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第8話 相談しよう

酒場から帰ります

 僕はワインの入った重い樽を抱えたまま、黙々と歩き続けた。まずい事になりそうだ、どうしよう。ここに住み続けるのは難しいだろうか。どこか遠くに行った方がいいだろうか。それともスコルを小屋から一歩も出さずに隠し続けるのはどうだろう?うーん、彼がそんな事を承知するとは思えない。それに誰かがやって来て家探しされたらすぐにばれてしまう。なんとかいい方法はないだろうか。


 やがて腕が疲れてきたので、僕は樽を置いて一休み。その間にも何とかこの状況から逃れる為の妙案が浮かばないかと考え続ける。いっその事スコルを村人達に紹介するのはどうだろう。話せば彼は危険じゃないと分かってもらえるかも。でももし分かってもらえなかったら?僕も仲間だとみなされてまとめて退治されてしまうかも知れない。できれば、そんな危ない橋は渡りたくない。やっぱり人に見つからない場所に行くのが一番良いかも知れない。


 僕はまた樽を抱えて歩き出す。そもそもスコルが人に見つかるような所にいるのが悪いんだ。それとも見つからないように彼に言っておかなかった僕が悪いのか。このままじゃ全然良い考えなんて思い付けそうも無い。とにかく彼に相談してみよう。


 僕は息を切らしながら歩き続けた。しばらくしてようやく小屋が見えてくる。もうひと頑張りだと自分に言い聞かせて腕に力を込めた。


 小屋に到着。僕は樽を一旦下に置いて戸を開けた。


「戻りましたよ……スコル」


 するとこちらに背を向けて椅子に座っていた彼がこちらを向く。


「ようやく戻ってきたか。すいぶん時間がかかったようだが、ちゃんと買ってきたか?まさか無かったなんて言わないよな?」


「ちゃんと買ってきましたよ。ここにあります……」


 僕は小屋の中に入り、樽をテーブルの上に置いた。


「よしよし。じゃあさっそくいただくとするか」


 彼は僕の事よりもお酒の方が大事と言わんばかりの笑顔でうれしそうにコップを持ちだした。樽を開けてコップでワインを掬うと一気に飲み干した。


「くう~、五臓六腑に染みわたるぜ」


 さっきの酒場の酔っ払いと同じ事を言っているじゃないか。僕の気も知らずにいい気なもんだ。


 僕はへとへとに疲れていたらから少しばかり休ませてもらう事にした。彼に相談しなきゃいけない事があるけど、ちょっとくらい休んでも大丈夫だろう。椅子に腰を下ろす。


 彼はもう二杯目に口をつけているが、ここでようやく気付いたのか僕に尋ねてきた。


「お前さん、ずいぶん疲れてるみたいじゃないか。何かあったのか?」


 何かあったのかも何もないもんだ。僕は疲れた声で返答した。


「何かって、こんなに重い物を運んで来たんですからね。疲れて当然じゃないですか」


「こいつを自分の力で運んで来たのかい?」


 彼は樽を指差してさらに尋ねてくる。


「そりゃそうですよ。僕しかいないんですから」


 僕が答えると彼は不思議そうに、


「わざわざ自分の力で運んで来たのか。浮遊の術でも使えば楽に運べたのに、変わった奴だな」


 と言った。確かにそうだ。浮遊の術を使えばよかった。そうすればこんなに疲れる事も無かったのに。どうして考えつかなかったんだろう。


 するとまるで僕の心を読んだかのように彼が続けた。


「さてはお前さん、浮遊の術を使えばいいって事を考えもしなかったな」


 図星なんだけど、それを認めるのはみっともない気がして僕はなんとか言い繕おうとした。


「違いますよ。その……村の人達がいますからね。あんまり目立つ事をしたくなかったんですよ。樽をふわふわ宙に浮かべながら歩いてたら、変な目で見られるかも知れないでしょう?」


「そんなもの術の使い方次第だろうが。ちょっと浮かせて手を添えてやれば、自分で持ってる様に見せかける事だってできるだろう」


 そう言われればそうだ。僕は反論できずに黙りこんでしまった。


「魔術を使おうが使うまいが、酒を買ってきたから良いけどよ。まったく、ちょっとは自分で考えて工夫しろよ」


 彼は言って二杯目を飲み干した。


 なんで魔術を使う事を考え付かなかったのかと言うと、そうそれ以上に考える事があったからだ。彼には言い負かされて気分が落ち込んじゃったけど、きちんと話をしなきゃ。


 僕は話題を切り替える。


「それよりもスコル、ちょっと困った事になりそうなんですよ。話を聞いてください」


「不出来な弟子がいるよりも困った事なんてあるのかよ」


 彼はにやにや笑いながら言った。もう酔っ払っちゃったのかな。彼の顔を見ても、相変わらずいつもの緑色だ。オークって酔っ払うと顔色が変わったりするものなんだろうか?久々のお酒を飲んで上機嫌な彼にこんな話をしなきゃいけないなんてタイミングが悪すぎる。でも話さないわけにもいかない。僕は少し口調を強めて言った。


