第三話 こうして俺は101回目の人生へと旅立った
ウェダが家督を譲り、大部分の引き継ぎを終わらせた彼は精霊との約束を果たすために近衛騎士団第一師団を率いて東の泉に向かうべく王都を発った。王都から泉までは大体八日の道のりである。
精霊の森へと続く道を赤い鎧を纏う騎士の1団がさっそうと進む。
空高く掲げられ風によりは揺らめく軍旗。
赤地に黒装束の死神が剣と天秤を持ち微笑を浮かべる禍々しき紋章こそ、ウェダ・ボルト-ルの軍旗である。
この旗には二つの意味がある、それは降伏か殲滅か。単純だが絶大な効果をもたらす旗であった。俗に殲滅旗と呼ばれ諸外国並びに王国内でも恐れられている旗である。
「ウェダ将軍」
「どうした? アクラ」
アクラ・ベイルネ 歳の頃は五十。 ウェダが率いる騎士団の副団長、騎士団の中でも古参の騎士である。ウェダの子供達とも幾度となく戦場で肩を並べ、時には背中を預け、時にはその身を体してまで彼らを守ってきた。ウェダの右腕的な存在であり歴戦の戦友である。
「いえ大したことではないのですが……」
「言いたいことは大体わかる。王があっさり送り出した事だろ?」
「はい。あんなにも精霊の剣を返すことを拒んでおられた。それが約束の日になってみたら……」
『精霊の剣はウェダ将軍の申し出通り、精霊に返すとしよう。我も血を見たいわけではない』
「まあ、十中八九何かしら企んでいるのだろうよ」
「ええ、気を引き締めて掛からせていただきます」
だが、二人の予想はいい方に外れる。ウェダの率いる一団は何事もないまま七日目の夜を迎えた。
ウェダは一人空を見上げた。行く億万の星が闇夜を彩り、大きく丸い月が二つ仲良く夜空を照らす。
明日には精霊の森に入り、精霊の泉に剣を返せばウェダの役目は終わる。
「思えば、長い道のであった。多くの人を殺し、私自身も多くを失いすぎた。もう、潮時であろう。老兵は死なずただ去るのみ――か、お前の言っていた軍人の言葉を思い出したよ。ツカモト」
星がキラリと流れ落ちる。関を切ったかのように数えきれない程大量の星が落ちていく。
「これが、お前が言っていた流星群とかいう現象か。うむ、なんとも美しいではないか。お前にも……見せてやりたかったな」
ウェダは旧友であり異世界からやってきたと嘯いていた男を思い出していた。髪は黒く土色の瞳をしており平たい顔に太っており少しおかしな口調。軟弱物ですぐ落ち込むのがたまに傷だがそれでもアイツはこの軍の最高の軍師であった。
「お前と目指していた平和な世とはいまだ程遠い。だがな、確かに前進しているよ。だから――」
グザリ!!
ウェダは焼ける痛みの原因を目視で確認すると、胸から血に染まった剣が生えていた。彼の生きている証が絶え間なく流れ出している。
背後から刺されたのだとウェダは理解した。ゆっくりと彼は振り返えった。そこには体格の良い体を小刻みに震わせ青い顔をして泣いているアクラがいた。
ウェダは吐血しながらアクラに尋ねる。
「家族を人質に取られたか?」
「……はい」
「クハハハ、ならばしかない。俺はお前の家族のために……ここで果てよう……」
ウェダは二カッと笑い。大地に沈む。
「……アクラ。俺の頼みを聞いてくれるか?」
「――は、ウェダ将軍」
「うん……では……俺の遺体は泉に沈めてくれ……精霊との約束を守れなかった者としての――けじめをつけたい」
「ウェダ将軍!」
「俺の命、無駄にはするなよ」
「――――」
アクラは剣を抜き放ち、倒れているウェダの首を目がけて、その剣を振り下ろした。
アクラは遺言に伴い彼の遺体を泉に沈め、その首と精霊の剣を手に来た道を近衛騎士団第一師団を引き返していった。
泉に沈められたウェダの遺体はそう時間をかけることなく、この泉の水底に到達する。
太陽の光さえ当たらないそれほどに、水深のある泉の底にまばゆい光が覆いつくし、暫くしてその光が収まると今まで水底に在ったウェダの遺体はもうその泉の底には存在しなかった。
白。
視界に入るすべてがその色しか見えなかった。
だが恐怖も不安はない。
ここは、そうだ。昔に来たことがある――
