第9話 休息
湯気がゆらゆらと立ち上り、とても良い香りを放ち、鼻孔をくすぐる。
大きな器の中に見えるのは澄んだ琥珀色をしたスープだ。中には野菜のようなものや、鶏肉に似た形のものがある。
しばらく歩いた所に綺麗な湖があるそうで、そこの水にニルマというウサギに似た動物の肉を入れ湯立たせ、事前に茹でておいた湖付近に生えている食べられる草花を入れる。
数分煮込み、塩っけがありたべることもできるササという木の木片を削り味を調整すればできあがる。
空腹に染み渡る程よい塩加減で、あまり濃すぎない味付けがすごく美味しかった。肉もほろほろでとても柔らかく、草花にもそれぞれ独特の風味があり食べていて飽きない。
他にあるものは、楕円形の形をした薄茶色の丸いもの。これはクポの実というものをすり潰し、水を適量入れ練り上げ、その後に暖炉で焼き上げると膨らんでいき、このような形になるらしい。
パンにそっくりだ。フランスパンが縦長じゃない感じ。そのまま食べることもできるそうだが、いかんせん、硬い。ものすごく。俺は最初パンにそっくりなそれを丸かじりしたが、噛みちぎるまでに息切れしてしまった。
だいぶ疲れたが、その姿を見て笑っている彼女を見ることができたので、とんとんということにしておこう。
普段食べる時は食べやすいサイズに切り分けてから、スープに浸し柔らかくしてから食べているそうだ。切り分ける際にはクロ木を薄く削った、ナイフのように加工したものを使っていた。
最初から教えてくれればよかったのに。あ、こうなることが分かっててあえて教えなかったのか。
どうりで食べる瞬間まで何も言わずにじーっと見つめてたわけだ。ちょっとSっけがあるんじゃないですかね、ルルさん。
食事を食べ終わると瞬く間に眠気に襲われ、大きなあくびをしてしまう。
「っあーーー」
「ふあ〜〜〜」
それにつられてルルも可愛らしく、実に可愛らしくあくびをする。
「そろそろ、寝ましょうか…」
口に手を当て、眠たそうにルルが言う。
「んあぁ。そうしよう。」
「じゃあたくみはベッドで---」
「いやいやいや、さんざん迷惑かけたし、ご馳走までしてもらって。俺は床で寝るよ」
「そうですか…明け方はすごく寒いですよ…?」
「平気平気。俺めっちゃ代謝いいし。」
「たいしゃ?」
「あぁ…体が暖かいってこと。」
「そうなんですか。私すごく寒がりなので…あ!じゃあ一緒に---」
-----
時間が何十分の一の速度になったようにゆっくり進んでいく(気がする)。
俺の思考は何十倍にも加速する(気がする)。
先を予測し、計算する。
回答はコンマ1秒すら経たないうちに既に出ていた。
普通ここで、断る。
普通は。
いままではそれどころじゃなくて意識していなかったが、同じ屋根の下に男女が二人きり。さらにこの後の展開。
はぁ……断るんだろうなぁ、普通は。
「わかった。」
ルルが言い切る前に、至って真面目な表情で、即答する。
「わぁ、よかったです」
無邪気な笑顔で答えるルルを見て、その純真さに漬け込んでいるようでとてつもないやるせなさに襲われる。けれど、背に腹はかえられない。
これ使い方間違ってそう。
細長く削り取ったクロ木に、白くて弾力性のある、少し毛のたったワタのようなものくくってできている歯ブラシに似たものを湿らせ、歯を磨く。当然一本しかなかったが、余りの材料ですぐに作れるらしく、即席で俺の分も作ってもらった。
歯を磨いた後は、すっかり火が小さくなってしまっている暖炉に薪を足し早々に布団に入り眠りにつく。
---
--
ー
ガバッ
しんとすっかり静まり返った部屋のベッドの上、ルルがすやすやと眠る横で体を起こす。ルルは余程眠たかったのか、一切起きる気配はない。どのくらい時間が経っただろうか。よくわからない。それよりも。
--眠れん…!!!
すぐ隣にルルがいる緊張感でまったく眠くならない。むしろ目が冴えてきた気さえする。
--はぁ…
ため息をつき、ルルを起こさないようにゆっくりと体をずらしベッドから降りる。
ずれてしまった掛け布団を元に戻し、床に寝転ぶ。腕が頭の下にくる形で横になる。
少し肌寒かったが、色々ありすぎて相当体は疲れていたようで、すぐにうとうとし始める。
ルルの助けがほとんどだったけれど、とりあえず今日を生きることができた。当たり前に毎日を過ごしてきたこれまででは得られなかった感覚だ。
新しいものの連続で、不安もあるけれど、どれも新鮮なものばかりで…
---ー
徐々に意識が遠のいていって、俺は深い眠りの中へと落ちていき、眠りについた。