第五話 商会へ入会しました
下城したウェダは王都中心街にいた。
これから向かう場所はアーム大陸全土に支店を持つアルベスタ―商会。
この商会の扱う商品は日用品から迷宮からの出土物、魔物の素材やそれを加工した武器、武具。そして優れた人材の派遣だ。
戦争や護衛、用心棒に傭兵、魔物が相手の場合は冒険者が派遣される。
経理に長けた文官・商人の派遣など、人・物・金の三つがそろっている商会である。そんなアルベスタ―商会を人々は傭兵ギルドと呼んでいる。
ウェダはアルベスタ―商会の入り口を潜り、総合カウンターの前まで来ていた。
カウンターには三人の受付嬢が立っており、接客対応していない右端のカウンターの前に彼が立つと、事務作業の手を止めた受付嬢が顔を上げた。
「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件でしょうか?」
「商会への登録がしたいのだが」
「かしこまりました。では、この紙にお客様のお名前と年齢、職業などを記入してください。もし代筆が必要な場合はお申し出ください」
「わかった」
用紙を受け取ったウェダは必要事項をサラサラと記入していく。
識字率が平均的に高くないこの国で文字が書けて読めるということはかなり珍しい部類に入る。
(いいとこのお坊ちゃんか商人の子かな? 私もこんなかわいい感じの彼氏が欲しいわ)
受付嬢はショタコンの疑いが浮上した。
「これでいいのか?」
「はい。ではウェダ様。これから魔力量の測定を行いますので、これに手をお乗せください」
四角の台座に丸い球がついた機械がカウンターに置かれる。
ウェダは興味深そうに、魔力量測定機を眺めていた。生前この装置を扱ったことはなかったし、ウェダは自分の魔力量そのものを知らない。
だが、ここであえて言おう。彼は一〇〇回分の人生の経験値を受け継ぎここにいる。故に叩きだされる魔力量はとんでもない化け物じみた数字になる。
(俺の稲妻みたいな色で綺麗だな~)
【000,015】
「? 魔力総数が一五ってこと? でも、この玉の色は紫?)
魔力測定装置が示す魔力量そして魔力の質によって色が異なる。
最底辺が黒《E》・緑《D》・黄色《C》・橙《B》・赤《A》・紫《S》となっている。これは装置の故障だろうと思った受付嬢は予備の測定機を取り出す。
「すみませんウェダ様。どうも故障しているようなので、こちらでもう一度計りなおさせていただけませんか?」
「そうなのか。わかった。同じように手をのせるぞ」
結果は先程と変わらず数値は【000,015】色は紫と測定機は表示する。
変わらない結果に受付嬢は戸惑いながらも笑顔を作り、笑ってごまかした。
「は、はいでは魔力測定装置から検出された魔力をもとに商会カードを作成しますので少々お待ちください」
(魔力量S・魔力の質S・魔力測定装置の色は紫……やっぱりおかしいよ)
受付嬢は、これまでに見たことのなかった装置の異常と色合いに戸惑いつつも商会カードの作成と登録を済ませた。
「ウェダ様お待たせいたしました。商会カードでございます」
受付嬢がトレーにおいて持ってきた鉄プレートの商会カードを受け取る。
「ウェダ様は当商会のシステムについてはご存じでしょうか?」
「いや、よく知らないから教えてくれるか?」
「はいそれでは――」
商会プレートにもランクが存在する。
最底辺・登録時は鉄《D》・銅《C》・黄銅《B》・銀《A》・金《S》と順調に依頼をこなしていけば銀までは実力さえあれば上り詰められるようになっている。が、金となると国王と商会長の証印が必要になるため、各段に難易度が跳ね上がるからだ。
傭兵または冒険者として仕事を始める場合。
