第5話 飛行1
今回は飛行の術
初めて魔力泉に触れてから数日経った。初日に比べれば、明らかにスムーズに魔力を引っ張ってこれるようになっている。僕はその上達ぶりに自分では満足していた。比較対象がいないんだから自分の上達ぶりがどんなものかはわからないが。スコルは今の所、特に何も言わない。彼からしてみれば僕なんて素人に毛が生えた程度で、上達したなんて口にしたら鼻で笑われてしまうだろう。僕の方から自分の今の魔術について彼に聞いてみる気にもならないのは、そんな予感がするから。
くよくよと考えてしまったが、ともかく今日も修行の続きだ。今日は珍しくスコルはさっさと食事を済ませて外に出てしまった。僕も急いで食事を済ませると、小屋の戸を開けて外に出た。
「ようやく来たな。ところでお前さんもだいぶ魔力を導いてくるのに慣れてきた頃だろう。今日は少し新しい事を教えてやるよ」
開口一番、彼はこう言った。機嫌が良さそうだ。これって僕の事を少しは認めてくれているってことなんだろうか。僕は少し嬉しくなった。次の段階に進んでいいという許可ををくれたってことはそうなんだろう。
「わかりました!新しい事って何ですか?」
「元気がいいな。よし、新しい事っていうのはな……」
彼は少し言葉を溜めた。僕は気になって先を促す。
「というのは?」
「空を飛ぶんだ」
彼が、どうだ嬉しいだろ、と言わんばかりに満足げな顔をする。
「へえ、それはまた、すごいですね……」
と僕は言ったものの内心は遠慮したい気分だった。高い所はそんなに好きじゃない。以前実を取るために木に登ったことがあるが、手を滑らせて落っこちてしまった。幸い大した怪我もなく、あざができたくらいだが、それ以来高い所は避けるようになった。誰でもこんな経験あるだろう?別に怖がっているわけじゃない、高い所は危ないって思っているだけ。
「そうだろう、魔術を使えば空を飛べるっていうんだからすごいもんだ。空を飛ぶのは皆のあこがれだ。それなのにちっとも嬉しそうじゃないのは何でだ?」
と彼に見抜かれてしまった。僕って考えている事が顔に出やすいんだろうか。それとも彼が人の考えを見抜くことに長けているんだろうか。どっちにしろ僕が空を飛びたがっていないことがばれてしまった以上、なんとかごまかすしかない。しどろもどろになりながらも、僕は言葉を絞り出した。
「いや、別に飛びたくないわけじゃないですよ。ただ、ちょっと危ないんじゃないかなあ、と少しだけ思ったもので……」
「危なくないわけないだろう、空を飛ぼうっていうんだからな」
彼はあっさりと口を挟んできた。ほら見たことか、やっぱり危険なんじゃないか。僕は危険な事は避けるべく、必死に言い訳し始めた。何度も言うようだけど、怖がっているわけじゃない。危険な事は、よっぽど物好きな人以外は誰だって避けるものだ。
「あのですね、もし空を飛んで落っこちて怪我でもしたら?僕だって好き好んで怪我をしたいわけじゃないですけど、もしもってこともありますよね?そしたら今後の修行にも影響が出るんじゃないかと思うんですよ。それにですね、空を飛ぶのはまだ僕には早いんじゃないかなって。僕だって新しい事を覚えたくないわけじゃないですよ。もうちょっと魔力の扱いに慣れてからですね、改めて教えていただければありがたいんですが、どうでしょう?」
かなり早口になってしまった。僕の言い訳を聞いて、彼はため息をついて少し厳しい表情で答えた。
「いいか、お前さん分かってないみたいだから言うが、魔術の修行には多かれ少なかれ危険が付きまとうものなんだ。危険を避けてちゃ修行にならないんだよ。おまえさん物を浮かす事ができるよな?たったそれだけでも怪我をする可能性だってある。浮かせた物を急に動かして誰かにぶつけちまったり、誰かの上に落っことしちまったり、無いわけじゃないだろ?」
「そう言われれば、そうですけど……」
なんとか抵抗しようとする僕の言葉を、彼はぴしゃりと叩き切った
「なんて言おうとそうなんだ。初歩的な魔術でも怪我をする可能性はあるし、下手をすると命を落とす事だってあるかも知れないんだ。それを最初にきちんと言っておかなかったのは悪かったよ」
彼が少し済まなそうな表情になった。その彼の表情を見て、僕もはたと気付いた。確かにそうだ。魔術って便利で魅力的なだけじゃないんだ。危険な一面もあるってことをちっとも考えたことがなかった。どうやら考えを改める必要がありそうだ。
「僕、そんな風に考えた事はありませんでした。魔術の言い面ばかり見ていたみたいです」
「なに、自分の考えが及ばなかったからって悲観することはない。誰だって最初はそうなんだよ。魔術はすごい、自分もあんな事をやってみたいってな。色々やっている内に、ある時ちょっとしたミスで取り返しのつかない事が起きて痛感するわけだ。危険な事をしていたんだって。お前さんはそうなる前に自分が危険な事に手を出しているって肝に銘じておくんだな」
「はい、よくわかりました」
彼の言葉をよく考える必要がある。僕の魔術で誰かに怪我をさせたり、もしかしたら命を奪う事だって可能になるかもしれない。誰かを傷付ける。考えてもみなかったけど、魔術師には必要なことなのかも知れない。それが良いか悪いかはさておき、そういう力を身に付けようとしている事を自覚しなくちゃいけないみたいだ。
彼は少ししてから今度は僕を睨みつけるようにして話題を切り替えた。
「いろいろと考える事もあるだろうが、お前さんは俺の弟子だ。そうだな?」
「はい、そうです」
「なら、いつ何を教えるかは師匠である俺が決めることだ。空を飛ぶのがちょっと危険だからって弟子が口を挟むんじゃあない。わかったな?」
「ええと、はい……」
要するに彼は僕の言い訳なんかちっとも聞く気はないらしい。考えさせられる話はしてくれたが、今日僕は空を飛ぶという選択肢以外無いようだ。
彼は僕の気持なんかわかっていないかのように、にやりと笑いながら言った。
「お前さんの気持ちが固まったところで、さっそくやってみようか」
いつか彼を言い負かせる日が来るかもしれない。でも、それは今日じゃないようだ。僕は心の中でため息をつきながら、渋々従う事にした。
飛行の術は続きます