第29話 三回目の戦2
ドラゴンに驚くイオ
「あれがドラゴンですか……」
僕は思わず呟いた。スコルがドラゴンだって言ったんだから、きっとそうなんだろう。他の誰もあれはドラゴンじゃないと否定したりしないしね。
僕は生れて初めてドラゴンという生き物を見た。話には聞いた事があったけど、実際見る事があるなんて思ってなかった。緑色の鱗に覆われた体は大きく、首を上げると檻と同じくらいの体長がありそうだ。背中の辺りには翼が生えていて、今は檻に入れられているから折りたたんでいるけど、広げて空を飛ぶんだろうな。目は猫のように縦に細長い瞳孔をして、大きな口には牙が並んでいる。力強そうな四本の足には鋭い爪が生えて、身じろぎすると檻とこすれ合って火花が散りそう。
こんな形でドラゴンと対面するなんて思ってもいなかったな。どう考えても、あのドラゴンがいつぞやのオークが言っていた秘策に違いない。僕達はこれからドラゴンと戦わなきゃいけないのか。
「ねぇ、スコル。オークって戦士の誇りを持っているんでしたよね?」
「あぁ、そう言っただろうが、ぼうず」
僕の問いかけに今さら何を言っているのかという感じで答えるスコル。
「だったら、魔術師だけならいざ知らず、ドラゴンなんかを助っ人に出してくるなんて、ノーザの村の戦士の誇りはどこにいっちゃったんですか?あんなもの出してくるなんて卑怯じゃないですか?」
「そう言われちまったら、こう答えるしかないな。要するに、奴らは誇りをかなぐり捨てて、勝ちを取りにきたって事だろうよ。俺も少々驚いたよ」
驚いただって?スコルの顔を見ても、そんなに驚いているようには見えない。他のみんなも同様だ。ドラゴンを見ても、いつでも戦う気満々といって感じ。イソルダやエリスなんか、むしろ手ごわい相手が出てきて戦い甲斐を感じていそうだ。ドラゴンを見て怖気づいているのって、もしかして僕だけだろうか。でも、普通の人間ならドラゴンを見て迷信めいた恐怖感をおぼえないはずがない。僕だって魔術師である前に、一人の人間なんだから。
魔術師が出てきたってだけでも僕にとっては大変な事なのに、おまけにドラゴンまで出てきたんだから、多少怖気づくのも仕方ないとみんなわかってくれるだろう。もし味方が誰も見ていなかったら、飛行の術で空を飛んで逃げ出したい気分だ。だけど、そういうわけにもいかない。僕だって貴重な戦力なんだから、僕が逃げ出したせいでみんながドラゴンに食べられてしまったら、悔やんでも悔やみきれない。
という事で僕はその場に踏みとどまった。ただし、足が震えてしまっているのは武者震いという事にしてほしい。一方ノーザの戦士達はドラゴンの入った檻に掛けられた鎖を外そうとしている。あれが外された時に檻が開いてドラゴンが飛び出してくるってわけだ。鎖を外す為に檻に近づいているオークはおっかなびっくりといった感じ。檻の中でドラゴンが身じろぎする度に身をこわばらせている。
「今回もお前さんは後ろで援護してくれ。できれば、あの魔術師が何かしでかさないようにちょっかいをかけてくれるとありがたいがな。その間に俺達がドラゴンの相手をするからよ」
スコルが話しかけてくる。今回ばかりは後方援護で良かったと思わざるを得ない。あのドラゴンに立ち向かっていく度胸は僕にはまだないらしい。
「でも、オーク達やドラゴンの攻撃を防いで、魔術師の事も気に掛けるなんて器用な事できませんよ」
僕はついつい弱気になってしまう。
「オーク達の事は一旦置いておいていいんじゃない?あいつらを見てよ。これから戦をしようっていう風に見える?」
エリスが口を開いて僕に言った。確かに向こうにいるオーク達はやけにのんびりとしているように見える。中には武器を置いて仲間内で話しこんでいるオークや、檻の中のドラゴンを物珍しそうに覗き込んでいるオークもいる。
