されたのか」
曇天の空の下。重く垂れ込んだ雨雲が大粒の雨粒となって大地に降り注いでいる。
彼は体を起こしあたりに視線をめぐらせた。視界に入るのはどこまでも続く荒野。荒廃した大地に雨粒が叩きつけられていた。
寝ていた場所は道路なのか、いくつもの幅の狭いタイヤの跡が残っていたり馬の蹄のような足跡も見て取れた。
「もし、ここが異世界なのなら、某は死んでしまうのでは?」
充希は自分の置かれている状況がすでに詰んでいることを悟ってしまっていた。
「だって、よく考えてみよう。異世界系の転移・転生系の主人公っていうのはさ、大体がおれつえええ!! か、何か特殊能力や特別な力・チートをさ授けられるじゃんよ! 某、神様にもましてや女神さまにさえ会えないままに異世界に放り込まれるとかただの拉致監禁だからね!! 召喚された勇者の出迎えに美少女か美女のお姫様がいないんですけど!!! 代わりに、びしょびしょなんですけど?! どうゆうことよーーーー!!!!!」
彼の叫び声が辺りに空しく響き渡った。
一通り叫び終わった充希は呼吸を整えながら、「取り敢えず生きねば」っと持ち物を確認していく。
バックの中には家の鍵、手帳・ボールペン、今朝かったペットボトルのお茶、スマホ・ソーラー充電器、モバイルバッテリー、ハンカチ、財布……
スマホの電波は圏外。
「これでどうやってチートを起こせって?」
しばし途方に暮れた充希だが、このまま雨に打たれていても風邪をひいてしまいそうな上、貴重な電化製品が壊れてしまう恐れがあったため、その場からの移動を始める。雨に打たれながらも、彼のその足取りは軽かった。