『ウェダ・ボルトール。もし、神という存在がいたとして、お前が死んだとしよう。神はお前に、お前はもう一度同じ人生を歩めと言われたならばどうする?』
『そうだな。喜んでお受けするだろうな』
『ほう、それはなぜだ?』
『一回目はダメだった。でも二回目、三回目はどうだ? やればやるだけ打開策と打破できる選択肢が増えるであろう? ならば俺は自分が納得がいくまでやり直す』
『ならばやってみせよ』
『殿……今、戦場はどうなっているのでしょうか』
『お前はそんな事を気にするな! おい! 衛生兵! 誰かいないのか!!』
『某はもうだめでございます』
『良助、何弱気になっているのだ。お前を元居た世界に返すって約束しただろ!!』
『そういえば約束しました……ね。ですが、某も歳を重ねこの世界に骨を埋めてもいいと思えるだけこの世界に情が沸いてしまったのですよ』
『それでもだ! それでも、俺は!』
『右も左もわからない世間知らずな高校生だった某を殿は助けてくれた。赤の他人の某を温かく迎えてくれた。某は返しきれない恩義が殿にあるのに、殿は某を重用してくれた。某は、殿の軍師として生きた。それが何よりの誉れでございます』
『この者、ウェダ・ボルトールは大恩厚き国王陛下に弓を引き、国王陛下を亡き者にしようと企てた悪逆の徒である! よって大罪人! ウェダ・ボルトールを市中引き回しの上、中央広場にて磔刑の後に火炙りの刑に処す!』
『――――』
『処刑は本日、正午より執り行う!』
『ウェダよ。我が友よ。なぜおまえは私を裏切りさらには我を殺そうとまでしたのだ! 答えよ!』
『――――』
『言葉もないか。そうか。おい! 連れていけ。それと、刑の執行はこの後すぐに執り行う! この反逆者の最後を刮目してみよ!』
『くそ! なんでだ! なんで、俺はまた間違った!?』
『次こそは放さない』
『約束は守る。必ず俺はお前を見放したりしない』
『俺は、諦めない。何度殺されようと何度間違おうと俺は――――』
「お帰り。今回は長かったね」
目を開けると青い髪をツインテールに結い、白のワンピースに素足の少女は宙に浮き俺を上から見下ろしていた。
いや、そもそもここには上も下もない。左右でさえない。
そんな何もない白一色の世界だ。
「ああ、またダメだった。また救えなかった。約束を守れなかった」
「そうなんだね。ねえ、ウェダ。今回で何回目のやり直しになるかわかっている?」
「二十回くらいになるだろうな」
「今回で一〇〇回目だよ」
「そうなのか? まあいいや、それじゃ、俺をもう一度やり直しさせてくれ」
「はぁ。ウェダは気づいていないだろうから言うけど、もうアナタの魂はやり直しに耐え切れなくなってきているの。これ以上、やり直しを選択し続けたら――」
「俺の魂が消滅してしまうか?」
「そうだよ。わかっているのなら、素直に輪廻の流れに従って」
「それでも、それでもだよ」
「はぁ、わかったわよ。もうどうなっても知らないから」
「ありがとうアリス」
「ウェダが次に死んだらもうさよならなんだから、これくらいはさせてよね」
・記憶継承(一〇〇回分)
・経験値引継ぎ(一〇〇回分)
・身体能力熟練度引継ぎ(一〇〇回分)
・セーブ&ロード(セーブセットしたところからのやり直しが可能。セーブしたポイントがなくならない限りロードが可能)
「これなら、大丈夫でしょう」
「なんだよ! こんなことができるなら早めにしてくれればよかったじゃないか!?」
「はいはい。でも私だってウェダがここまで一つの人生に執着するとは思っていなかったんだもの。それに、この特典は十回を超えた時点で付加するつもりだったのに、ウェダが話をさせてくれなかったから今になったの!!」
「……なんかごめんな」
「まあいいけどね。で、もう行くの?」
「ああ、次こそは必ず全てを拾って見せるさ」
「自分の納得のいく人生を送ってね」
「当たり前だ! 今回も一生懸命に生きて生き抜いてやる」
「うん。じゃあね。ウェダ、行ってらっしゃい」
徐々に全てが霞んでいく。
そこに何もなかったかのように。
白の世界はだんだんと色あせていく。
そして――――