「きっと最初はドラゴンだけに戦わせるつもりでしょう。ドラゴンの攻撃で自分達まで巻き添えを喰うかもしれませんしね」
ディドもそう言った。きっとそうなんだろう。僕達がドラゴンにやられてしまうのをゆっくりと見物するつもりなんだ。ならドラゴンと魔術師に注意を向けていればいいわけだ。それなら何とかなるかもしれない。
「檻が開くよ」
僕達に向かってイソルダが声をかける。見てみると、いよいよ鎖が外されて檻が開こうとしているところだった。檻の周りにいたオーク達は一斉に後ろに下がる。重そうな鎖を外したオークも鎖を放り出して慌てて後ろに下がっていく。檻の近くにいるのは例の魔術師と思しきオークだけ。
てっきり檻が開かれた途端に飢えた猛獣よろしくドラゴンが僕達に躍りかかってくると思ったけど、そんな事はなかった。檻の中のドラゴンは開いた檻から首を出して辺りを見回した後、また首を戻して座りこんでしまう。心なしかなんだか眠そうにも見える。
そのドラゴンの様子を見たオークの魔術師が怒ったように何か怒鳴っている。でも、ドラゴンの方はチラリと魔術師の方を見ただけで、なかなか動こうとしない。すると、魔術師は持っていた杖を掲げて、身振り手振りを交えて何かしている。よくよく見ると杖の先に赤い宝石のようなものが取り付けてある。その宝石が輝きだすと、ドラゴンがゆっくりと檻の外に出てきた。
ドラゴンが僕達の方に歩いて来る。僕達もドラゴンの方に近づいて行く。互いの距離が縮まっていく。近くに来ると、ドラゴンの大きさが実感できる。ちょっとした家くらいはあるだろう。僕は試しにドラゴンを動かそうとこっそりと浮遊の術を使ってみたけれど、あまりの重さに一ミリたりとも浮かす事ができなかった。とてもじゃないけど僕の手には負えそうにない。
僕達の距離が十分に縮まったところで、ドラゴンの少し後ろにいたオークの魔術師が声を上げた。
「いけ!」
その声を聞いてドラゴンが体を捻ると、僕達を引き倒そうと尾が唸りを上げる。幸い後ろにいた僕には届きそうもない。前にいたスコル達は後ろに飛び退って尾を避けた。が、一人逃げずに果敢にも尾の一撃を受け止めようとした者がいた。イソルダが金棒を両手で持って足を踏ん張っている。いやぁ、いくら力自慢の彼女でも、この力比べは分が悪いんじゃないかな。
ドラゴンの尾を受けたイソルダは、案の定後ろに吹き飛ばされた。彼女が地面に激突する前に僕は浮遊の術を使って受け止める。彼女をそっと降ろすと僕は声をかけてみる。
「大丈夫ですか?」
「ちょいと手が痺れたけど、平気さ」
あれだけ強烈な攻撃で吹き飛ばされたのに、まだまだ闘志は萎えていないみたいだ。僕にそう言うとイソルダはドラゴンに向かっていった。ディドとコルガが素早い身のこなしでドラゴンに近づいて前足の辺りを斬りつけたけど、たいして効いていなさそう。きっとあの堅そうな鱗に阻まれてしまっているんだろう。
ドラゴンはすぐそばにいるディドとコルガに対して前足を振るう。二人が身をかわしたから、その攻撃は空を切って地面に当たる。ドラゴンの攻撃が当たった地面には深々と爪痕が残っている。あれが誰かに当たっていたらと思うとゾッとするな。
エリスは飛行の術を使ってドラゴンの顔の周りを飛び回り始めた。ときおり手の平から炎をがほとばしりドラゴンの顔に当たる。でも、ドラゴンの方はいたって平気みたい。炎が当たっても少し目を閉じるだけで苦しむ様子もない。その間にもディド、コルガ、イソルダはそれぞれの武器でもってドラゴンを攻撃している。スコルはどこに行ったのかと思って見てみると、ドラゴンの後ろに回り込むと、なんとその背に飛び乗った。
ドラゴン相手の戦は続く




