第26話 宴の席で
勝利を祝ってお酒を飲む
僕以外のみんなが一斉にビールを呷る。スコル、コルガ、イソルダはごくごくとコップの半分くらいを一気飲み。本当においしそうに飲んでいるな。一方、エリスとディドはちびちびと口をつけて少しずつ飲んでいく。僕はと言えば、慎重に一口だけ飲む。喉をシュワシュワとしたほろ苦い液体が通っていくのは確かに思ったより悪くない気がする。そう思って僕はもう一口飲んでみると、なんだろう、一口目よりも苦みを感じる気がしてコップを置いてしまった。
「どうした、ぼうず?こいつの美味さがわからないとは、まだまだ子供だな」
コップを置いてビールの苦みのせいで眉間に皺を寄せた僕を見て、スコルがにんまりと笑った。そりゃ彼に比べれば僕なんてまだまだ子供だ。彼は僕より十倍は年を取ってるんだから。でも、その子供に傷を治してもらっていたのは誰なんだか、と思ったが口には出さない。弟子がそんな口をきけるわけないもんね。
「すみませんね、子供で」
かわりに僕は拗ねたように言った。スコルが僕をからかうのはいつもの事だ。
「気にする事はありませんよ。大人だろうと子供だろうと、誰しも好き嫌いはありますからね」
そう言ってくれたのはディドだった。彼はいつだってエルフらしく友好的に接してくれるからありがたい。
「そうそう。それにどう見たってあんた子供なんだからいいじゃないか」
ビールを呷っていたイソルダが言った。要するに僕は実際にまだ子供なんだから、ビールの美味しさがわからなくたっていいって事だろう。彼女も年齢がいくつなのかはわからないけど、僕よりも年上なんだろうな。
「味方が増えてよかったじゃない、イオ。あんたは子供でもちゃんと魔術が使えるんだから、みんな敬意を払ってるって事よ」
エリスがそう言った。いつもなら彼女が庇ってくれるけど、今はディドとイソルダが味方してくれているみたいだ。コルガは相変わらず無口だから僕の味方をしてくれているかはわからない。
「なんだ、ちょいとぼうずをからかっただけで俺は悪者か?」
僕の味方が増えた事でスコルはからかった自分が悪者の気分になったみたい。少しいい気味だと思わないでもない。
「そんな事言ってないじゃない。拗ねないでよね。イオが敬意を払われてるって事はあんたにとってもいい事なんだから。彼の魔術は全部あんたが教えたものでしょ?」
「まぁな」
エリスの言葉にスコルはビールを一口飲んでから返事をする。僕の魔術が彼から教わったものばかりっていうのはおおげさでもなんでもなく、本当にそうだ。
「弟子が戦で活躍したって事は、師匠であるあんたのおかげなんだから。誇らしい事なんじゃない?」
「まぁ、そう言えなくもないな」
スコルはエリスの言い分に納得したのか、そう言うともう一口ビールを呷った。今のってスコルが僕の事を誇りに思ってくれているって事だろうか。まさかもう酔っ払っているとか?彼の顔色をうかがったけど、いつもと変わりはない。それにまだ一杯目だから酔うには早すぎるか。僕を誇りに思っているのか、スコルに問いただしたいところだけど、聞いてもはぐらかされるだけに決まってる。普段は言わない事だけど、スコルが酒の席でつい口を滑らせてしまったと思っておこう。
そう思うと途端に僕は機嫌が良くなった。僕はテーブルの上の山盛りの謎の肉を一つつまみあげて一口かじってみる。何の肉かはわからないけど、なかなかおいしいじゃないか。そんな事を思いながら、頭に浮かんできた別の事をスコルに聞いてみる事にした。
「ところでスコル、今さらって思われるかもしれませんけど、オークの戦に僕達魔術師が加勢してもよかったんですかね?」
「うーん、どういう事だ?もうちょっと詳しく言ってくれ」
