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第7話 木の家 2

パチパチと薪が燃える音と僅かな炭の匂いが、小屋の中を満たしていた。木の壁には一片が30㎝ほどに切り抜かれた木枠に、少し濁ったガラスのような物をあてがった小さな窓がある。その小窓からは外が伺えて、木々が生い茂っている真っ暗宵闇を映し出していた。


俺の目の前には先程までは正座をしていたが、足が痛くなったのか少し崩した姿勢になっている『アルール』という名前の女の子がいる。背丈は俺よりも少し低いくらいで、年齢は割と近い方なのではないだろうか。


「では、たくみ、よろしくお願いします。」


「あぁ、こちらこそ。」


「あ、でも、ルルでも大丈夫です。その方が呼びやすいと思うので。」


「そっか。じゃあ、ルルで。」

少し照れながらそう呼んだ。


このとき俺は、今更だが人と話をすることに感動を覚えていた。今は当たり前に会話ができているが、ついさっきまでは全くそれは叶わなかった。何かの音にしか聞こえず、この先の大きな苦労は想像に難くなかった。


いまこうしてコミュニケーションを取ることが出来ているのは、”熱”の影響、だと思う。あの生物との一件で感じた身体能力の異変、激しい頭痛の後に急に言語が理解できるようになったこと。どちらにも共通して言えることは異変の前には必ず背中に熱を感じていたということだ。


そして、異変が生じるたびに何か”欠けていく”、という感覚。自分の不利な状況に変化が起きる。どのようなロジックで起きていることなのか、全く仕組みはわからないが。


今こうして会話をすることができている。その事実だけで、今は充分だ。

まずは聞かなければならない。色んなことを。知りたいことが多すぎる。


「あのさ」そう切り出し、まず最初に頭に浮かんだことを口にする。


「ここは、どこ?」


「ここ、ですか?」


「そう、ここ」


「ここは・・・”私が”作った、家です。」

握り込んだ手を胸に当て、私がの部分をやけに強く強調して自慢げにそう答える。


「すごく時間がかかって、大変だったんです。まずはクロ木を集めるところから始まって、切ったり削ったり、適した形に加工して、それからーー」

開いた掌で指折りそう数えている。


「ごめんごめん!そういうことじゃなくて…」

とてつもなく可愛らしい仕草の連続だったけれど、そうではなく。


もっとスケールの大きい意味で聞いたんだけど。県とか州とか。このまま聴き続けているとこの家の構造を網羅してしまいそうだ。頭にはてなマークを浮かべたような顔でキョトンとするルル。

「えっと、国とか、そいうのを聞きたくて。アメリカとか、ロシアとか」


最初ここはアジア圏に位置しているのだと思っていたが、ルルはどう見てもアジア系の顔立ちではない。ルルだけをみて判断するのは少し早計かもしれないけれど。


「あめりか、ろしあ…ですか?」

たどたどしくそう言うと、またも疑問符を浮かべているルル。

至って真面目に答えているようで、決してふざけているわけではなさそうだ。どういうことだろう、知りもしないなんて。


「ごめんなさい…私、あまり学がなくて…」


混乱して頭を抱えていると、その様子を見たルルが申し訳なさそうにそう言った。



「いやこっちこそ、質問がわかりにくかったかもだし」


「いえいえ。あめりかろしあ…は分からないですけど、近くの”王国”ということなら、いくつか分かりますよ?」


「本当に!?」

よかった…近いところに国があったのか。




これでとりあえずの今後の方針は…って、王国…?




「えっ・・・お、王国?」

想定外すぎる回答に動揺してしまい、慌てて聞き返す。


「はい。」


「おうこく?」


「はい、お・う・こ・く、です。ここから一番近いところだと…カフス王国で、次に近いのがバルテット王国です。といっても、一番近いカフス王国でもかなりの距離はあるんですけどね。」


聞き間違いではないらしい。確かに、”王国”と言った。




ーーーーー




ルルが王国の名前を言ったあたりから、ルルの声があまり頭に入ってこなくなっていた。力なく傾こうとする頭を、手のひらを顔に当てて支える。下を向いている姿勢で、眼に映るものは砂埃で汚れた服と、布団に使われている灰色のシーツだけ。


ルルと同じようにいつの間にか体勢を崩し、楽な姿勢になっている。シーツを少し強く握りしめるが、すぐに握り込む手から力が抜ける。身体中から空気が抜けるような、そんな脱力感があった。


あえて避けてきた、先延ばしにしてきた回答をここにきて突きつけられた気がする。思い当たる節は至る所に散りばめられていたのだけれど。無意識にその可能性を排除していた。


帰り道に瞬間的に別の場所へ移動したこと。

異形の生物。

聞いたこともない言語に、王国という存在。




いくら考えたって意味がない。ちっぽけな俺の常識なんて到底通用しない。間違いなくこの場所での一番の弱者は、この俺。全くと言っていいほど情報がなく、生き抜く術もない。

これから、一人で。


あの生物に遭遇した時もどうしようもない無力さと絶望感に襲われたが、むしろいまこの瞬間の方が、ある意味、心が参ってしまっているかもしれない。



ーーこんなの、どうしようもない



嫌でも向き合わざるを得ない。ここはもう、日本どころか、地球ですらないのかもしれない。

たぶん、別の世界、空間、星。そのくらい大きな括りで判断した方が…覚悟した方が、いいだろう。







ここは、異世界だ。

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