毎朝七時に依頼書をロビーにある掲示板に張りだされるので、早いうちに来ないと金回りのいい依頼などはなくなってしまうので注意しなければならないが、それと別に指名依頼がランクを上げていくと依頼されるようになる。
「誰か、アイツを――あのくそ野郎どもを殺してくれ!!」
声がした方を向くと、商会の入り口にボサボサ髪に血みどろの服を着た男が倒れていた。そんな身なりだが、彼の眼は復讐に燃えていた。
「テドロさん!!」
説明を続けていた受付嬢が血相を変えてボロボロの男に駆け寄る。それにつられるようにして数人のスタッフが彼のもとへ駆け寄る。
「テドロさん! ひどい怪我――何があったの?! それに、ミーシャちゃんは?」
「商隊が盗賊に襲われて全滅した。その上、女子供もミーシャは奴らに攫われた」
「そ、そんな!」
「ビルダだ、ビルダ・ボディ――奴を殺してくれ! ここに金貨六千枚ある。俺の全財産だ! ビルダを殺し、娘を救い出してくれ! ビルダの生死は問わない‼」
その他にも掲示板には賞金首も張り出される。似顔絵付きの手配書には生死は問わずか生け捕りかを設定でき、その下に懸賞金が記載されている。この懸賞金はその犯罪者を殺したい者が金を出して懸賞金の額を上げていく。中には金貨一千万枚を超える賞金首までいる。罪状は色々とあるが多いもので盗賊行為、殺人、暴行、強姦、横領、海賊行為などになる。
鬼気迫る彼の訴えにも商会内に居た傭兵や冒険者は冷ややかだった。
誰もが聞かないふりをしていた。
「よりにもよってビルダか、運がなかったなテドロのおっさん」
「今の状態でビルダはきついな。手下が二百とか三百とか言われている大型の盗賊団だぞ」
「娘っ子は奴隷として他国に売られっちまうのかー。いいこだったけど、ビルダならしかたねえよ」
「今の時点でも金貨五千枚越えの賞金首だぞ。いくら王都でも受けるやついるのかその依頼?」
「頼む! 誰でもいい、娘を助けてくれ!!」
テドロは商会内に響くほど大きな声で呼びかけた。命、魂を揺さぶる彼の絶叫にウェダはその口元に笑みを浮かべた。
「誰でもいいのならその依頼。俺が受けよう」
ウェダはテドロのもとへと歩みよりる。
商会内に居る誰もがウェダを見ていた。ある者はあきれ顔、賭けをし始める者、面白いやつが現れたと喜ぶ者、あざ笑う者と差異はあれど誰もがウェダを見ていた。
ウェダは膝を折り彼の手を握った。
「アンタは?」
「俺か? 俺はウェダ今さっき登録したばかりだが、腕には自信がある」
「自信だけで名乗りを上げられても正直迷惑だ! これは遊びじゃない! 命がかかっているんだ! 邪魔しないでくれ!! 誰か! 誰か、いないか!!!!」
「自信だけ……か。まあそうか、そうだよな。ならおっさん、アンタが襲われた場所を教えろ」
「そんなことを聞いてどうするって――」
「じゃなきゃ助けに行けねぇだろうが」
「……ここから半日のマブィリア街道だ」
「ああ、あそこか。おっさんは安心して寝てろ、俺は約束は守る男だ」
バチバチと体中から稲妻が迸り、全身を紫色に染め上げる。
内包する魔力と大気中に漂うマナを練り合わせ体にまとう。雷の鎧を着た男がそこに立っていた。
その姿に商会内に漂っていた嘲笑うような視線は掻き消えた。
「お嬢さん。おっさんの事を頼む」
「え? え? ウェダ様?」
「ちょっくら行ってくる」
そう言い残すが早いか、彼は目の前から掻き消えた。
「彼は今日商会登録したのかい?」
金髪のショートヘア―の男が立っていた。ただ普通の人間と違うところは耳が長いということだろう。
「しょ、商会長! は、はい。そうです。たった今です」
騒ぎを聞きつけて奥の商会長室から出てきたのは、このアイベン支社の商会長だった。
「そうか。面白いのが入ったね~」
商会長は子供のような笑顔でそうつぶやく。その子供のような笑顔に周りはドン引きした。彼が楽しそうに笑うときはたいていろくな事がないからだ。