「茶化さないで、真面目に聞いてくださいよ!大事な事なんです!」


「わかったわかった。聞いてやるから話してみろ」


 と彼は言ったものの、ワインは飲み続けている。まあいいや、聞いてくれるって言ってるんだから話してしまおう。


「さっき村の酒場にお酒を買いに行った時に、酒場の主人とお客が話しているのを聞いちゃったんですよ。なんでも村の人達の何人かが、オークを見たって噂してるみたいなんです。つまりあなたを見たって」


「そりゃ俺だって一人でそこらをぶらっと歩きたくなることがあるさ。こんな小屋にずっとこもってるなんて御免だね。たまたまそれを見かけた奴がいるんだろう」


「それはわかりますよ。でも、それだけじゃないんです。村の人達はどうもオークをあまり良く思ってないみたいなんです。あなたが村を襲うんじゃないかって。そうなる前に狩人を雇ってあなたを退治しようって話してたんですよ」


「俺を?退治するって?」


 彼の口から笑い声が吹き出した。まったくこんな話をされて笑い出すなんてどうかしている。僕は少し頭に来て大きな声を出した。


「なんで笑ってるんですか!退治されちゃうかもしれないんですよ!」


 彼はようやく笑いが収まったみたいだ。僕に向かってこう言った。


「こんな田舎に住んでいる奴らが俺を退治しようだなんて、ちゃんちゃら可笑しくって笑わずにはいられないぜ。どうせ俺がちょいと睨みつけてやれば怖がって逃げ帰っちまうに決まってる」


 そういう事もあるかも知れない。僕だったら森の中でスコルのようなオークに睨まれたら、さっさと逃げてしまうだろう。でも、そうじゃなかったとしたら?僕は聞いてみた。


「そうなればいいですけど、そうじゃなかったとしたら?本当に狩人が襲いかかって来たら、どうするんです?」


「そん時は骨の一、二本でも折ってやって追い返せばいいさ」


 スコルはあっさり言った。


「それでもあきらめなかったら?」


「そりゃ、非常手段に出るしかないな」


 非常手段って嫌な予感がするんだけど、僕は聞いてみた。


「非常手段って何です?」


 彼はにやりと笑って答えた。


「そいつにはあの世に行ってもらうって事さ」


 やっぱり。そんな気はしていたものの、いざ聞くと彼の笑顔がとてつもなく凶悪に見える。僕だって食料にする為に動物を殺したりする。でも、僕の同族が僕の師匠に殺されるのは、そう簡単に納得できない。


「殺すなんて……。駄目ですよ」


 僕は弱々しく反論する。


「襲われたら、反撃するだけさ。正当防衛だろ?」


 僕としてはなんとか穏便に済ませたいんだけど……。


「ここから人に見つからないどこかに……」


「逃げるってのは無しだ。田舎者に追い立てられて逃げるなんてまっぴら御免だね」


 僕が言い終わる前に否定されてしまった。じゃあ……。


「あなたを村の人達に紹介するのはどうです?あなたが危険じゃないと分かってもらえれば問題無いですよね?」


「世の中そんな聞く耳を持った連中ばかりだと思うか?その場で襲われちまったらどうする?」


「それは……」


 僕は言葉に詰まってしまった。僕もそう考えていたんだから。彼のさっきの発言からすると、襲われたら大人しく逃げたりしないだろう。きっと反撃するはずだ。そしてそうなったら……。


 僕の頭に浮かんできたのは、血を流し倒れる村人達、それを見下ろす僕の師匠。うわあ、スコルが退治されるというのも展開としては最悪に近いけど、こっちも負けず劣らず最悪だ。


 僕はいよいよ最悪の展開が頭に浮かんできて、顔から血の気が引いてしまった。このままじゃまずい、何とかしなきゃ。でも何も思い付かない。


 するとスコルがまた吹き出してからこう言った。


「お前さんは、からかいがいがあるな。そんなに心配しなさんな。お前さんの悩みを解決してくれる、良い方法があるんだ」

次回は術の習得

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