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第一話 豊国の老騎士

 貧しい国があった。

 

 治安も悪く、冬は厳しい寒さに襲われ、夏は猛烈な暑さに川は干上がり、田畑は荒れ果てた荒野のような有り様で飢餓者が絶えないその国は、最果ての国”アルベン”

 こんな状況を憐れんだ王、パルス三世は国全体に呼びかけた。

 【この状況を打破できる功績を上げた者の願いを聞く】と振れを出した――のだが、そんな空手形を信じる者はおらずそんな公布から半年が過ぎた。ある日一人の少年が一振りの剣を手に持ちパルス三世の前に現れる。

 歳の頃は十四。少年は王家に仕える市井上がりの兵士だ。名をウェダ。

 彼はこう口にした。

 「王都より東にある泉の精霊から借り受けた剣です。これを大地に刺せば死んだ土地も甦ると精霊に言われました」とそうパルス三世に話した。

 パルス三世は思案する。

 確かに王都より東、国境の山間に泉が存在する――が、精霊が宿っているなど初耳であった。

 パルス三世はウェダの手にしている剣に目をやる。鞘には納まっておらず、簡単な彫刻の施された両刃の剣がギラリと光を放っていた。

 パルス三世は一目見てみすぼらしい剣。それがパルス三世の感想だった。仮に精霊から借り受けたのなら、精霊文字ないし妖精文字が刻んであるはず、それが見当たらない。

 精霊や妖精は力を言葉や文字に宿して物に力を吹き込むとされている。

 所詮、市井上がりの兵士。パルス三世は試すことに決めた。もしこいつが言っていることがでたらめであり、王である自分を担ごうとしているのであれば、首を刎ねて城の前に晒してしまおうとそう思った。

 パルス三世は玉座から立ち上がり、家臣等とウェダを引き連れて中庭に下りた。

 中庭の隅を指さしながらパルス三世はウェダに声をかける。

 「では、その剣をそこに突き刺して見せよ」

 ウェダは、はいと返事をするとパルス三世の指さしている方向へ掛けていき、持っていた剣を地面へと突き刺した。まばゆい光がウェダをそしてその場に居るすべての人間を包み込んでいく。

 パルス三世は我が目を疑った。何が起こったのか分からなかったからだ。


 そこには緑があった。

 木々は芽吹き、地面は草が生い茂り、花が咲き乱れていた。

 呆けているパルス三世にウェダは告げる。

 「精霊は五十年間。この剣を貸し与えてくださるそうです。それまでに今以上の成果を上げ国を豊かにしなさいと仰っておられました」

 パルス三世はおぼつかない足取りでウェダに歩みより、彼の手を握り涙ながらに言う。

 「わかった! 私はここに誓おう、これまで以上の素晴らしき国を作る。ウェダ、お前の望みは何だ? 私にはお前に報いなけれなならない」

 ウェダはやや悩み、そして望みを口にした。

 「では……僕を将軍にしてください」




 それから歳月は流れ、ウェダは六十四歳になっていた。

 近衛騎士団第一師団団長、ウェダ・ボルトール。

 それが今の彼だ。

 国が豊かになって行くにつれてこの国は他国から狙われるようになってしまった。彼がこの歳になるまでに経験した大きな戦争は七回。国境の小競り合いを入れると八十回。

 三度目の大戦でパルス三世は戦死し、次に王位を継いだのがガウゼン・アルベン・ハルンベラン。

 アルベン国の第四王子でウェダの親友でもあった。

 なぜ市井出のウェダと王子であるガウゼンとの共通点があるのか、それはガウゼンが幼い頃からたびたび城を抜け出しては市井の子供に交じって遊んでいたから。

 そこで二人は出会い意気投合し、つるむようになりいつしか親友と呼べるまでの信頼関係を築いていた。

 二人の老人が城の中庭に面した部屋、そのベランダに置かれた椅子にガウゼンが座りウェダはベランダの手すりに背を預け、中庭にある剣に視線をやった。

 あの剣は錆び朽ちる事無く当時のままそこに在る。ただ、悲しいことに何度か剣を盗み出そうとする愚か者が少なからずいたが、触れた途端、全身から血が噴出しその尽くが怪死するという事件が後を立たなかった。

 「ガウゼン。あと一カ月で【アスティア】との約束の期日だな」

 ウェダはしみじみとこの五十年の事を思い出して、そんな言葉が口を突いて出ていた。

 ガウゼンはワインを煽るとウェダの問いかけに答えた。

 「なんじゃ。あんな約束まだ守る気でおったのか?」

 不敵にそして不快に笑うガウゼン。その返答に固まるウェダ。

 暫しの沈黙がベランダを支配した。沈黙を破ったのはガウゼンだった。

 「あれだけ力を持った剣だぞ? どれほど役に立つ? あれは使いようによってはこの大陸――いや、世界を総べて平らげることさえ可能な程の力……。父上殿がそれを了解していたとしてなぜ余がその約束をまもらねばならん?」

 確かにアルベンの国土は五十年前とは比べ物にならないほどに広がっている。

 戦争を仕掛けてきた国をことごとく攻め落とし大小合わせて八つの国を併合、五つの国に割譲させその国力は西の帝国と呼ばれるほどに高まっており、東の帝国・ホグラムと比べても特色ないほどになっていた。

