第6話 飛行2
飛行の続き
「空を飛ぶって言っても、何も難しいことじゃない。自分を浮かせればいいだけだ」
スコルの言葉に僕は首をひねった。一瞬理解が追いつかない。えっと……。
そんな僕の様子にため息をつき、彼が続ける。
「いいか、お前さんは浮遊の術が使える」
「はい、使えます」
僕は物を空中に浮かべて移動させる事ができる。だから、つまり……。
「自分で自分を浮遊させるって事ですか?」
「その通りだ。ちゃんと分かってるじゃないか」
僕だってそんなに頭が悪いわけじゃない、と思いたい。決して自分の頭が良いとも思わないけど。なんにせよ、確かに難しい事じゃないようだ。自分自身を浮遊させて移動すれば、それが飛行の術というわけか。なんとかなりそうだ。
僕は落ち着いて魔力の流れから力を導いてきた。いざ自分の体を浮遊させようとした時、彼が声をかけてきた。
「待て待て、飛ぶ前にもう少し俺の話を聞いておけ。いいか、こいつは失敗すると大怪我をする可能性があるからな。魔力を導いてくるのを怠るな。途中で魔力が途切れてドスンなんてごめんだぞ。まずはゆっくり上がって、ゆっくり降りるんだ。魔力がたっぷり使えるからといってスピードを出すなよ。まずはゆっくりだ、いいな?」
少ししつこい気もするけど、おとなしく彼の言う事を聞いておこう。僕の事を心配してくれているのだろう。それに何といっても初めての事なんだから、なるべく怪我はしたくない。僕は彼に頷いてみせた。
僕は再び魔力を導いてくる。そして物を浮遊させる時と同じ要領で、自分の体を魔力で包み込んだ。よし、やるぞ。今なら僕はかなり重い物も浮遊させる事ができる。自分を浮かべるくらいなんて事ないはずだ。
僕は思い切って自分の体を魔力によって持ち上げた。足が地面から離れる。
僕の体は数十センチ浮いている。まさに地に足が着いていない状態だ。その言葉通り、僕の心はまったく落ち着いていなかった。思わず体に力が入る。すると僕の体は左に少し傾き始めた。
それを見たスコルは僕に声をかけてきた。
「一度降りるんだ」
「え、でも……」
と言いかける間にも、僕の体はますます傾く。
「いいから降りろって言ってるんだ。怪我したいのか」
今度は素直に従う事にした。が、僕は慌てて術を解いてしまった。傾いたまま地面にドスン。数十センチの高さだったからたいして痛くはなかったけど、ばつが悪いったらありゃしない。彼が注意してくれた事を忘れて途中で魔力を切ってしまった。
「さっそくやってくれたな、ぼうず。途中で魔力を途切れさせるなと言ったろう」
彼が僕をにらみつけながら言った。
「だって、あなたが急に降りろなんて言うから、つい……」
体を起こしながら思わず僕は言い訳を試みる。だけどこんな言い訳が通じるスコルじゃない。それに今のは明らかに僕のミスだ。
「まったく、ついさっき言った事を忘れる上に、言い訳までするとはたいした弟子だよ」
彼があきれたように言う。こうなったらこれ以上彼の機嫌を損ねないように謝るしかない。
「すみませんでした。慌てて途中で術を解いてしまいました」
「たいした高さじゃなかったから良かったものの、もっと高く飛んでいたらそれこそ怪我じゃ済まないんだぞ」
「はい、すみませんでした」
僕は立ち上がりながらもう一度謝った。
彼は僕の周りをぐるりと一周し、じっくり観察した後尋ねてきた。
「なんともなさそうだし、もう一回やってみるか?」
「はい、やります」
僕はすぐに答えた。こんなにばつの悪い思いをしたんだから、なんとしても成功させたい気持ちでいっぱいだったんだ。それにほんの数十センチ浮かんだだけだったけど、少しコツのようなものを掴めた気がする。
「よし、いいか。飛行の術は飛ぶだけじゃ駄目だ。ちゃんと降りてくるまでが術だ。最後まで気を抜くんじゃないぞ。気を抜くなと言ったが、力み過ぎるのも駄目だ。さっきみたいに傾いちまうからな。浮遊の術と同じ様にできて当然と気を楽に持て」
彼がアドバイスをくれる。僕は彼に頷きながら、それをじっくりと頭に叩き込んで、もう一度挑戦する。
自分の体を魔力で包む。浮遊の術ができるんだから、飛行の術だってできるんだ。歩いたり走ったりできるように、今の僕ならできて当然だ。それに、空を飛べた方が面白いじゃないか。
そう考えている間にも、僕の体は少しずつ浮き上がっていく。自分の背丈を越えた辺りで一瞬高さに対する恐怖が頭をよぎったけど、それ以上に楽しくなってきた。僕はそのままゆっくりと上に進む。
小屋の周りに生えている木も越えて、十五メートル程だろうか。僕はそこで一旦停止した。
こんな高さから自分の住んでいる小屋を見るのは初めてだ。自分の力でこんなことができるなんて、少し前までは考えてもみなかった。少し感動しながら、僕は今度は横に移動してみる。
よし、大丈夫だ。さっきみたいに傾いたりせず、スムーズに移動できる。辺りをぐるりと一周して元の場所に戻ってきた。
ふと気になって下にいるスコルの方を見てみた。彼は腕組みをしながら、こちらをじっと見つめている。まだまだ高い所まで飛べそうだけど、これくらいにしておこう。
僕はそのまま徐々に降下した。彼に言われた通り気を抜かず慎重に降りていく。やがて見慣れた高さまで降りて、僕はゆっくりと着地。
「どうですか?できましたよ!」
僕は少し興奮気味に声をかけた。彼は安堵したように一つ息を吐いた。
「もし落っこちてきたら受け止めてやろうと思っていたが、その心配は必要なかったみたいだな。初日にしては上出来だよ、ぼうず」
彼はにやりと笑った。また落っこちるなんて思われていたのは心外だけど、彼なりに心配してくれているようだ。それにほめられた事は素直に嬉しい。
「ありがとうござ……」
僕がお礼を言いかけたところで彼は遮って続けた。
「ただし、こんなくらいで満足してもらっちゃ困るぜ。あんなのろのろとしたスピードじゃあ、いざって時に役には立たないな」
ゆっくりって言ってたくせに。言った通りにして非難されたんじゃたまったものじゃない。思わず僕は反論してしまった。
「ゆっくりでいいって言ったじゃないですか」
「言ったが、あんなにのろいとは思わなかったんだよ」
彼も言い返してきた。ここで口喧嘩をしてもしょうがない。僕はさらなる反論が口から出かかるのをせき止めて言った。
「……わかりましたよ。速く飛べるようにもっと練習します」
「それでいい。もっと練習すりゃ、そのうち鳥のように飛び回れるだろうよ。ただ、今は練習あるのみだ」
彼は言った。まあ確かに彼の言う通りなんだろう。あれくらいで満足してちゃ駄目なんだ。今はしっかりと練習しておくのがいいらしい。そうすればそのうち彼をあっと驚かせる事もできるはずだ。
「じゃあ、もう一回やりますよ?」
僕は彼に声をかけてから飛行の術の練習を始めた。
飛行は終了