第6話 木の家 1
心配そうな。不安そうな。
そんな眼差しが向けられている。
もう一切頭痛は無くなっていて、やっと頭が回るようになってくる。
俺は木造の、小屋のようなところにいた。広さは一軒家のリビングよりも少し狭いくらい。
隅には暖炉があり、薪が数本燃えていて暖かなオレンジ色の光を室内に煌々と照らし出していた。小屋の中の明かりはこの暖炉だけで、ランプのようなものも壁に掛けられているが、使われていないようだった。
俺が眠っていた布団は床よりも一段程高い長方形のスペースに敷かれており、この場所をベッドとして使っているのだろう。
全て一人用なのか、丸太をちょうどいい高さで切った小さな椅子や板を組み合わせて作られた机が置いてあり、部屋の随所からとても生活感を感じられた。
片方の、少し切れ長の大きな瞳がまっすぐに俺を見つめている。
瞳は綺麗な藍色で彩られており、じっと見つめられていると気恥ずかしくなってくる。
もう一方の目には包帯が巻かれていて、おそらく見えていないのだろう。
白い肌は透き通るようで、とても整った顔立ちをしていた。癖っ毛の黒髪は肩ほどの長さで切りそろえられているようで、自分で切ったのだろうか。少し痛んでいるように見えた。
服は暗いカーキ色をした袖の長い、膝下までのワンピースを着ている。昔から着込んでいたのであろうその服は全体的にくたびれていたり、ほつれていたりしていた。節々につぎはぎが施された跡がある。
一から自分で作ったり、直したりしているのだろうか。
ワンピースから伸びる白い足は、この背格好の女性にしては細く、とても華奢な印象を与えている。
まるで現実離れしたその美しい姿を、俺は無意識のうちにぼーっと見てしまっていたようで、彼女の顔が俺の数㎝先にまで近づいていたことに全く気がつかなかった。
首を傾げて、じっと俺を見つめている。
「わっ!!!」
「わわっ!!!!」
驚きのあまり急に俺が声を上げると、ほぼ同時に彼女もぴょんっと少し跳ね上がり、声を上げる。
俺はすぐに姿勢を正し正座をして背筋を伸ばす。それに合わせるように彼女も背筋を伸ばし両手を膝の上に合わる。
少しもじもじしていて、何か言いたそうだ。
二人は静まり返り、シンとした空気が流れる。
--なんかずっと見ちゃってたっぽいし、引かれたかも…
……気まずい。
このまま黙っていてもしょうがない。俺は話を切り出そうとする。
「あの!」
「あの!」
--っだぁぁ。かぶった。
タイミング……あー、ついてない。
「あの!なんか…ごめん、なさい。」
謝ると彼女もすぐに答える。
「いえ!こちらこそ!驚かせてしまったみたいで…その、すみません。」
お互いに下を向いて黙り込む。
・・・・・
「ふふふ」
不意に、彼女が笑みをこぼした。
なんだか俺もおかしくなってきた。
どこか、こう、ふわふわした感覚が芽生え始める。こんなにも他愛もない少しのやりとりが、心地いい。思わず俺も笑ってしまう。
「はははっ」
彼女が笑ってくれたのが嬉しくて。少し照れくさいのもあって。まだほんの数分だけれど、久しぶりに、心の底から気の休まる時を感じられて。
笑いながらも、俺の目尻には涙が滲んでいた。
「よかったです。元気になったみたいで。」
そう言いながら、彼女は優しく微笑んだ。
「うん。えっと、ありがとう。看病とか、してくれてたみたいで。」
「いえいえ。でもまだ動かないで下さい。すごく…傷だらけで、倒れていたんですから。」
そう言いながら彼女は床に置いてあった木でできた桶のようなものから、掌ほどもある大きなぶ厚い緑色の葉を取り出した。
その葉を先を口で少し齧り、切れたところから表面の薄皮を剥いていく。片面が露出した葉の中には透明な少し粘り気のある果肉が詰まっていた。
アロエによく似ているかもしれない。
不思議そうに見ていると、その視線に気づいたのか彼女が答える。
「これはモランという木から取れるモラの葉といって、傷んだ場所だったり、疲れたときに額に当てたり、そうすると、えっと、、、治るんです」
果肉の面が肌に触れるようにして、モラの葉を額に当てる。少ししみるけど、傷に効いてくれている証拠だろう。
額からモラの葉の水分が流れ落ちてきて、頬を伝う。
袖に手が隠れるぐらいに伸ばしそれを拭ってくれる。
感謝の想いと少しの気恥ずかしさが入り混じって、なんだか照れ臭くなってくる。顔が赤くなってるかもしれない。
「…ほんとに、ありがとう」
「いいんですよ。」
「あの、さ。今更なんだけど、名前…聞いてもいいかな」
「名前、ですか?」
「うん。俺は芹澤 匠。」
「せりざわたくみ?」
「そうそう、君は?」
「私は---」
「私は、アルール」