 ガウゼンが大陸を平定したのち世界を征服。そんな野望を思い描くことも無理はないのかもしれないが、ウェダは違った。

 「何を言っている。お前の野望は結構だが、お前の野望は民を顧みてはいない。戦争で一番に犠牲になるのは力を持たない民だ! この国はもう嫌と言うほどに苦しんだ。これからは内政に力を入れ、民の生活向上を目指さなければ成らないのに、何が戦争だ! 国はお前の玩具ではない! 民あっての国だ!!」

 ガウゼンは、はぁ……始まった。そう小声で漏らした。

 ウェダは戦争を嫌っている。憎んですらいる。戦争で妻を家族を失っているのも知っている。だが、それとこれ(余の野望)とは話が違うだよ……。そう腹の内で愚痴った。

 「まったく、お前は口を開けば民、民、民と。耳にタコが出来て落ちてしまいそうだ」

 「それはお前が自分勝手な事を言い出すからだ」

 「余が自分勝手だと?」

 「自覚がないならもう一度言おうか?」

 「ふん。お前の指図は受けんお前はいつからオレに意見できるほど偉くなったのだ?」

 ガウゼンが自分を“余”ではなく“オレ”と言う時は大概が腹に据えかねている時。

 だがウェダは気にしない。彼は気にもかけない。

 「俺は間違った事は言ってはいないし、指図もしていない。それに俺は偉くはないが、お前の親友として、苦言を呈して言っているつもりですよ陛下?」

 恭しく頭を垂れるウェダ。

 ガウゼンは不快に眉をひそめた。コイツのそんな姿は見たくわない。それに、二人の間に身分は関係ない、必要ない。そう決めた。そう何年、何十年と変わらない。これからも……

 「よせ。気味が悪い」

 「そうか、分かったよ。ではガウゼン。やはりこの国に戦争は要らないし、精霊の剣も返すべきだ」

 「おいおい、ウェダ何を言っている! お前正気か? あの頃に(五十年前)逆戻りする気か!?」

 「いや。そうはならないさ。この国は五十年でこれだけ大きく、そして強くなった。飢餓で死ぬものもあの頃よりもかなり減った。子供達が夢を持って生きられる程の国になった。それにあの剣は今やこの国を滅ぼす猛毒になりかねない」

 「猛毒だと? あのすばらしき力を持った剣がか?」

 「そうだ。これをあの頃を知らない子や孫に残してしまえば、その力に魅せられ憑りつかれる。これは俺達がやらないといけない事だ」

 ガウゼンはウェダの目には強い意志が宿っているのを感じ取った。

 真っ直ぐで一本気な性格で、揺るがない強い意志を持った人間。そして何より約束を重んじる男。子供の約束でさえ守る男だ。例え俺が何と言おうとあの剣をウェダは泉に返すだろう。

 だがそれはダメだ。それは叶えてやれない。例えウェダが危惧している事に成ろうとも、あの剣は手放せない。

 「そうか。わかったウェダ。今日はもう帰れ」

 「おいおい。なんだよガウゼン」

 「剣は返す方向で話を進める。返す役はお前に頼む。それでいいだろうウェダ?」

 「ようやくわかってくれたか! 俺は友としてこんなに嬉しい事はないぞ!!」

 ウェダは座っているガウゼンの両肩をバシバシと叩きながら嬉しそうな声を上げる。

 ガウゼンはウェダの能天気さそして人を疑う事を未だにしない彼に半ば呆れかえった。

 約束は守られるもの。それがウェダの中の定義。だが、約束は破るためにある。と言うのが世の常だ。もちろんガウゼンは後者だが。

 「じゃあ指切りしようぜガウゼン」

 「おいおい。いいジジイのオレ達が指切りかよ!」

 「良いからほれ」

 無理やりガウゼンの小指をウェダは絡め歌い始めた。

 ♪~指切りげんまん、うそついたぶっ殺す~指切った♪

 「物騒すぎるだろ!」

 ガウゼンはウェダの絡まっている指を振りほどく。

 「こうでもしないと大抵の奴が『約束? そんなもん破るためにあるんだろうが!!』っとかいいやがるからこれでまもらせてるんだ」

 「ああそうかよ。じゃあもう帰れ」

 「じゃあそうするよ。また明日な」

 ウェダは意気揚々と部屋を退室した。

 ガウゼンはウェダが出て行ったのを確認すると深くため息をついた。

 「誓約の悪魔め」

 誓約の悪魔・約束の番人・神罰の雷光……これらはウェダがいつしかそう呼ばれ始めた彼を現す言葉たち。

 降伏を持ちかけそれに応じた敵国の兵との約束。だったが敵国の大将は約束を破りウェダの連れていた部下を斬り捨てウェダに斬りかかった。ウェダは約束はどうした? そう囁くように口にしたと言う。

 『約束? そんな物破るためにあるのだろうが!!』

 ウェダはそうか。ともらし、敵大将を斬り捨て、砦の降伏の約束を反故にしたと言う理由で砦にいた敵兵五百人を切り捨てた。

 それも一人でだ。その光景はあまりに過激すぎた。

 敵からも味方からも恐れられ今でもこの話は語り草だ。

 「さてどうするか……」

 ウェダを殺す? 

 あり得ない。そもそも実行するだけの実力者が居ない。

それにあの光景を見ていた者達が今や隊長や副団長と言った幹部だ。

 あの惨劇をまた見たいのかと言われるのがおちである。

 ウェダがダメなら剣をどうにかするしかないな。

 複製でもするか。

 あのどこにでもある剣なら似た物を渡してそれを返還させる。もちろん精霊は怒るだろう。約束を反故にしたウェダに。

 ウェダは死に剣は残る。

 「おい。直ぐに鍛冶師を呼べ。この国有数の鍛冶師だ」

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