僕の疑問にスコルが首を捻った。まぁ、何度も戦をしておいて、こんな事を聞くのも遅いかもしれない。でも、今日魔術でオーク達の相手をしていた時にも心のどこかでこんな事を考えていた。
「えっとですね、以前にあなたはオークは戦士が多いって話をしてくれたじゃないですか。で、オークは戦士としての誇りをもっているって。魔術の使えない戦士達を相手に魔術師が魔術を使っちゃったら、僕らが誇りを踏みにじっているとか思われないですかね?」
「なんだ、そんな事か」
スコルはビールの残ったコップを置いて言った。なんだかあまりたいした事じゃないみたいな反応だ。
「いいか、ぼうず。確かに魔術の知識もない奴らを相手にして、一方的に魔術でこてんぱんにしちまったんじゃ、後味が悪いものがあるかもしれない。だからってそんな事気にする必要はないんだよ」
「どうしてです?」
スコルが後味が悪いって言うのは確かにその通りだ。魔術の使える者と使えない者が戦ったら、どうしても使える者が有利に決まっている。その有利な立場に立って戦に勝ってしまったから、どうもすっきりしないものが少しだけある。
「俺達だって戦場に出て戦ってるんだから危険な事には変わりないだろうが。そりゃ、遥か遠くに離れた相手の手の届かない場所から魔術を使って不意打ちの一撃でもくれてやったんなら、禁じ手の一歩手前になるかもしれんが、戦場でちゃんと姿を見せて戦ったんだから、ノーザの奴らも納得するだろうよ。少なくとも俺はそう思うね」
「そういうものですかね」
「そういうもんさ」
スコルはコップを持ち上げて残りのビールを飲み干す。彼の言葉に僕はまだしっくりこないものの、あまり気にする必要はないと思うようにした。
「おーい、ビールをもう一杯!」
と大声を出してビールのおかわりを注文するスコル。
「あんた変わった事で悩むんだね」
イソルダが不思議そうに僕に言った。
「そうですか?」
「戦なんだから、どんな手を使おうが持てる手段を全て使って、勝って生き残ればそれでいいじゃないのさ」
僕も彼女みたいに単純明快に考える事ができればいいんだけど。気にしなくていい事を気にしていると言われればそれまでだ。
「ノーザの戦士はあたし達より数が多かったじゃない。魔術を使おうがあいつらに勝ったんだから、むしろ自慢していい事だと思うわよ」
スープに口をつけていたエリスも僕に向かって言った。
「そうですよ。あなたは戦に慣れていないのでしょうが、こんな事は良くある事です」
ディドも口を揃えて言った。見るとコルガもその通りと言わんばかりにウンウンと頷いている。みんながそう言うなら、僕の気にし過ぎって事なんだろうな。
「なぁ、お前さんは前回は見てただけだから、今回初めて戦に参加したようなものだ。実際に戦ってみて、いろいろ思うところもあるだろうが、俺達のアドバイスを素直に聞いて気に病むのは止めとくんだな」
スコルが二杯目のビールを店員から受け取りながら言った。先人からの貴重なアドバイスって事なんだろうか。僕よりも人生経験が豊富なみんなが言う事だから無視するわけにもいかない。
「わかりましたよ」
僕はそう答えて、なるべく気にしないよう努める事にした。
「そんな事より、ディド。お前の弓の腕前と剣術にはおそれいったぜ。どこで習ったんだ?」
「それはですね……」
「イソルダ、あんたの武器を今度あたしにも触らせてよ」
「いいよ」
「ビールをもう一杯」
とみんな他愛のない話しに移った。僕は肉を頬張りつつ、みんなのおしゃべりに耳を傾ける。こうやって無事に五体満足でおいしい食事を取る事ができたんだから、それだけで十分なのかもしれない。
今日の戦の勝利を祝う宴はそうやって時間が過ぎていった。
次の戦はいつ始まるのか




